3 実験
目を開けるとそこは知らない天井、知らない部屋だった。
確か、魔獣に襲われていた男を助けようとして気絶したんだっけ。そうだ。能力の副作用。あれは本当に酷かった。マモンに文句を言ってやりたい。
俺は二匹の魔獣を殺した。あの時は必死だったからあまり意識していなかったが、確かにこの手に肉を切り裂き、抉る感覚があった。
生きている肉を……切る……。
考えると気持ちが悪くなってくる。
慣れるしかないのか。
……。
その前にここはどこだ。状況からして男の家といったところか。
扉を開けて部屋から出ると、女の人が料理をしている。
長い黒髪は後ろで束ねられ、ゆらゆらと揺れている。
「あのー」
声をかけると、その女性は驚いたように振り返った。
「あ、転生者様!お目覚めになられましたか!お体は大丈夫ですか?直ぐに夫を呼んで参りますのでお待ちください!」
そう言って外に出て行った。
やはり倒れたところをあの男の家に運ばれた感じだな。
しかし、転生者って言ってたな。厳密には転生では無いが、何故バレた?
「あぁ、転生者様。無事に目を覚まされてなによりです」
「うん、いや、こちらこそ助かりました。ありがとうございます」
頭を下げる。
「そんな!お礼をしなければならないのはこちらの方です!我が家はただの農家ですので満足して頂けるものがあるか……」
結局俺は倒れてしまったが、俺がいなければこの人は助かっていなかっただろう。そう考えると報酬をもらっても構わないか。
「それでは少し私の話し相手になっていただけますか?」
夫婦はキョトンとしている。
「話し相手ですか?」
「はい、いくつか聞きたいことがあるのです」
***
「なるほど、転生者はそんなに珍しくないのか……」
「自分で転生者だって名乗る人もいますし、珍しい魔法を使う人は転生者か賢者がほとんどでしょうか。隣国には転生者ギルドもあるらしいですよ」
どうやらこの世界では転生者が溢れているらしい。そして、その転生者の目的は様々らしい。悪魔討伐の人もいれば、新しい街だとか技術を作る人もいるとか。
「転生者で悪いことしてる人とかいませんか?」
「えっと、それは……」
男は黙ってしまった。
「もしかして、転生者の悪口を言っちゃいけないとかあるんですか?」
「いえ、そのような事は……。ただ、転生者様は私たちをお救いくださる人々ですから。例え、今は私たちが困窮しようとも、いずれそれは巡り巡って私たちの為になるだろうと……」
何これ。宗教かな?
どうやら転生者は半ば崇められているらしい。それで調子に乗って悪さをするやつが出てくるわけですね。
男は転生者(悪)の存在について終始語ろうとしなかった。
転生者(悪)については諦めて、これからどうするべきかと尋ねると、近くの街に冒険者ギルドがあるからそこで仕事をしながら情報を集めてはどうかという事だった。
お金が無いと言うと、二つの黒い石のようなものを渡された。
俺が倒した二匹の魔獣の魔石らしく、これをギルドで売ればお金になるという。
どこまでもテンプレな世界だな。
「最後にもう一つだけお願いしたいのですが。少し外に出ましょう」
能力のテストをしなければ。
***
「あ、あの、本当によろしいのでしょうか」
男は俺が渡した短剣をこちらに向けて持っている。
「構いませんよ。思いっきりやっちゃって下さい」
俺は目を瞑って立つ。
「それではいきますよ!」
男が俺の首に刃を突き立てる。
「ゴフッ」
口に血が溢れる。不思議と痛いという感覚はないが、喉が焼けるように熱い。
あぁ死んでしまう。時間を止めなければ……
――時間停止――
その瞬間、喉の焼ける様な熱さは消えた。
不意打ちに対して能力が自動的に発動してくれるかなと思ったんだけど、そんなことは無いようだな。
俺の能力を使えば基本的には死ぬことは無い。敵に囲まれたりしても時間を止めて逃げればいいし、瀕死の傷を負っても時間を戻せばいい。
だが今の実験で、こちらが死を認識する前に殺されるような事態は不味いことがわかった。例えば一瞬で頭を潰されてしまえば俺は死ぬ。そんな状況ないだろうけど。
次の実験だ。時間遡行を行おう。
時間が遡るイメージをする。
すると世界は逆向きに進み出した。男は逆向きに歩き、俺の口からこぼれた血は口へと戻っていく。
おぉ、すごい。本当に時間が戻ってる。
男が刃を構えるところまで時間を戻す。
よし、解除するか……。時間を止めるだけであの副作用だ。時間を巻き戻せばどれだけの頭痛がするだろうか。
考えていても仕方ないか。そう思い、足に力を入れて踏ん張る。
いくぞ。
――停止解除――
次の瞬間、胃の中にあったもの全てを吐き出した。
「て、転生者様?!」
こちらに短剣を向けていた男が駆け寄ってくる。
頭が揺れ、血が煮え、視界が歪む。
俺はそこで意識を失った。
***
「大丈夫ですか?」
「あ、あぁ、もう大丈夫です」
再びベッドの上で目を覚ました時には、頭痛は治まっていた。
時間遡行は嘔吐というオマケも付いてくるらしい。
はぁ。
「マモンーーーー!!!」
「転生者様?!」
叫ぶ。
なんだよこの能力!使えば経験したことがないほどの頭痛&嘔吐とか戦闘中使えないじゃないか!
こんな欠陥能力押し付けやがって!
あとで絶対文句を言ってやる!!
はぁ。
「大丈夫です。ところで、さっき何か違和感がなかったですか?」
男に質問する。
「あ、違和感と言いますか。幻を見たような……」
「どんな?俺の首を刺して俺が口から血を吹く幻?」
「そ、そうです!その通りです!」
「あなたは何か見ましたか?」
近くで俺たちの様子を見ていた女に質問する。
「い、いえ、何も」
なるほど。時間遡行をしても記憶が残ったままの人もいるが、それは条件付き。条件は、俺の近く、凡そ一メートル以内にいた者といったところか。
この記憶保持はいろいろと使えるな……。
本当はもっと調べたいが、身体が限界なので実験終了だ。