捕まっちゃったらしょうがないね
ヒコザは宇宙軍のポンチョをマヤに渡してから、焚き火を挟んでカップを用意する。ティーバッグが濡れていないと良いのだが。
「俺だと知っていて追ってきたのか?」
「違うわ。追っていたのはエンドラよ」
「誰だいそれは」
「知らないの? 貴方なんだけど。えっとね、聖都では異邦人の中に特別な存在があるとされているの。それがエンドラで、彼を見つけ出すのが異邦文化保護局最大の役割。そしてその対象を神殿へ招くのが大神官である私の役目」
「神官ねぇ。ここでも刀なんだな。で、何で俺がその対象だと思うんだ」
「呆れた。氷結、治癒、重力、この三つの魔法は誰にも使えないの。”彼ら”のユニークスキルだから」
「珍しいのか? ここは魔法使いが居る世界だろう。空を飛ぶ奴くらい居そうなもんだが」
「居るわよ。少しは。でも原理が違うの。あんたみたいに無節操に浮かぶなんてありえないから」
「それが目印なんだな?」
「そういう事」
「何の?」
マヤは立ち上がり、腕を組んだ。水面の光が揺れて彼女を彩っている。
「緋虎左衛門さんはここに暮らしていたんでしょう?」
「砦ではあまり宗教には触れないみたいだ。あとヒコザでいい。それで郵便も届いた」
「そう? みっちゃんはそう呼んでなかったようだけど」
マヤはいたずらっぽい眼でヒコザを見つめる。
「あの呼び方はやめろよ。で、何なんだ」
「四天が一、黄金の目に双角、剣を持った姿、空を覆うもの。あなたは、そう、魔神エンドラ」
ヒコザは言葉の意味を考える。
「ふーん、魔神? 穏やかじゃないな。益々聖都に追われそうだが」
「帝国の主神よ。創生神なんだけど、どうも神様じゃ無いらしくて」
「よくわからん」
「気にしなくていいわ。今日からあなたがエンドラだから」
ヒコザは宗派の利権に利用されようとしていると結論付け、面倒事に巻き込まれる前に逃げることにした。
しかしその前に自分が被った取り替えっ子事件について詳しく聞き出さなくてはならない。
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有難い事に、エンティ達はヒコザを見つけてくれた。上から下を探すほうが楽だと思ったので動かなかったのだ。
感謝の言葉を選んでいるとワンダがヒコザに飛びついてきた。見ると目を真っ赤に腫らしている。
「心配したんだから!」
「悪かったよ。ボードの事は話してなかったね」
「あんな事、もう、言っちゃだめなんだからね!」
「分かったから泣くのはやめてくれ」
キングは馬車を視界から離さない位置にいる。恐らく怪我をしているラディシュを保護しているのだろう。
エンティは少し離れて立っている。機嫌が悪そうだ。
「で、逃げ切れなかった訳だな、ヒコザ」
「そのようだ」
「一応聞くが・・、いや、いい。自分より怪我人を優先したのは評価するぞ。馬に乗れ」
ガルバンキングは納得していないようだ。御者台に座りながら小声でワンダに尋ねる。
「どういうことだ?ワンダ」
「あのね、ヒコザは彼女達を蹴りだす事も出来たのよ。私達のパーティーだもの。だけど怪我人を放り出す訳に行かないでしょう?」
「それで自分が飛び出したのか。単純な奴だな」
「いい人だわ」
「ふん」
一行はラディシュの治療のため、ある程度大きな町に向かう事となった。とは言え犬頭族や魔獣のテリトリーを避けるとかなりの距離になる。
数日の間に、ラディシュの怪我は順調に回復したが、荷台に座った彼女の表情は険しいままだ。
彼女には護衛の筈が逆に負傷してしまった負い目だけではなく、ヒコザの件に思うところが有った。本物の魔神がこんな所に居るはずがない。そもそも帝国の異邦文化保護法では身元の知れないヒコザは保護対象であり、即座に隔離、調査をすべきだ。法を守る者として、彼に行動の自由を許しているマヤには、いささか呆れていると言って良いだろう。
かたや神官、かたや騎士である彼女らは法律に則り、無条件でこの馬車を接収する事も可能なのだ。それを同行費を払ってまで馬車に乗せて貰っている。
だが面白い発見も有った。まずリーダーのエンティだが、ラディシュの親戚筋にある、とある軍団長の末弟であるらしい。彼は認めないが、帝国の内部事情に明るく、何よりはっきりしたリーダーシップは庶民のものではない。ワンダは工科大学の研究員を名乗っているが、実際のところ工業より神学に詳しい。地理についても現在のものだけではなく、かなり昔の知識をも持ち合わせている。本人の言う経歴はその通りなのか、少し怪しい。年若いガルバンキングはどこぞの田舎村の出身で身分も定かではなく、口の利き方も雑だがそれは外見上の話で、エンティの教育が行き届いており、なかなか細やかな配慮を見せる。もしも仕官の道を選べば将来有望の少年といえる。
しかしやはり最も奇妙なのはヒコザだ。体格は悪くないが、一般人が猊下との手合わせを卒なくこなしているのは異常だ。二人は良く、ピバークの合間に剣に見立てた木の棒を折らない程度に打ち合うのだが、ヒコザの使う剣技が非常に厄介だった。諸把剣の流儀だが、素早さと騙し技を駆使したスタイルで、騎士より暗殺者に向いている。どう見ても砦の戦士の使う剣ではない。それでいて重量級のパワーを備えた猊下の打ち込みを受け、あまつさえ三本に一本は取ってしまう。彼なら騎士団トップクラスと互角に戦えるだろう。つまりここには自分より強い者が二人もいるのだ。近衛兵に抜擢されるまで負け知らずだったラディシュは武力で圧倒される事が殆ど無かった。身元が割れる原因にもなった騎士剣を心細く感じたのは初めてだ。
聖都はミレニア帝国首都ミレニアの俗称です。本来エンドラの神殿を設える旧ミレニア城が有る街を聖都と呼ぶべきなのですが、かの地は侵略に合い失っています。その後平野で暮らしやすい現在の位置に遷都しています。この地が思いのほか栄えたので現在ではミレニアが聖都と呼ばれています。




