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町が近いと平和だな

 岩山を抜けると、のどかな田園が広がっていた。

 馬車に揺られながら、御者台のキングは隣のワンダに小声で話し掛ける。


「なぁ、そろそろヒコザの奴、結局何をやらかして追われているのか話してくれても良いんじゃねぇのか」


 ワンダはちょっと唇を舐めて口を開くが、そのまま黙りこんでしまう。


「なぁ、ワンダ」

「うん、ごめんね。ちょっと…」

「ちょっとじゃわかんねえよ」

「そうね、例えば元カノ?」

「あんな美人がヒコザを追ってきただと? ありえねえな」


 ごほん、と小さな咳払い。今日もヒコザはマヤの馬に乗り、ラディシュの馬を引いている。


「そんなんじゃ無いよ」

「じゃあ何なんだよ」

「わからん」

「分からないで逃げてるのか?」

「話は聞いている。が、確認出来ていないんだ」


 エンティが馬を寄せてくる。


「我々探索者はプライベートに立ち入らない。な?」

「仲間のピンチでもか?」


 エンティも口をつぐんでしまう。自然と皆の視線がヒコザに集まる。


「ううむ、話は早いんだ。僕が正体を明かしてしまえば皆納得するだろうと思う。いやなに、そんな大それたものではなくて、ちょっと遠くから来たっていうだけの事なんだ。問題はそれを認めると僕はお役所に捕まって一生閉じ込められてしまうんだな」


 今、マヤの長剣はヒコザの背に吊られている。停戦の証にそのままヒコザが預かっているのだ。恐らくそれが彼の背にある限り、マヤは行動を起こさないのだろう。彼女の表情が否定を示したが、口は開かなかった。


