表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

不器用な彼女とちょろい僕の攻防

作者: もすこ

僕の彼女は猫かぶりだ。出会いから二年、一緒に住み始めて半年ほど経つ。付き合い始めの頃はそりゃあ可愛かった。

薄いメイクにパステル調のワンピース。高いヒールは履けないのと恥ずかしそうにする仕草に男センサーの反応は良好。寝ても覚めても、飯を食べても、兎にも角にも僕の彼女は世界で一番。

天使のような笑顔に僕は調子に乗り、らしくないクサイ台詞を連発していた。このまま一生彼女と共に居られたらどんなに幸せだろう。毎日がハッピー、ついでに頭の中もクレイジー。当に「君にイカれてる」を地でいっていた僕は、常に花が飛び周囲が砂を吐くほどの溺愛ぶりであった。

そんな日々ずっと続くと思っていたんだ。そう、それこそ一生ずっと。しかしながら所謂お花畑状態は同棲を始めたことをきっかけにガラガラと崩れていった。

家賃や光熱費は折半、家事も折半。お互い平等を第一として掲げ狭いアパートから1LDKのマンションへと越してきた。

二人の愛の巣、まるで新婚のようだとルンルン気分で荷物を片付けていた僕であったが、どことなく彼女の表情が硬い。環境の変化に体調を崩したのではないかと心配になって届いたばかりのソファに座らせた。


「麻里ちゃん大丈夫? 気分悪い? お腹痛いとか、頭が痛いとか何か異状はある?」


背もたれにくでっと背をつけた彼女の手を握りその表情を窺い見る。すると、いつも薄く笑みを浮かべている顔が能面のようになっていて思わずぞくりとした。


「麻里ちゃん? どしたの?」


尚も返事をしない彼女にこれは大変だと病院、タクシー、救急車と頭を巡らせる。何かがあったからじゃ大変だ。急を要する病気かもしれない。

早合点をする傾向(きらい)がある僕はあたふたと慌てながら最善策を考えていた。


「大丈夫だよ。それより涼くん、聞きたいことがあるんだけど」


「本当に? 無理してない? 大丈夫?」


「しつこいなあ。平気だって言ってるじゃない。前から思ってたんだけど、心配してくれるのはありがたいよ。でもちょっと鬱陶しい」


「へ?」


「この際だから言っておくけど友達の前でベタベタイチャイチャするのってどうかと思うんだよね。牽制だがなんだか知らないけどさ。恥ずかしくないの? 私はうんざりしてるんだけど」


「え?」


「同居するにあたってこの際だからはっきりしておくね。金額多めに払うから洗濯料理は涼くんの持ち分。掃除は私。それからプライベートは守ること。恋人だからって全てを見せなくちゃいけないなんてことはないよね?」


「あ、はい」


「じゃあそう言うことで。あ、そっちの部屋私の私物置くから、涼くんのはリビングの方の収納にでも入れといて」


「え?」


そう言って颯爽と立ち上がる麻里ちゃんは個室の方へと向かって行った。

がちゃんと閉まったドアの音で漸く我に返り、いきなり変わった彼女の態度に戸惑った。

しかし今思えば初日の出来事など彼女にとっては軽いジャブのようなものだったのだ。日々を過ごすに連れ日常的に右ストレートを食らうことになることをこの時の僕はまだ想像もしていなかった。

天使のように可愛い女の子は猫を何重にも被った暴君だった。




「ごちそうさまでした」


麻里ちゃんは手を合わせてそう言うと、食器をシンクに置き夕飯を直ぐ様テレビの方へ向かっていった。どうやらやりかけのゲームを再開したいらしい。

僕はと言うとお揃いで買ったお箸や小花のあしらわれているお皿をじゃぶじゃぶと洗っている。時折聞こえる舌打ちや「くそ」と言う悪態をBGMに何ゆえこのような状況に陥ってるのかと、自問自答した。


「ねえ麻里ちゃん。それ一段落着いたらさ映画でも見ようよ。今日帰りに借りてきたんだ」


「どんな内容?」


「少年がある組織から追われている不思議な力を持った男の人と出会って様々な体験をするって話。ヒューマンドラマだよ。小説になっているんだけど結構面白いよ」


「止めとくわ。そもそも涼くんと映画の趣味合わないし。感動ものだろうけどさっ、薄暗い話でしょ。どうせならアクションもの借りてくれれば良かったのに。スカッとした方が夢見が良いわ。仕事で疲れてるってのに、重たい話観たくない」


「ええ。見ようよ。昔は一緒に見てくれたじゃん」


「前は前。今は今。忙しいから話しかけないで。今いいところなの」


そう言うと麻里ちゃんはゲームの方に集中しだし生返事になった。本日も撃沈である。雰囲気の良い映画を見れば、イチャイチャ出来るんじゃないかと思っていたが見通しが甘かった。

