デイスカー
クレアストール・デボネアは紳士だった。
ティファラの意思を尊重し、決して余計な事を言わず、そして安全な道を示した。
剣の腕も見事で、彼が戦う意志を見せると、野盗や亜人は無言で立ち去った。
立ち寄った村々で僅かな情報を掴むと、確実にヒコザ達との距離を詰めていった。
そしてある日、ティファラにある告白をした。
この旅を契機にもう一つの勢力圏、デイスカーへ亡命したいと考えていると。
「だから、君にも一緒に来てほしいんだ」
ティファラは迷った。既に、自分が異邦人であることは話してあるが、テララの事は伝えていない。
彼の目には明らかに女性としての自分が映っていた。
そういうことか、と今更ながらに悟った彼女は、返事には時間がかかるとしか答えられなかった。
遂に、とある大きな町でヒコザのパーティが泊まっている宿に辿り着いたティファラ達は、留守番のメンバーからヒコザがマーケットへ買い出しに出ていることを告げられた。
待っても良かったが夜天はまだ薄明るく、いつ戻るか分からなかったので、そのまま探しに出かけた。
マーケットでは見つからず、所在なく宿に向かうティファラ達。
ふと見上げる高台にそれらしき黒衣の青年。一緒にいる女性はオスカルだろうか。
駆け上がる階段に息を切らして、声をかける一瞬前。ティファラは、気付いてしまった。
違った。オスカルじゃない。誰か、他の、きれいな、女の人。
腕なんか組んで。凄い、楽しそうで。
ティファラは、逃げた。
後ろに居たデボネアを突き飛ばして、逃げた。
がしゃん。
物音に気付いて振り向いたヒコザの目には、戦士風の青年が手すりにぶつかった姿が映った。
何故そんなところにぶつかったのかヒコザには分からなかったが、青年に向けられた視線は、それ以上に理解できなかった。
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ヒコザ達が買い物から宿に戻ると留守番のキングがヒコザに客が有ったことを伝えた。
全身鎧の男性と褐色黒髪の女性の二人連れで、不在を伝えるとそのまま立ち去ったそうだ。
追手の可能性も有るが、黒髪の女性はヒコザと同じゴーグルをしていたらしい。オスカルは金髪なので来たのはティファラだ。
「救急特例。スカウト機能の制限をすべて解除。予備バッテリーの使用を許可する。ティファラを探せ」
ヒコザは宿の自室に籠もり、アサルトゴーグルに指令を出しながら、自分はログを解析していた。
ここ数時間の電磁波と電波のリザルトだ。自分の位置と地形を考慮し、近くに存在していた電子機器を探す。
「調査に有ったあと二人のテララ人ね」
ヒコザは奥歯の上のコントローラーと投影型キーボードを操作しているので、返事が少し遅れる。
「ん、知っていたのか」
「ええ。女性でしょう、ふたりとも」
「ああ」
マヤもテララで育っているので機材が有れば少しは手伝えたのだが、今はヒコザの隣に座って励ますことしか出来ない。
電磁波のログから、対象の機材は一基とわかったので、オスカルは来ていないようだ。
解析を進めると北に向かったらしいことがわかった。なぜここまで来て立ち去ったのか。異常事態に遭遇しているのだろうか。それとも何かの勢力に利用されているのだろうか。いずれにしても直接問うべきだろう。
ヒコザは無言でロビーに降り、屯していた仲間たちに伝える。同郷の者を探してくる、と。
エンティ達が協力を申し出てくれたので、対象の容姿と町中の捜索を頼み、ヒコザはマヤの馬に跨った。ラディシュの馬は家人に引き渡してしまった。鎧の金具を止めながらマヤが声を掛けてくる。
「あたしを置いてゆくつもり?」
「すまないが馬を借りる」
「あなた、重力制御出来るのでしょう。私を連れていきなさい」
「出来るが、何故だ」
「私に責任があると思うの」
「どういうことだ」
「やっぱり。教えられません」
「ふむ?」
ここで問答をしても時間の無駄と判断したヒコザはマヤを乗せて馬を出した。
固有魔法「重力制御」には師匠も先駆者も居なかったので、ヒコザは独学でトレーニングを積み、触れているものの重量を軽減する技術を習得していた。
ワンダによると師匠の居ない魔法使いは外道と呼ばれ、魔法使いの輪に入れないらしい。
