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辛いのは超辛いっていうか痛いぞ

 大きな街に到着し、修道院にラディシュを預けた。修道院は正面だけ荘厳な建て付けで、その殆どは質素で実用的な施設だった。

 職員も修道服を着たものはホール係だけで、他は飾り気のないジャージのような格好をしていた。これは医師に当たる治療師も同じで、治療を終え、病室で落ち着いたラディシュの様子を伺った際、話をすることが出来た。

 頭部の傷は浅いが経過を見る必要があること、腕の傷は切り傷と共に骨にヒビが入っているとのことで、凡そ一ヶ月は入院するそうだ。

 すでにラディシュの家のものが治療院に着いており、今後の世話は任せて良いとのこと。

 その他一行は安宿を取ると、しばらくは休みとし、旅の疲れを癒やすことに決めた。


 宵も深まる夕飯前の街角で、マヤはにこやかにヒコザの腕を取って歩いている。二人は買い出しに来ていた。今回の宿が自炊施設だったからだ。


「なんでお前が着いてくるんだよ」


 などと牽制してもヒコザの頬は若干赤い。そんなだからマヤは上機嫌でべったりしている。


「ふふふー。それよりね、テララの話を聞かせてよ。あたしになら話しても問題無いでしょ」


 人前でテララの話は控えていたから、マヤの里親であるヒコザの両親は健在であるとか、友達の誰がどこに進学したとか、差し障りのない話しかしていない。

 改めてテララの科学を思えば異世界と呼んで吝かではない。もし誰かに詳しく話したとしても、只の夢物語として一笑に付されるだろう。しかしそれを真実と捉えた者が居たとしたら。それはそれは大変な事となる。星間戦争、などと簡単な単語では語れない、悲惨な未来しか見えない。


 だからヒコザはこの町中で不特定多数に聞かれて困らないような、例えば自分の事を話して聞かせた。コンパス回しが原因で徴兵された事。サイキックは伸びなかった事。能力開発に飽きて軍の訓練に入り浸った事。そこで自分に平均より腕力が有ると気付いた時の話。そこから祖父が木星探査で生き延びた話と木星因子が筋力に影響する仮説。叔父の話からニンジャとサムラーイが祖先に居るとか居ないとか。その叔父に教わった剣術が今役立っている話。空手の大会で準優勝した話。