彼女の完璧(パーフェクト)防御(ディフェンス)は当に鉄壁である。この半年間甘いひと時を取り戻すため挑戦しているが、にべもなく断られる。

花束を買ってきても、人気パティシエのケーキ買ってきても喜んでくれるがそれだけだ。

おまけに以前はメイクを欠かさなかったのに、仕事から帰ってくると顔が気持ち悪いと言ってすぐさま落としてしまう。

初めて見た彼女のすっぴんは眉毛が細く目元も違ったりなんかしてそれはもう衝撃だった。薄化粧だと思っていたのは勘違いで入念に作り込んでいた芸術作品だと気づいたのはその時だ。

明日また挑戦しよう。すごすごと肩を落とし浴室へ向かおうとした時だった。


「そういえば、明日飲み会あるからご飯いらないよ。帰りも遅くなるだろうから、先に寝てて。なんならそっちも飲みに行けば? その方が楽でしょ」


ガーンっと頭の中で不協和音が鳴った。明日は挑むことすら出来ないのか。ウワバミの麻里ちゃんは基本的に酔っ払わない。ほろ酔いして甘えるなんて行為は期待出来ない。寧ろ毒を蓄えた舌が潤滑油のお陰で良く回りショックを受けることもしばしばある。

仕方がない。せっかく夕飯を作らなくて良い日だ。店の後輩とでも飲みにいくか。




「相変わらずですね。先輩の彼女さん。でも未だ想像できないけどなあ。店に来てくれた時は清楚を体現したような人でしたよ」


「そうだよ。そうだったんだよ。今じゃ全然構ってくれないし、ゲームばっかしてるし。映画はホラーばっかり見るしさあ。俺が苦手なの知ってるのに笑ってるんだよ? 同棲する前はお弁当作ってくれたこともあったのに料理は俺って」


「全然イメージ違うじゃないですか。楚々として男を立てる人だと思ったんだけどな」


仕事上がりに後輩である酒井をを誘いビールを飲む。チビチビとつまみを食べながら日頃の不満をぶちまけた。


「偶にはさ、お帰りって言われて温かい彼女の手料理で迎えられたいものなんですよ。贅沢かもしれないけどさ。いや、せめてパステルイエローのワンピース着て笑ってくれればそれで良い。イチャイチャしたいんだよ。膝枕してほしいんだよ、行ってきますのチューとかさあ。この半年全然無くなって、あまりの落差に驚きを隠せないよ」


「見事までの徹底ぶりですね。逆に清々しい気すらしますよ。でも先輩の好みって雰囲気も頭もゆるふわな女の子ですよね。そんなに合わないなら別れれば良いのに。無理してまで一緒にいること無いじゃないですか」


「え?」


「まあ一緒に住んじゃったから面倒なとこもありますけど、本当に嫌なら別れるのもひとつの選択だと思いますけどね」


別れるなんて考えたこともなかった僕は意外とシビアな酒井の意見に思わず黙りこくる。


「先輩? どうしました。グラス空いてますよ。同じので良いですか?」


「うん、ありがと」


合わないなら別れれば良い。僕は思いつきもしなかったけれど麻里ちゃんもそんな風に考えているのだろうか。お世辞にも相性が良いとは言えない。

趣味も嗜好も違う。もしかしてあの態度は僕に愛想を尽かしたからなのか。考えれば考えるほどそうとしか思えなくなってきた僕は、居ても立っても居られなかなって、お酒もそこそこに切り上げた。



二十二時過ぎに帰ってきた僕は、ささっとシャワーを浴び昨日借りてきた映画をセットする。

けれども先ほどの言葉が引っかかっていまいち集中出来ない。

考えたって埒があかない。麻里ちゃんが帰って来たら聞いてみよう。話し合いだ、話し合い。

天使のような彼女も好きだけれど、暴君になった彼女を決して嫌っているわけではない。寧ろ最近は、開けっぴろげにありのままの麻里ちゃんを見られることに少々優越感すら覚えている。

友達に言えば調教された結果だと笑われるかもしれないけれど、彼女は普段何重にも猫を被っている。それを唯一外せる場所として選んでくれたのならこんなに有難いことはない。

けれども、どうでも良いと思われて邪険されているのならば話は別だ。思いが通じ合っていない程寂しいものはない。そんな関係ならば潔く清算した方がお互いの為なのかもしれない。

