07:馬瀬家でお世話になることになったので、お礼としてアイテムボックスで大掃除をすることにした、お話
僕は、彼女たちに家に招かれた。
そこで、こっちが恐縮してしまうぐらいにお礼を言われた。
「どうぞ」
と、お酒と食事を供されたけど、残念なことに対人恐怖症らしい僕は、お腹は空いていても人前だと緊張して食べ物にもお酒にも手を付けることができなかった。
ちなみにペガは馬房だ。
「すごい! ペガサスだ!」
いちばん年下の女の子が特にはしゃいでいた。
恐い目にあったからだろう、無理にテンションをあげているように感じられて、痛々しかった。
そんな下にも置かないほどに持て成された僕は、興奮冷めやらぬ彼女たちの会話を一方的に聞かされた。
で、だ。
継ぎはぎの会話を総括するに。
ここは日本は北海道の田舎。
どれぐらい田舎かというと、一番近い隣家には車で30分。
町まで50分はかかるらしい。
そして彼女たちは
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馬瀬 瑞樹 【職業:看護士】
種族:人間
性別:♀
年齢:39
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馬瀬 智花 【職業:騎手】
種族:人間
性別:♀
年齢:19
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馬瀬 香 【職業:学生】
種族:人間
性別:♀
年齢:14
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失礼だけど、ステータスを覗かせてもらった。
詳細な数値が出ないのは謎だ。
もしかしたら、こっちの世界では細かい数値が表示されないのかも知れない。
馬瀬という同じ苗字からも分かる通りに、3人は家族。
父親は亡くなっている。
競馬の牧場を経営していたけども、破産。
莫大な借金をヤクザからしてしまって、ペガが倒した連中は馬瀬一家を借金の形に攫いに乗り込んできた。
ということらしい。
散々に喋ったおかげで平静を取り戻したのだろう。
3人の顔色が青くなる。
「警察、呼んだほうが良いかな?」
「やめておこう、あいつ等が言ってたじゃん。警察もグルだって」
そんな遣り取りをして
「ねぇ、オジサン? オジサンって人間なの?」
香が尋ねた。
捉えようによっては酷い質問だけど、そーいった意味じゃないことは理解している。
ペガサスなんていう不思議生物にのって来た僕を純粋な意味で人間なのか怪しんでいるのだ。
「あぁ、う」
声がうまく出ない。
正直、こうして3人の前でソファに座っているのさえシンドイのだ。
逃げださないのは、足が竦んでしまって動かないからでしかない。
「具合が悪いんですか?」
僕の尋常じゃない様子に、看護士という職業柄か瑞樹さんが近づく。
「ま、待って!」
僕は悲鳴のような声をあげた。
これ以上の距離を詰められたら、おかしくなってしまう!
「紙とペンを!」
智花ちゃんがお尻をあげて、居間をでていく
「これを」
ほどなく戻ってきて、テーブルにノートとエンピツが差し出された。
それをおずおずと手にして、僕は震える字で事情を書いた。
「記憶喪失?」
「対人恐怖症?」
「あのペガサスとは山で知り合った?」
大人が書いたとは思えないほどの汚い字だったけど、解読はしてもらえた。
ノートを読んだ瑞樹さんと香ちゃんと智花ちゃんが、それぞれ声をもらす。
胡散臭いことこの上ないだろう。
特にペガなんて突っ込みどころが満載だ。
とはいえ、馬鹿正直に僕が創造したとは書けなかった。
それこそ荒唐無稽だもの。
でも彼女たちは突っ込んでくるような質問をしなかった。
曲がりなりにも僕……というかペガに危ないところを救われたという恩があるからだろう。
「でしたら、家で暮らしませんか?」
そんなことを言いだしたのは瑞樹さんだ。