「あ!それ知ってる。写真は見たよ。お義母さま凄く自慢にしてた」

「二位だ。むしろ恥だ」

「それじゃ三位の人がかわいそうじゃない」

「ふうん、なるほどな。自慢に思うべきなのか」

「当たり前でしょう。みんな頑張った。みんな金賞!Byタロー」

「誰の話だ」

「知らないの? テララの旧代芸術家の言葉だよ」

「知らん。だがわかりやすい」


 ヒコザ達が頼まれた香辛料を買い揃えると、ふと町並みを見下ろす高台で足を止める。


「何の偶然だろうな、お前と出くわすなんて」


 マヤは僅かに眉を寄せ、目を伏せるが、思い切ったようにヒコザを見つめる。


「バチが当たったんだと思う。罪を償いなさいって。私達がしたことはあなたを傷つけた」


 ヒコザは無言でマヤを見つめ、その頭をちょっと強く撫でた。


「あの取替はお前たちの仕業だったんだな。だがお前も被害者だ。気にするな。僕は生き残ったしテララにも戻れた」


 薄闇を陸灯台がゆっくりと照らしていく。


「信じて欲しいんだけど私達、正神殿にはあなたを前線に放逐するつもりはなかったの」

「反対勢力があるのか」

「反対と言うか敵対と言っていいわね。聖都が民主政治を取り入れようとした結果、帝国にはトップが四派あるのね。その頂点が四人の皇帝当番」

「君主が当番制なのか?」

「そう。大切な会議には、そのうち誰かが皇帝をやるの。仮面を付けて正体を隠してね。隠蔽効果がある仮面だから、個人の特定はほぼ無理」

「へぇ。外国との交渉もそれでやるのか?」

「そう。私が今日の王様です!ってね」

「なるほど。本名じゃなくても政治は出来るか。要は話がまとまれば良いもんな」

「そういうこと。政治家と違って終身だから、やっぱりオフは必要よ。だから匿名」

「さり気なくバラしているやつを一人知っているが、な」

「それ程までして欲しかったのよ、あなたが」

「何故手放した」

「四人の当番はレイス、ゴースト、スペクター、レブナントと呼ばれているわ。もちろん区別が出来てはいけないのだけど、便宜上ね」

「うん」

「レブナントはレイスとゴーストとは割と仲がいいんだけど、スペクターがちょっとね」

「ははぁ、スペクターが当番の時に他の三人を遠ざけて好き勝手した、と」

「そういうこと。言い訳だけどね」

「そいつに見つかったら、僕はヤバイんじゃないか」

「ええ。まだ魔神として認められていないから、只の異邦人扱いされる」

「異邦人の扱いについて今後見直す予定は無いのか?」

「議会には提出してあるわよ。もう二年くらい前」

「わかった。あまり猶予が無いのと、その必要性は理解した」

「じゃぁ、私と来てくれる?」

「了解した。よろしく頼む」

「それと」

「ん?」

「私を許してくれてありがとう」

「一言言いたかっただけだ。可愛い妹だもんな。虐めはしないよ」

「小原を名乗るのを認めてくれるのは嬉しいんだけど、あたしがお姉さんだからね」

「戸籍謄本には僕のほうが先に記載されている」

「私のほうが年上よ!」

「大神官は年齢不詳なんだろう」

「ちゃんと計算すれば分かるんだから!」

「クス」

「なんで笑うかな?!」

「それよりも、さ。これ、出来るか?」


 ヒコザが自作のコンパスを出して回してみせる。


「この世界に地磁気が無いのは知ってるよね。こういう方位磁針が無かったから試したことがないんだけど、んー」


 コンパスを手にマヤがじっと見つめる。


「無理ね」

「そうか」

「あのね、うちの家系って代々魔法が使えるんだけど、あたしだけ使えないんだ」

「確率は?」

「百パーセント」

「何か原因が有るんだろう。他に出来ることが有るんじゃないか?」

「格闘戦に秀でたのはお祖父様の例もあるし、さほど珍しくはないかな。着火、発熱、剪断、屈折、圧縮、膨張、電撃、旋回、全て無し」

「ふうん」

「そのせいで取り替えっ子の儀式が数百年ぶりに行われたわけ」

「ん、すると?」

「条件が難しいの。必要な人数、魔道士を集めるのに莫大な費用がかかるのと、適応者は魔力を持たない幼少の王族であること。あちら側にほぼ同じ体格で超強力な魔力持ちが居ること」

「なんてこった。魔法による転移だったのか」

「あ、それは違うの。魔力って呼んでるけど、あれ、高次元界へ干渉する燃料なんだ。旧ミレニア城の祭壇でごにょごにょすると発動するみたい」

「そういう装置があるって訳か。ミレニア帝国の科学力侮れん」

「あー、あれ遺跡だから。神代からあるのよ。ミレニア家も」

「何代目なんだよ。しかしテララに何の用があるんだ?」

「知識が欲しいから」

「なるほど。であるなら僕の正体は絶対に隠さないといけないな」

「とりあえず、政府は私の報告で絶対にテララと戦っちゃダメって分かったから、そこまで必死ではないわよ。上層部はすごいショックを受けたみたい」

「だと良いが。あとは利用できる知識をうまく利用するだけか」

「科学や数学はそれほど差がないんだけど、工業がね。半導体が無理」

「だよなぁ。そうするとどうなる?」

「これまで以上にキューブに頼るしか無いなぁ」

「それ、何?」

「んー、何だろ、神様的な何か」

魔法は魔力とスキルを併用して行使されます。

魔力で手の上に炎を生み出しても、それは敵に向かっては飛びません。

飛ばすにはスキルの力を使います。これも魔力を消費します。

その両方を備えた人物は非常に稀で且つ、戦闘向きの組み合わせとなると更に少なくなります。

そこへ十分な威力や使用回数、ここぞと言う時に放つ戦闘センス、その瞬間まで生き延びる体術等々が求められますので、戦闘型魔術師は非常に数が少ないのです。


魔法使い、魔術師、魔道士等々は特に区別していません。


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