「するとやはり」

「ああ。彼女は異邦文化保護局の役人で、出自の知れぬ謎の人物である僕を追ってきたのさ」

「謎では無いわよ」


 ラディシュと荷台に並んで座っているマヤはヒコザを真っ直ぐに見つめている。


「話したでしょう。私には確信があるし、それを証明する方法も有るのよ」

「必要無いね。俺は俺だし、別に困っていない」

「あら、あなたこれからもずっと、私に追われたいの?」

「そりゃあ、閉じ込められるのは嫌だな」

「でしょう。まぁ、保護局は本当に自由を奪ったりはしないのだけれど、管理下には置かれるわね」

「統合軍の超能力者みたいなものか。ごめんだな。参考までにその、自由になる方法とやらを聞かせてくれるかい」

「喜んで。旧ミレニア城の祭壇で神剣を手にすればいいのよ。そうすれば貴方は本物だわ。管理下に置かれることもない。ずっと上の存在だから」


 エンティ達の表情が凍った。


「ま、待ってくれマヤさん、俺は何を聞き違えたんだ? まさか神剣ヴァジュラの事を言っているんじゃ無いよな」

「その通りです」

「いやいやいやいや、それじゃヒコザが魔神エンドラって事になるじゃないか」

「そのエンドラです」

「な、え、いやそうすると彼を探しているのは大神官って事になる。そういう決まりだった筈だ」

「はい、私がそうです」

「あなたが…?」

「はい。マヤ・ミレニア。ミレニア帝国の大神官です」

「ヒコザ、その背中の剣を返すんだ、早く」

「なぜだい?」

「それ、多分、先帝の斬鉄剣覇王だ」

「貴重なのか? いいとも。この剣は俺が異邦人だってことをばらさないように預かって居たんだ。もう話しちゃったから返すよ」

「あらありがとう。で、どうするの? ヴァジュラは」

「話を急かないでくれ。僕には確認したいことがいくつか有る。そもそもその、身分?が正しいのか自分には判断できないんだが」

「ああ、ヒコザって本当に異世界から来てるのね。大体は目を見れば自分より上か下かわかるものよ」


 そう言いながらワンダがじっとヒコザを見つめる。


「あまり意識しなかったけど、ヒコザって上でも下でも無い感じ。エンティ、あなたイイトコの育ちでしょ。どうなの?」

「別にそんなんじゃない。まぁどっちとも感じ無いな。同格でも無い」

「俺もそうだ」


 と、ガルバンキング。ラディシュも真剣な眼差しでヒコザを見つめる。


「近しい物を感じなくはないが…、騎士では無いな。確かにわからない。猊下?」

「上級と言い切るインパクトは無いわね。っていうか彼はカーストの無い世界の出身よ」

「好き勝手言いやがって。俺が知りたいのはマヤの身元だ。何か持って無いのか。身分証とか」

「省庁の名刺なら何枚かあるけど、余計怪しいねこれ」

「いやぁ、斬鉄剣で十分だが。それ以外というと…、あれはどうだ、占星術」

「占いだと?」

「ワンダ、やって見せてくれ」

「当たらないわよ? 昔おばあちゃんに教わっただけなんだから。丁度休憩の時間ね」


 ワンダは馬車を道端に寄せ、荷台のぶどう箱にカードを広げる。するとカードの約半分が宙に浮き円を描いて旋回する。ヒコザが久しぶりに見る魔法らしい魔法に目を見張る。他の者はそれほど驚いては居ないようだ。


「エンティ、下のカードを選んで。それから二枚目は星天球、その回っているのから取って。次は…」


 彼は言われた通りに引いていく。カードが薄っすらと光の尾を引き、指が触れるたびに光が揺れる。


「その五枚を並べて見せて」


 エンティが見せたのは池、骸骨、太陽、大地、つららのカードだった。そして宙を舞っているカードは一つの山に重なっていく。


「かなり大きな組織に与しているわ。今はそれから離別してる。魔力は無し。馬で戦うよね。家の紋は緑」


 エンティはギクリとした顔をしたが、声は落ち着いていた。


「外れては居ない。分かりやすいのは猊下じゃないか? お願いしても良いですか」

「ええ」


 マヤが引いたのは六枚のカードだった。


「両親は亡くなっているわ。幼いころに大きな不幸。でも結婚は早いわね。魔力は無し。水に縁があるみたい」

「それだけか?」

「嫌ね、そのものずばりのカードが出ているでしょう。ハイエロファント」

「面白いわ。ヒコザ?」

「いいだろう」


 ヒコザが塔、世界、悪魔、雲のカードを引くと、ワンダが慌てて止めた。


「お願いそこでやめて。何なのこれ、本当に当たらないのかしら。ちょっとやばいんだけど」

「どういうことだ、ワンダ?」

「去るもの。均衡と破壊。失せ物現る。魔力強し」

「僕は何かをやらかしてしまうようだな」

「この世界では普通、去るものって魔神エンドラの事だよ」

「魔力なんて無いぜ?」

「呆れた。まだそんなこと言ってるの? ヒコは三系統を同時に扱ってるんだよ」

「意味が分からない」

「重力反転、雷撃、次元シフト。どれも稀有な能力なんだけど」

「重力は分かる。方位磁石が回せるから、多分関係するんだろう。雷撃もその次元なんとかも知らないぞ」

「あなた手首だけ色が違うでしょう。右のそれ。電撃系。本当に使えないの? とんでもない魔力を持ってるんだけど。それとそう、その警戒すると空間に穴を開けようとするの、やめてくれない?」


「僕は何も…」

「それぞれは専門家に教えを請うべきね。こっちが危ないわ」

「そう、なのか」


 一同の視線が痛い。


「わかった。伝手があるなら頼む」

この世界のカーストは漠然と上下を示すだけで法的な身分差を示すものではありません。

なので職業縛りや住居の限定などはあり得ません。誰でも努力さえ認められれば殆どの職業や住居を得る事が出来ます。


因みにマヤの母親は病気で他界していますが父親は存命しています。幼いころに大きな不幸とは、母親の件と旧ミレニア城陥落の事でしょう。水ではなく氷に縁が有るのですが、その話は別の物語となります。

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