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ぱたぱたぱた

 結束バンドで後ろ手に縛られ、さらにそれぞれの手首を繋がれ背中合わせに座り込んでいるティファラとクレアストールに、ヒコザは質問を続ける。


「移民か亡命か知らないが、僕たちを撃つほどの事なのか?」


 二人は口をつぐんだままだ。


「デボネア家はこのことを知っているの?」


 マヤの質問にも答えは無かった。



 +++



 身分や情報を持った状態での亡命をおいそれと見逃す訳にはいかないが、かと言って二人を町の騎士団に突き出すのもはばかられた。エンティ達と話し合い、ティファラとクレアストールは自分達の手で白石砦に送還することにした。クレアストールはデボネアの家に戻し、その差配を仰ぐ。ティファラも上官であるオスカルにきちんと話を通すのが筋だろう。


 エンティは本来もう少し遠くの町で卸す予定だった商品を皆売ってしまった。利益はさっぱりだったが、元が取れないほどではなかったと、エンティは笑って話してくれた。この件について、意外なことに最も気にしたのはマヤだった。彼女は補填するから損失分を教えてくれとエンティに迫り、困ったエンティがヒコザに助けを求めるほどだった。結局エンティは同行費以外の受け取りを頑なに拒み、いずれ借りは返すと言うことで話は収まった。


 この数日で治療院に収容されたラディシュは幾分顔色も冴え、頭部と腕の傷はほとんど良くなっていたが、出発には間に合いそうになかった。彼女の馬は町の騎士団が面倒を見ていて、治療が済んだらその馬で家人と共に帝都へ戻るとのことだった。


 数日のこと。朝練に来ないヒコザを起こしにマヤがドアを開けると、ヒコザはベッドから落ちた形で気絶していた。

 窓が開いていて、何かの薬品の匂いがする。マヤはすぐにヒコザを連れ出し、自分の部屋へ移動した。

 外傷と呼吸を確認するとエンティを呼び、状況を説明する。

 エンティはワンダに介抱を頼み、キングにクレアストールとティファラの様子を見に行かせ、自分はマヤを連れヒコザの部屋に戻る。エンティは口に布を当て、慎重に部屋へ入る。体調に問題は無さそうなのを確認してからマヤに声をかけた。


「物取りのようです、マヤ様」

「これはまずいわね。ヒコザの持ち物を予め狙って来たと考えていいでしょう。すると向こうはヒコザが何者か知っている」

「キングが戻りました」


 キングはクレアストールとティファラが消えていると伝えた。


 +++


 軽い頭痛とともに目覚めると、ヒコザの胸の上に女性の頭が乗っていた。

 茶化そうか撫でようか悩んだが奇妙な空気だったので普通に声をかけることにした。


「マヤ? どうかしたのか」


 マヤは頭を上げるとあからさまにほっとした顔をして、ついでバツの悪い表情になった。


「ええと、ここは私の部屋ね。昨晩のことは覚えてる?」

「え? 待って、いや待って下さい? これはとてもまずい状況だ。熟考の時間を要求する」


 マヤはきょとんとすると、少しして悪い顔をした。


「続き、する?」


 マヤが半目でゆっくり顔を近づけると、ヒコザが本気で青くなっていく。


「クス。いつものお返しをするチャンスなんだけど、状況がまずいのよ。あなたは薬を嗅がされて荷物が盗まれたわ」

「は? なんたる! びっくりしたまじで。続柄が変わるかと思わったわ。そ、それで誰に盗られたのかわかるか?」

「いいえ。でもあの二人が逃げたわ」

「そういうことか。この頭痛は何の薬品だい?」

「わからない。歩けそう? 何が無くなったか確認しましょう」


 無くなった持ち物はすべてテララ製品で、価値の低い機材だけが残されたようだ。


「ゴーグルまで取られるとは。困った事になった」

「まずいわね」

「ティファラが取ったのなら、その秘匿の必要性は分かっているはずだ。彼女を信じるさ」

「でも」

「機材の損失は大したものじゃない。いつかは壊れると思っていたし、その前に手放すつもりだったんだ。彼女の装備は護身用レベルだし、僕のゴーグルは今頃鹵獲保護が働いて動かなくなってる頃だ。あれ凄いんだぜ、俺カスタム。驚くだろうなふふん」


