川底の夢
今日も静かな水底に溺れる。揺れる水面にロアの顔が見えた気がした。直後に激しく揺れる水の中でおもう。
(あぁ、また死ねないのか。)
「はぁ、はぁ。お前、また死ぬ気だっただろ。」
「うん。ロアの所為でまた死ねなかったじゃないか。」
頭からずぶ濡れのロアは、肩で息をしながら文句を言ってくる。仰向きに寝転がったまま、何度目かわからない会話を繰り返す。反省していないことを知っているからか、呆れた顔をしたロアが溜息を吐く。
「お前の自殺癖に毎回付き合わされてる俺の身にもなってみろよ。結構大変なんだからな。」
「じゃあ、助けなければいいじゃん。僕の事。そうしたら、ロアの負担にならないし、僕も死ぬことが出来るから、一石二鳥じゃん。」
「それが出来ればこんなに苦労してないよ。」
「…ロアは、僕の事どう思ってるの?」
「自殺ばっかりする変な奴、かな。どうしてそんなに死にたいんだか。」
「気になる?」
「気になるよ、そりゃあ。だから、助けてるのかもしれないな。」
「ふぅ~ん。じゃあ、何で死にたいのか教えたら死ねるのか。」
「俺が納得する理由ならな。」
「ロアが納得する理由か…。死にたいから、じゃダメ?」
「当たり前だろ。」
「じゃあ、生きていたくないから。かな?」
「じゃあ、ってお前な。しかも疑問形だし…。そんな理由で俺が納得すると思ってるのか?」
「…思ってない。」
「ほらな。」
「でも、そうなんだから仕方なくない?」
暖かくなってきた六月の風が、濡れた肌や服を撫でていく。冷めた水滴が体の体温を奪って、少し肌寒い。
「なんか好きな事とか、物とかないのか?お前は勉強もできるし、仲いい奴もいっぱいいるだろ。」
「まあねぇ~。」
「否定しないんだな。」
「まぁ、事実だし…。」
「で、どうなんだよ。」
「ん~。勉強は嫌いじゃないけど、答えが決まってるから好きじゃない。仲良くしてる奴らも嫌いではないけど、僕の自殺癖を知ったら離れてく奴らばっかりだよ。」
「だからって、死んでもいいわけ…」
「あぁ!」
「なんだよ!びっくりしたじゃねぇか。」
「今!」
「はぁ?」
「今みたいに、ロアと話してる時間は好きだよ。ロアがどう思ってるかはわからないけど、僕は好きだよ。この時間も、ロアのことも。」
ロアはとても驚いた顔をしていた。強い風が僕らの間を通り抜けて行った。
「僕が死にたい理由。自殺をしようとすると、ロアがいつも助けに来てくれる。最初はなんだこいつって思ってたんだけど、こんな僕に向き合おうとしてくれてるのが嬉しかった。ただ、ロアにかまってほしかっただけなんだ。こんな想いが叶うわけがない、そう思うと死にたくなるんだ。」
茫然として話しを聞いていたロアの目に、戸惑いの色が滲んできた。
「僕が死にたい理由、ちゃんと話したから死んでもいいよな。」
さっき飛び込んだ川に向かって歩き出す。涙は出なかった。胸にぽっかりと大きな穴が開いてしまったような喪失感が、僕の歩くスピードを速めた。
「お、おい!待てよ!」
慌てた様子のロアが追いかけてきた。制止を聞かず歩き続けると、腕を掴まれた。
「おい、待てって!」
「死にたい理由は、話しただろ?もう、死なせてくれよ。」
喋る声が震える。両目に涙が溜まって早口になる。
「あれだけ迷惑かけておいて、勝手にいなくなるだなんて許さないぞ。」
「それは、ごめん。でも、なんでロアの許可がいるんだよ。」
「なんでもいいだろ。」
「好きだなんて言って、合わせる顔が無いんだよ。…手、放してくれよ。もう、楽にさせてくれ。」
「…っ。」
ロアに腕を引かれて振り返る。涙が止まらなかった。それが情けなくて、ロアの顔を見ることが出来なくて俯いた。腕を掴むロアの手に、力が籠められる。
「…っ。ロア、痛いよ。」
「お前が死にたいなんて言うからだろ。」
「ごめんって。」
「どうしても死にたいのか。」
「うん…。」
「今じゃなきゃダメなのか。」
「欲が出る前に死にたいな。」
「一人で死ぬ気かよ。」
「うん。これ以上誰にも迷惑かけたくないからね。」
「俺じゃ、止められないのか。」
「うん。もう決めたんだ。」
ロアは微かに震えていたが、僕の決意を聞くと、何かを決心したようだった。
「わかった。もう、お前の自殺を止めないし、助けようともしないよ。」
「ありがとう。」
「でも、一人で死なせて堪るか。」
「…え?」
「俺も死ぬ。」
「な、何で?」
「死にたくなったから。」
「どうして!」
「もう、決めたんだ。反論も意見も聞かない。」
そう言ってロアは、僕の手を取り川に向かって歩き出した。川に着いたところで顔を見合わせた。陽は落ち、オレンジ色の空が僕らを包んでいた。
「ようやく僕は死ねるのか。」
「あぁ、最後に何か言いたいことはあるか?」
「ん~、最後だからちゃんと言おうかな。」
「なんだ?」
「ロア、好きだよ。」
二人で川に飛び込んだ。水面に着く直前にロアが口を開く。
「俺も好きだよ。」
川の流れは速くなかった。ただ、深い水底に段々と体が沈んでいく。耳に、口に、鼻に、目にまで水が押し寄せてくる。冷たい水の中、確かに感じるロアの体温。幸せに消える二つの命は、咎められることなく朽ちていくのだろう。
―――――XX月XX日 午後六時のニュースです。
XX県XX川の下流で二人の少年の遺体が発見されました。
遺体は酷く腐敗しており、死後半年は経っているとのことです。
警察は事件と自殺の可能性を考えて捜査しているとのことです。―――――