うんうんと唸りながら考え込んでいると、玄関のドアの鍵が開かれた音がした。麻里ちゃんが帰ってきたのだ。


「おかえりなさい」


「まだ起きてたの?先に寝てて良かったのに」


「いや、ちょっと話したいことがあって起きてたんだ。疲れてるのにごめんね」


「良いよ。何? 手短に話してね。明日も仕事だから」


「麻里ちゃんはさあ、僕のことちゃんと好き? 前はたくさんスキンシップもあったのに最近はめっきり。僕のことどう思ってる?」


「くだらない。そんな分かりきったこと聴きたくて起きてたの? 私今日飲みすぎたの。寝るわ。悪いけど一人で寝たいから今日はソファで寝てくれる?」


「ちょっと待ってよ。大事なことだよ」


僕が言い終わる前に無慈悲なドアはがちゃんと鳴り、おまけに内鍵が閉まる音までした。

これは無い、これはないでしょう、麻里ちゃん。僕は君の召使いじゃない。恋人だよ。君を好きなことは下らないことなのか。

僕は悲しくなって涙ぐんだ。しくしくとソファを濡らすほどではなかったけれどクローゼットからだした毛布は涙の染みを作った。こんな呆気ない終わりなんて最低だ。



目覚ましをかけていなかった僕は次の日、出勤時間ぎりぎりに目を覚まし結局麻里ちゃんとは話さず仕舞いだった。

仕事も中々集中出来ず先輩に心配される始末。散々な一日だった。それなのに習い性で帰りに夕飯の材料を買ってしまう始末。あんなこと言った麻里ちゃんの分なんて作りたくなんかないのに。

大きくため息を着きながら家の鍵を開ける。するといつもは真っ暗の部屋は電気が点いていて、玄関にはまりちゃんが履いている華奢なハイヒールがあった。

昨日のことも相まって顔を合わせたくないが、そうは行かない。力無くただいまと呟いた。

すると、返ってくるおかえりの声。ふと顔を上げると普段の化粧気のない顔じゃなくて芸術作品(フルメイク)の麻里ちゃんが居た。おまけに僕がプレゼントにしたエンジのワンピースを着て。


「どうしたの?」


普段の装いでない彼女に思わず声をかける。


「ご飯もうあるから買ってきたやつ冷蔵庫入れて」


つっけんどんな返事は普段なままだ。僕は言われるがまま先ほど買ってきた材料たちを冷蔵庫にしまった。


「突っ立ってないで手、洗って来て。用意するから」


「あ、はい」


有無を言わさぬ彼女の言葉に哀しいかな、やはり従ってしまう僕。一体どんな風の吹き回しだろう。手を洗いつつ考えたが、やっぱり答えは出なかった。


向かい合わせになってる席に着けば、麻里ちゃんは既に座っていた。テーブルにはデパートで買ってきただろう美味しそうな惣菜が綺麗に並べられていた。


「いただきます」


手を合わせて無言で食べる。気まずい雰囲気を感じたがお互い食べることに集中し、会話がない。

これは限界だと、どう言うわけなのかを聞こうとしたところ、先に口を開いたのは麻里ちゃんの方だった。


「昨日はごめん。説明不足だった」


「どういうこと?」


「黙ってたけど、料理得意じゃないんだ。デートの時作ったお弁当は七割お惣菜買って詰めたもの。今日も、作ろうとは思ったんだけれど涼くんのご飯美味しいから。比べられたらと思うと、出来なかった」


「うん」


「身綺麗にして待ってたのは、甘えていたなって反省したから。ごめん、あんな態度取って。私本当はあんまり自分の気持ちを伝えるの苦手で。素になったら前みたいに甘えるのも気恥ずかしくなって。でも邪険にしても涼くん怒らないし、それで付け上がって調子に乗った」


「初めは驚いたけど、麻里ちゃんのこと嫌だと思ったことないよ。くっつけないのは正直寂しかったけど」


「ごめん。それからいつもありがとう。涼くんのこと好きだよ。大好きだと思う」


いつもならはきはきと喋る彼女の声が尻すぼみになっていって、頰はうっすらと赤みが差していた。

僕は、今しがた言われた言葉も相まって完全に有頂天になった。


「僕も、好きだよ。大好きだ。麻里ちゃんと居ると凄く幸せなんだ。良かった。一方通行かもしれないと思ったら凄く不安だったんだ。料理もこれから時間があるとき一緒に作ろう。そりゃ美味しい方が良いんだけどさ、麻里ちゃんが作ってくれたことに意味があるんだよ。僕のために作ってくれたと思ったらそれが何よりのご馳走なんだ」


僕が興奮気味に話せば、彼女は笑った。君はストレート過ぎるとやっぱり頰を赤らめて。僕も釣られて笑顔になる。

買ってきてくれたご飯を全て平らげて僕たちは久々にくっついてソファに座った。昨日一人で見た映画を今度は二人で。やっぱり趣味は合わないなと憎まれ口を叩いていたけれど目を潤ませた彼女の顔は世界で一番可愛かった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] シンプルに好きです、ホッコリしました(﹡ˆ﹀ˆ﹡)
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