学食へ②
「…あの人…何か、この暑さの中、ものすごいダッシュだな」
校舎から出て正門に向かって歩いていた女の子がものすごい勢いで左に曲がり勢いを落とさずに走っていく男子学生を見送った後、クスッと笑った。
「…さてと…。謎の必死のダッシュの人も目撃したし、なんか平穏だった大学生活もここに来てちょっと面白くなってきたな…。うん…面白くなってきた」
女の子はカバンをすこしブラブラさせながら気楽な感じで歩いている。
「…あれ? あれは!? お~いっ!! …そこのあなたっ!! もう帰るのー!? 講義は!? もうないのー? 午後はー?」
校舎から出てきた女の子が帰っていくその子に声をかけた。
呼ぶ声に気づき振り向き、誰だか分かると笑顔で手を振り返しながら後ろ歩きした。
「…あっ、理江、そうだよー!! 今日は午後休なのー!! 学食もー!! 今日はやめてー!! 帰ろうと思ってる!!」
両手をメガホンのようにしその女の子は呼びかけた。
「…そうなのー? う~む、羨ましいやつめー!! …じゃあまたーっ!! 明日ねー!!」
校舎の前にいた女の子は手を当てた片耳を突き出して相手の声を聞き取ると、最初は羨ましそうな顔をし、顔をしかめていたが、すぐに笑顔になって手を振り返した。片手には本を持っていて読んでいる所に指を差し入れて挟んでいる。
帰ろうとしている女の子は両手を大きく振って、午後から講義のある友達を労らったあと、くるっと振り返り正門を出ると左に曲がった。
「…そう。私は今日は実は午後休なのでした…。そう。ほとんどのみんなは午後から講義なのでした…。なんか今日は気分もとっても良いし、天気も良くてこれから昨日みたいに暑くなりそうな気配はあるけれど、暑くなり切る前に学内より涼しい場所にいけそうだ…でもあの人は、さっきの人は、ちょっと暑苦しかったかな…。こんなに暑い中、頑張って走り過ぎだよ」
女の子は足取り軽くさっきの全力ダッシュの男子学生の様子を思い出しながらまたクスッと笑った。
女の子はそう呟くとさらに楽しい気分になってきた。昨日自分にコンビニでぶつかってきた全力ダッシュの同い年くらいであろう男をふと思い出した。
「…昨日コンビニの前でぶつかった人も全力ダッシュしてたし。あんなに暑かったのに。世の中には今日も急いでいる人が少なくないみたいだ。でも、今日は私は午後休のんびりなのでした♪
…ふふっ、昨日のコンビニのあの人。いきなり初対面で、すごく丁寧な言葉から二言目には急にすごく砕けた喋り方にいきなりなっちゃって…。あんまり申し訳なさそうにしんみりしてたから、思わず笑っちゃったじゃん。
でも、すごい心配してくれてた。肩がぶつかったって皆、謝りもせず素通りするのが当たり前の街なのに。ぶつかった痛さなんかよりもずっとずっと、心を癒してもらえた気がする…道を猛烈ダッシュする人に悪い人はいないのかもな…。『過保護のカホコ』のカホコみたいにダッシュ。でも、良い人なのかもだけど、ちょっと変わった人かもしれない。普通の人はいくら急いでいてもあそこまで昨日の暑さで本気で走らないでしょ…。部活でもなんでもないのに…」