しかし迂闊な誤動作で事故が起きても困る。そこで重力制御だけは独学で研究をすすめるが、他の魔法は必ず師匠に付き、きちんと教わると約束した。
馬は町を抜け、草木もまばらな荒野に差し掛かっていた。
ヒコザは自分とマヤ、そして鞍とそこに結わえたサドルバッグに重力制御を施し、ほぼ二割の重量にしていた。
馬自体にも掛けてみたが、走りづらそうだったので解除した。
世界は相変わらずの薄闇で、若干だが北の空が明るい。北のデイスカーでは日が昇るらしいが、長い間戦争をしているので殆ど情報が無い。
すでにゴーグルのパターン検索は宿の前で採取した蹄と合致した二頭の馬の蹄跡を捉えていた。速度差は期待できないとしても、一般に馬は何時間も走ることは出来ないから、いずれ追いつくだろう。
救急アラームが瞬く。捜索対象を見つけたようだ。
今度はこちらが見つからないように、ゴーグルをステルスモードに移行させる。
「マヤ、見つけたぞ。三百メートル先で停止している」
「わかったわ」
対象から見通しが利かない地点で馬を休め、徒歩で向かう。そして、焚き火の明かりを見つけた。
マヤは戦士系の割には気配を消すのが上手く、ヒコザは安心して対象に近付くことが出来た。
火の傍にはティファラと鎧の男性が一人。馬が二頭、降ろしたバッグがいくつか。幕営はまだ展開していないようだ。他に人影は見当たらない。状況に問題は無さそうなので、ヒコザは声をかける事にした。
「ティファラ」
「ヒコザ?」
焚き火を突付いていた鎧の男が弾けるように立ち上がり、ヒコザの前に立ちふさがった。剣に手を掛けている。
「ティファラさんのお知り合いですか?」
「同胞だ。僕は白石砦で戦士長をやっていたガゾルが長子ヒコザ。ティファラと話をさせて貰えないか」
「同じく砦のクレアストール・デボネアです。お引取り願います」
「何故」
「私達は国を捨てたのです」
理解を超えた内容に困ったヒコザはマヤに視線を投げる。
マヤが明かりの中へ進み出て、話を引き継ぐ。
「ええと、それはティファラさんも同意しているのですか?」
「はい。彼と共に行きます」
「理由を伺っても?」
「有り体に言えば私を高く買ってくれそうだからです」
全員がこの会話に融和は無い、と悟った。その瞬間。
クレアストールが剣を抜き、ヒコザに切りかかった。真上からの頭部への切り下ろし。
半歩左に避けたヒコザはナイフを抜き、距離を詰める。そのまま手首を狙う。
クレアストールは大きく後ろへ下がり、剣を横へ薙ぐ。ヒコザはそのまま距離を置く。
ティファラはサブマシンガンをマヤに向けて放った。フルオートの火線がマヤに向かって蛇のように伸びる。
銃など見たこともない帝国人には為す術もないだろう。しかしテララで育ったマヤは違った。腰の剣を抜きつつ射線を躱し接近する。
恐らく発砲に一番驚いたのはクレアストールだっただろう。必死の集中力でヒコザから目を離さない。だが焦る気持ちが彼に切り札を使わせた。
クレアストールは左手を大きく横へ構えると、力を込めてヒコザへ向けて素早く振リ抜いた。それは魔力の塊となってヒコザに直撃し、破裂する。
「これは、すごい、な」
ヒコザは姿勢を取り直すと一気に距離を詰め、クレアストールの太ももにナイフを突き立てた。
「ぐっ! うぐ」
「そこまでだな。イヤーカップがなければ耳がやられていたよ」
ヒコザはクレアストールの足を掬い、後頭部を打たないよう鎧下の襟を掴みながらゆっくり倒すと後ろ手を締め上げた。
クレアストールが叫ぶ。
「ティファラ! 逃げてくれ!」
だが、彼が目にしたのは弾切れになったサブマシンガンを奪い取られ、うずくまるティファラだった。
ヒコザは馬を降りた後手綱を立ち木に結んだりはしません。一応結んだフリとして木の枝に引っ掛けるのですが、馬も分かっていて、結ばれたフリをしてくれます。少しの間はそのまま待ってくれますが、お腹が空いたりすると近くで草を食べてたりします。
ヒコザのイヤーカップは発砲用ですが、ゴーグルの演算インターフェイスとして着けていました。普段は着けていません。
マヤの斬鉄剣は丈夫なので弾丸を打ち落とすことも出来ますが、流石にフルオートで撃たれると面倒くさいので左に回避しています。そもそも銃口が跳ねて自分に当たりそうにありませんでした。