 ヒコザはベッドのクッションをめくってナイフを取り出すと、その切っ先で床板を剥がし銃とマガジンを取り出している。


「そう。でももしデイスカーの手に渡ったら?」

「そこなんだよね。あの気絶薬を使った奴が二人を逃したんだ。多分デイスカーの諜報員だろう。あの子さ、自分を高く買ってくれる、なんて言ってたよね。元々思う所も有ったんだろうけどさ。あれ多分、もう既に手引をする者と話が付いていたんだ。要するにデイスカーにうまくやられちゃったってこと」

「なんてこと。デイスカーが近代化してミレニアを征服する未来は避けたいわ」

「彼女自身に何らかの技能が有ったとして、然程の事はないだろう。そんな事より、だ」

「なに」

「やっぱり一言言ってやらないといけないな」


 衣類、靴、歯ブラシやカップ等の生活雑貨は残されていた。それと、奥歯のコントローラー。

 ヒコザはふと、衣服に紛れていた黒い筒を手にとった。水没する船を脱出するときにチトセが射出したものだ。

 あの時はずっしりと重かった筈だが、今はずいぶんと軽くなっている。訝しんでいると、筒は上下に別れ、蓋が取れた。


 ぱたぱたぱた。


 中から妖精のようなものが飛び出してきた。

 そよそよと優しい風を纏いながらそれは、ヒコザの目の前に漂った。

 小さな人型をしているボットだった。


「なんだ? これは」


 指を立てるとそこに停まり、じっと見つめてくる。

 機械物には目がないヒコザは軍の戦術機材をほとんど知っていた。

 その中にこんな物はなかった。スパイカメラの類いのようだが、それらはもっと小さいし、昆虫の形をしている。こんな目立つ製品は見たことがなかった。

 カタログを検索しようにもゴーグルがない。

 ベッドに腰掛けていたマヤが立ち上がり、ペンと紙を机に置くと、妖精メカはペンを両手で持ち上げ、カタカナでこう書いた。


「チトセ」


「あのAIめ。すごいことをするな」

「どういうこと?」

「僕らの乗ってきた揚陸艇のAIがさ、最後の瞬間に自分のコピーを僕に託したんだ」

「そうなんだ。それならまぁ、ありがちな事ではなくて」

「すごいのは実行策だ。そのデータを自身で持ち運べるようにしたんだけど」

「自走式なのね」

「そう。それを機体の組み立てプラントを設計してプラントごと僕に渡したんだ」

「は?」

「この筒はマイクロファクトリーだったんだ。今はそれも材料になってこんなに軽くなってしまった」

「船が沈んだのって結構前でしょ。すいぶんのんびりした工場ね」

「製造は然程でもないと思うよ。ただ、設計もこの中でやってたんじゃないかな。状況から判断して最適な機体を開発したんだ」

「どれだけ高い演算能力なのよ」

「それもプログラムの結果なんだから、陽子コンピュータって凄いよな」

「ゴーグルが有ったら通信できたの?」

「わからないが、奥歯のコントローラには反応があるね」

「へぇ。にしてもちょっとかわいい」


 妖精メカはそよ風を纏い、ヒコザの頭に停まると髪の中に潜り込んでしまった。


「あー、これはだめだ」

「どうして?」

「これはだね。超低燃費型のボットのようだ」

「いけないの?」

「データ保存の為には最適だ。でも偵察とか運搬とか、そういった機能はゼロだと思う」

「あー。ま、いいんじゃない? あたしは好きよ、この子」



 +++



 今、ヒコザ達は馬車に揺られてワンダの故郷へ向かっている。

 ティファラ達を追うにしても、極少人数で長期間デイスカーへ乗り込むことになる。それにはそれなりの準備が必要だ。

 まずはヒコザの魔法を確立し、安定させる必要がある。ワンダの故郷には魔法使いが多いらしいので、そこで師匠を探す事にした。

 その故郷が転露の国、と聞くと皆が目を輝かせて同行を望んだ。ヒコザはその名を耳にしたことがなかったが、有名な幻想郷らしい。

 薄明るい空のもと、車輪の音に耳を傾けるヒコザであった。

小原彦左衛門の行動記録が残されているのは主にこの妖精メカの存在によります。

音声データは容量が大きく保存に不向きでしたので一部を除きテキストで保存されました。

妖精メカは頭部と胴体はチタン殻で覆われ頑丈に出来ていますがそれ以外は軟質素材で出来ており耐衝撃性に優れます。出力も乏しくイチゴの一粒くらいなら運べますがそれ以上は難しいです。

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