僕はチラと上目遣いをして瑞樹さんを見上げた。
綺麗な人だ。
とてもじゃないけど40手前とは思えないほどに若々しい。
そんな女性が、ニコリと微笑む。
僕は逃げるみたいに再び顔を伏せた。
情けなくなる。
40(しじゅう)の大の大人が、上目遣いをして、まともに目を合わせられないのだ。
薄みっともない気持ちの悪い男だと思われてもおかしくない。
瑞樹さんの微笑みの向こうにあるだろう軽蔑と、智花ちゃんと香ちゃんの浮かべているだろう呆れ顔を想像して、僕は居たたまれなさに顔を真っ赤にした。
むろん、ダラダラとあいも変わらずに脂っぽい汗を垂れ流している。
「どうぞ」
とテーブルに差し出されたタオルで、汗を拭かせてもらう。
「あとで洗って返します」
というのをどもりながら口にする。
口にしてから、こんなメタボ親父のつかったタオルを洗ったところで失礼かもしれないと気がついた。
どうせなら新品を買って返すべきだろう。
けど、僕は無一文なのだ。
己の気のつかえなさと、無一文という事実に、輪をかけて恥じ入る。
「オジサンさ、どーせお金ないんでしょ? だったら遠慮してないで、素直に家で居候しなよ」
ハッキリ言ったのは香ちゃんだ。
「こら!」
瑞樹さんの叱る声がする。
「でも香の言うとおりだと、私も思う。あのペガサスだって町に連れて行ったら大騒ぎだよ? ここなら元々が牧場だし人も来ないから、ペガサスだって悠々とできるだろうし」
智花ちゃんが言って
「そうよねぇ」瑞樹さんが
「もう1度、頼みます。どうか、家でしばらく暮らしていただけませんか? 今日みたいなことがあった時に、男の人がいてくれると心強いんです」
僕が役に立たなかったのは百も承知で、そんなことを申し出てくれる。
「用心棒だね」
嬉し気に言ったのは礼によって香ちゃんだ。
しかし冷静になって考えるに、渡りに船の提案ではあるのだ。
羽のある馬を連れたまま人里に降りるわけにはいかないし、人里に出たところで稼ぎの当てがあるわけでもない。
ペガを見世物に?
そんなことが出来るはずもなかった。
ペガは言ってみれば、僕の生みだした子供なのだ。
子供を見世物にする親なんて居るはずがない!
いいや、見世物になるだけなら増しで、もしかしたら解剖とかされてしまうかもしれないじゃないか!
想像して、ぶるると震えてしまう。
だから僕の答えは決まっていた。
「よろしくお願いします」
僕は、どもりながら、つかえながら、深く頭を下げたのだ。
・
・
・
「南天田のオジサン、行ってきまーす!」
朝の7時。
瑞樹さんの運転する軽自動車に乗り込んで、2人は町へと出発した。
それぞれ、瑞樹さんは仕事へ、香ちゃんは中学校へと行ったのだ。
あれからもう5日が経っている。
ヤクザは今のところ姿を見せてない。
そして僕の名前は南天田になった。
もう察してくれていると思うが、コボルト達に名付けられたナーテンダという名前を文字ってもらったのだ。
喧々(けんけん)諤々(がくがく)、3人が姦しく僕の名付けを考えていたところに
「ナーテンダ」
と呼ばれていたっぽいと僕がノートに書いて差し出したのだ。
記憶喪失のはずなのに、名前だけは憶えてたのか? そう怪しまれても仕方のないところではある。
けれど、そう思われてでも『ナーテンダ』の名前を口にしないと、危うく『石塚』の名前をいただいてしまうところだったのだ。
石塚。
マイウーのあの芸人さんだ。
でも、僕はあの芸人さんほどには太ってない。
せめてダチョウ倶楽部の上島ほどで、甚だしく不本意だった。
つい割り込んでしまったのだ。
で、つけられたのが南天田。
苗字だけで、名前のほうはつけてもらってない。
だから智花ちゃんと香ちゃんは「南天田のオジサン」と呼んで、瑞樹さんは「南天田さん」と呼んでくれている。
ちなみに警察だけど、僕のことは通報してない。
どうやら馬瀬の一家は警察に不信感をもっているようだった。
僕としても、警察に報せて余計な騒動や事件になるのは嫌だった。
