08:人間を3人も殺して、隠れていた人格がでてきてしまった、お話
題名を変更しました
カッコカッコ
古びた柱時計の振り子が左右に揺れている。
時刻は午後の8時を過ぎていた。
普段なら瑞樹さんも香ちゃんも帰宅して食事をしている時間だ。
用意しておいたコーンスープは冷めてしまっている。
しっかり者の2人のことだ。
遅れるようなら連絡ぐらいあるはず。
何かあったのだろうか?
たとえば車の事故とか……。
やめろやめろ! そんなことを考えるな!
ジッとしていると嫌な想像ばかりしてしまう。
ジリリン
FAXつきの電話が鳴って、僕は飛びつくように受話器を取った。
「もしもし?」
直ぐに返事がない。
もしもし? もう1度言おうとしたときだ
「女たちは預かった」
男の声がした。
息を呑む。
「あんた、誰だ?」
「女たちは廃校だ。あんた1人で来い」
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大崎 慎吾 【職業:やくざ】
種族:人間
性別:♂
年齢:32
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視界に相手の詳細が表示された。
無意識で鑑定をしていたらしい。
音声だけでも可能なのか。
性能に感心するうちにも、相手は続ける。
「警察には報せるだけ無駄だ。いいな、くれぐれも1人で廃校に来い。あの化け物を連れてきたら、女は殺す」
ガチャリと電話が切れる。
ヤクザだものな。
諦めるはずがなかったのだ。
ヤクザ連中は息を潜めて、蛇のようにこちらの様子を窺っていたのだ。
僕らは太平楽だった。
いいや、違う。
逃げていたのだ。現実から目を背けていたのだ。
であればこそ、瑞樹さんも香ちゃんも、仕事へ行って、学校へ行って、変わらずに頑なに普段通りの生活を続けていたのだろう。
そして僕は。
何も忠告しなかった。
他人だと思い定めていたから。
いっときの付き合いだと割り切っていたから。
だが、こうなって分かった。
息苦しいほどに怒りが渦巻いている。
僕は馬瀬の一家にほだされてしまっていた。
無下にはできなくなっていた。
外へ出る。
星明りさえない暗い夜だ。
「ペガ!」
呼べば、天馬は闇に白い馬体をうっすらと浮かび上がらせて風のように駆けてきた。
僕の声音と様子から只ならぬものを感じ取ったのだろう。
いつものように甘ったれてこない。
アイテムボックスから鞍を取り出す。
それは取り出した、その瞬間からペガに装着された。
アイテムボックスの機能のひとつだ。
鞍の鐙に足をかけて、ペガの背中に乗る。
毎日のように乗っているので慣れたものだ。
「行くぞ!」
ペガが走る。
大地を蹴って、空に飛び上がる。
行き先は廃校。
場所は香ちゃんと智花ちゃんに聞いて、知っている。
・
・
・
「ペガはここで待ってな」
背中から降りて、鼻面を撫でてやる。
「ぶるる」
『ひとりじゃ危ないよ』
「平気だよ」
僕は心のなかを読まれないようにペガから離れた。
危ないのは僕じゃない。
あいつ等なんだから。
廃校へと歩きながら、漠然と思う。
今日。
僕は、人を殺すだろう。
相手はヤクザ者なのだ。
僕を殺すつもりのはずで、であればこそ、こんな人気のない場所に呼び出したのだろう。
雨が降る。
ぽつぽつと大粒の雨が落ちる。
僕が殺されたら、馬瀬の女たちは国外に売られる。
まだエンジンが温かいハイエースの横をとおりすぎる。
ペガだって、馬瀬の女を人質にされたら逆らえない。
売られてしまう。
誘蛾灯にさそわれる羽虫のように、僕は灯かりのともった校舎にはいった。
待ち構えていたのは5人。
3人は、前回に見た顔だ。
昇降口の奥に、縛られた瑞樹さんと香ちゃんが転がされている。
その2人にピストルを突きつけているのは、10代にも見えるチンピラだ。
「逃げずに、よく来たな」
ヘラヘラと笑って連中の1人が迎える。
僕は顔を伏せた。
相手を……人間を見さえしなければ、恐怖もそれほどじゃないのだ。
顔を伏せたまま、足を進める。
「そこで止まれ!」
連中の1人が吠える。
僕は足を止めない。
「聞こえねーのか! クソが!」
ガチャリ、ガチャリ。鉄を動かすような音がする。
撃鉄を起こす音だ。
連中の落とし物であるピストルを僕も2丁もっているので、男心として当然、弄りたおしているのだ。
1歩、2歩、僕は進む。
そろそろ限界か…。
「目をつむれ!」
僕は叫んだ。
惨劇を女たち…とくに香ちゃんに見せるに忍びなかったのだ。
叫んで『アイテムボックス』を展開。
口の中に世界樹の葉を出現させる。
と、同時だった。
ピーチク、パーチク、囀っていた連中が
「死ねや!」
爆竹を連続して鳴らしたような騒音がしたと思うや、思いっきりパンチされたような衝撃が左の太ももを襲った。右の腕と肩、ヘソの上にも同じような衝撃。
僕はもんどりうって倒れた。
「ざまぁみろ!」
勝ち誇った連中の声が聞こえる。
聞こえる。
そう。
僕は死んでなかった。
負った傷はみるみる回復しているはずだ。
何故ならば、僕は世界樹の葉を口の中に入れているのだから。
「痛てぇ…」
思わず毒づきながら、手をついて立ち上がる。
連中が驚いたのが気配で分かった。
この期に及んでさえ、僕は顔を上げられなかったのだ。
大量の血をこぼしながら、僕は歩く。
さぞかし異様な光景だろう。
愕然として立ち尽くす連中のうちの1人の前までゆくと、アイテムボックスから
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PMMマカロフ 2002年 ロシア製 装填弾数8
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手に取りだした。
彼我の距離は30センチもない。
僕はマカロフの銃口を相手の左胸に押し付けた。
撃鉄を起こして。
バン! バン! バン!