もしかしたら家族や親しい人がいるかもしれないし、僕のことを探しているかもしれないけど、今はただソッと隠れていたかったのだ。
というか。
今更だけど、僕はもしかしたら犯罪者かもしれないのだ。
もっともそう懸念をノートに書くと、瑞樹さんも智花ちゃんも香ちゃんも笑っていた。
「どー見ても、南天田さんはそんな人じゃないから」
ということらしい。
あとはペガ。
「ペガサスがあれだけ懐いてるんだもん、悪い人のはずがないよ」
とのことだった。
瑞樹さんと香ちゃんが町へ出かけてしまうと、広い家には僕が1人だ。
智花ちゃんは居ない。
2日ほど前に遠い地方競馬場のある街の寮へと帰って行った。
彼女は騎手なのだ。
それが、あの日に帰省していたのは弁護士を名乗る電話があったかららしい。
それで家に帰っていたのだとか。
おそらくヤクザの罠だったんだろう。
で、改めて言うけど馬瀬家は広い。
広いのには理由があって、10年ほど前までは、瑞樹さんの両親と、さらに祖父母まで存命で大家族だったと聞いている。
その名残で家が大きいのだ。
この他にも、従業員の寝起きしていた寮まである。
本音をいえば、僕は誰もいない寮のほうで暮らしたい。
しかし、寮は長年住み暮らす人がいなかったせいで廃墟になっていた。
ということで、僕は仕方なく馬瀬家で起居している。
女所帯で男が1人。
羨ましい?
とんでもない!
瑞樹さんはともかく、香ちゃんは14歳、しかも馬瀬家は小柄な家系なのか香ちゃんはどう見ても小学生の高学年ぐらいにしか見えないのだ。
ハッキリと子供だ。
それに僕は対人恐怖症。
大人な瑞樹さんも恐ければ、子供な香ちゃんの前でさえ竦みあがってしまう有り様だった。
ちっとも羨ましくなんかない!
と、まぁ、そういう話は置いておこう。
働かざる者、食うべからず。
居候なのだ。
僕は馬瀬家で炊事掃除をするようになっていた。
朝の5時半に起きて朝食の準備。
30分ほどをかけて朝食をつくって、瑞樹さんと香ちゃんが食事しているうちに、僕はペガの馬房に行って、エサを与えて、天馬がねだるままに一緒に遊ぶ。
そうこうしていると元気いっぱいな香ちゃんがペガのところに遣って来る。
入れ替わりに僕はペガの馬房の掃除だ。
掃除が終われば、時刻は7時に近くなっている。
そこでようやくに馬瀬家のほうに足を向けて、瑞樹さんと香ちゃんの出発を見送る。
以上が、僕の朝の日課になっていた。
これから僕も朝食を摂って、家をざっと掃除する。
といっても1階部分だけだ。2階は瑞樹さん達のプライベートルームなので、僕は絶対に上がらないようにしている。
洗濯も同じだ。女性の洗濯を、オッサンがするなんて嫌だろう。
ということで、掃除をするのだけど。
所詮は1階部分だけ。
如何に馬瀬家が広いとはいえ、ここのところ毎日しているのだ。
どんなに丁寧に掃除しても昼前には終わってしまう。
午前11時。
手持無沙汰になった僕は、ペガと少しばかり遊んでから寮の方へと足を向けた。
「見事に廃墟だ」
3階建てのマンションタイプの寮だった。
建てられたころはバブル時代で、牧場も景気が良かったんだろう。
とはいえ、今や昔。
窓は破れて、覗き見れば、畳は腐って草が生えている。
町まで車で50分という鄙びた場所だからいいけど、これがもう少し街に近かったら浮浪者が住み着いて物騒なことになっていたかもしれない。
瑞樹さんから預かった鍵でエントランスを開けて、中へと入る。
「さて」
僕はココであることを試そうとしていた。
瑞樹さんは言っていた。
寮を取り壊したいのですが、手元不如意で。と。
だったら、僕が寮のなかの物をどうかしてもイイですか?
そうノートに書くと、お許しが出たのだ。
OKということなので、僕は業者の代わりに粗大ゴミを処分しようと考えていた。
掃除に炊事だけでは心苦しい。そこで、せめてものお手伝いだ。
今どきは粗大ごみを処分するにもお金がかかるからね。
しかし、どうやって?