連射する。
断末魔の声をあげて、男が崩折れる。
そんな男を横目に、次の男へ。
同じように3発の銃弾を心臓に見舞う。
「わあああああああ!」
悲鳴を上げたのは、残った1人か、それとも若い2人のチンピラか。
カチャカチャと音がする。
おそらく、男が動転して残弾のないピストルの引き金を遮二無二に引いているのだろう。
そんな男に近づく。
手にしているマカロフの残弾は2。
僕はマカロフをアイテムボックスに戻すと、まだ残弾が8発残っているもう1丁のマカロフを新たに手にした。
「や、やめて!」
男が悲鳴をあげる。
でも。今止めたら、いつか報復するんだろ?
僕は引き金3回、を引いた。
男が倒れる。
僕はそこで、ようやっと顔を上げた。
振り返る。
死体が3つ。
何らの感慨もなかった。
こうとなって分かったことがある。
僕にとって、人間はどうやら人間ではなくなってしまったようだ。
犬猫と同列。いいや、犬猫を殺したのなら、まだしも罪悪感があるだろう。
すると、人間を生物だと認識できていないのかも知れない。
言ってしまえば、ゲームのなかのデータのようなものなのか?
馬瀬家にしても、ゲームのNPC〈ノンプレイヤーキャラクター〉に入れ込んでいるのと同じでしかなかった。
死体をアイテムボックスに収納する。
3つの死体が消えた。
死んでいたのだ。
僕が、殺したのだ。
視線を前に向ける。
2人のチンピラは泣いていた。
瑞樹さんと香ちゃんは、僕の言いつけを守って『ギュッ』と目を閉じている。
「銃を捨てろ」
恐怖をおして声に出す。
2人は逆らうことなく、ピストルを放った。
それをアイテムボックスに収納する。
これは相手がアイテム…この場合はピストルを所持している権利を放棄したからこそ出来たことだった。
初めから問答無用でピストルを奪うことが可能だったのなら、こんな痛い思いをしないですんでいる。
「行け!」
僕が言うと、2人は弾かれたように逃げて行った。
鑑定で2人は職業ヤクザじゃないと判明していた。
逃がしたところで、復讐なんてしないだろう。
「もう目を開けていいよ」
僕の言葉に2人は目を開けて、目を見開いた。
ああ、そういえば僕は血まみれだった。
アイテムボックスから寮で入手した包丁を取り出して、ゲロを吐いてしまいそうな恐怖を我慢しながら、瑞樹さんを縛っていたロープを断つ。
それから瑞樹さんに包丁を渡して、逃げるように距離をとって背中を向けた。
ガサゴソと背後で物音がする。
瑞樹さんが香ちゃんのロープをどうにかしているのだろう。
そんなことを考えていると
「がぁ…」
体の中の痛みに、僕はうずくまった。
世界樹の葉が口中から消えて、体内に残った銃弾が強烈な痛みをもたらしたのだ。
視界が赤く染まるほどの激痛。
音楽が聴こえる。
太鼓の凄まじい音が耳朶を打つ。
ぉろせ
声が聞こえる。
こぉろせ
怨嗟に満ちた声が聞こえる。
ころせ。
人間どもを。
この世界を。
殺し尽くせ!
腹をおさえて、もがく。
「南天田さん!」
「来るな!」
俺は叫んだ。
叫びながら、2人の人間を見た。
「ひ!」
息を呑んで2人が後退りする。
俺はそんな2人を見詰めた。
殺したい!
縊り殺したい!
殴り殺したい!
散々に無惨に殺し尽くしたい!
「駄目だ!」
微かに残った理性に縋りつく。
その時だ。
俺の張り巡らされた感覚が、視線を感得した。
瑞樹と香の視線じゃない。
他の……もっと別の……遠くからの…。
そこを見る。
居たのはネズミ。
だが、俺を見ているのはネズミじゃない。
その向こうの何者かだ。
「お前…誰だ…?」
誰何しながら鑑定を発動。
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ボリス・ウスチノフ 【職業:ヤクザ】
種族:人間
性別:♂
年齢:36
レベル: 13
HP : 80
MP : 200
こうげき:50
ぼうぎょ:15
ちから : 20
すばやさ : 20
きようさ : 80
かしこさ : 110
せいしん : 50
こううん : 60
かっこよさ: ---
スキル:ロシア魔術 Lv3
マーシャルアーツ Lv2
装備:オーダーメイドのスーツ
PMMマカロフ
対魔術符
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あは
俺は笑った。
あははははは!
なんだ、なんだ。
おもしろいのがいるじゃないか!
「覗き見とは好い趣味だな!」
魔力を飛ばして、ネズミを粉々にする。
「きゃ!」
悲鳴に、目を向ける。
女がいた。
2人。
もう、食指は動かなかった。
いいよ、見逃してやるよ。
俺は立ち上がった。
痛みに襲われるが、これが何とも心地いい。
生きているのだと、痛みが教えてくれる。
俺は再びネズミの居た辺りに目を向けた。
「よし」
まだある。
魔力のヨスガが残っている。
俺はそれを感覚で掴むと……向こうへと跳んだ。