お金がないのは僕も同じ。
その答えは…。
「アイテムボックス」
唱えると、視界の隅にウィンドウが開いて『ノート』『エンピツ』と表示された。
これこそが秘策だった。
昨日のことだ。
香ちゃんが「南天田のオジサンは鑑定とアイテムボックスは持ってるの?」夕食が終わると、そんな訳の分からないことを訊いてきたのだ。
彼女は、竦んで動けない僕に一方的に話しかけて教えてくれた。
曰く、ネット小説といわれるジャンルだと『鑑定』と『アイテムボックス』は定番でありながら必須の能力らしいのだ。
たしかに僕は鑑定のスキルをもっていて、向こうの世界では大変に役に立った。
なら、アイテムボックスとやらもあったほうが便利だろう。
と考えて、創造魔法でつくり上げたのだ。
使用したポイントは300。
ペガサスを生みだすのに必要だったのが100ポイントだったことを踏まえると、どうなんだろう?
多いのか少ないのか、今のところは分からない。
だが使えることは確認済みだ。
ウィンドウに表示されているノートやエンピツは馬瀬家に来たその日に智花ちゃんに渡された物なのだ。
もちろんだけど、入れるだけじゃなく、取り出せることも確認済みだ。
「まずは…」
僕はエントランスに脱ぎ捨てられた何足もの靴に目を留めた。
アイテムボックスのスキルを展開させたまま、靴に触れて
「収納」
と唱えれば、靴は消えて、ウィンドウに『バスケットシューズ・1995年製・ナイキ【状態E】』と表示された。
「凄いな、製作年度とメーカーまで判別できるのか。この状態っていうのは傷みの度合いだろうな」
もしかしたら、だけど。
鑑定のスキルが効果を及ぼしているのかも知れない。
さて、それから僕は調子にのって靴を次々とアイテムボックスに取り込んでいたのだけど。
「いい加減、面倒になってきた」
いちいち触れるのが億劫になったのだ。
指先も汚れるし。
「物は試し」
僕は視線を何故か転がっていたサッカーボールに定めた。
「収納」
パッ、とボールが消えた。
「おお!」
それからも僕は色々と実験をして、だいぶんにアイテムボックスの使い方が分かった。
第一に「収納」と口に出さなくても取り込むことが出来た。
第二に視界におさめてさえいれば種類を問わずに複数を同時に収納できる。
第三に、生物はアイテムボックスに入れることが出来ない。しかし植物はこれを除く。
この第三の発見は偶然だった。
蜘蛛の巣を収納したところ、蜘蛛だけが残って、ポトリと床に落ちたのだ。
試しにダンゴ虫を指で突っつきながらアイテムボックスに入れようとしたが、反応がなかった。
また、植物については雑草の生えた腐った畳みを収納できたことからの推測だ。
そして第四に。まだまだ収納できそうだった。感覚でわかるのだ、容量はぜんぜん余っている。
さすがはポイント300だ。
僕は片っ端からゴミをアイテムボックスに片付けた。
1階は共有スペースだったのだろう、幅広のソファやらテーブル、画面の割れた大型テレビ、果てはカーテンなんかを収納。
広やかな風呂場では、ボディーソープやシャンプー、リンス。
脱衣所で、籠やタオルなんかを。
2階、3階部分は個室だ。
残っていたものは、アレもコレもいただいた。
気分は怪盗だ。
というか、だ。このスキルがあればお金の心配はいらないのでは?
やろうと思えば宝石店の品物全てをちょーだいすることだって……。とまで考えて、僕は頭を振った。
馬鹿なことだった。
犯罪じゃないか。
で、粗方を片付けたところでアイテムボックスのなかが見事に散らかってしまった。
もっともこれはパソコンと同じように、フォルダをつくることで整理整頓できた。
これが楽ちんなのだ。
パソコンならマウスなどが必要なところだけど、アイテムボックスは思うだけで反応してくれるのだ。
アレをこうして。
コレをこうして。
弄くっていると
「ヒヒーーーン」
ペガの鳴き声が耳に届いた。
甘えたような鳴き声。
僕の姿がしばらく見えなかったせいで、呼んでいるのだ。
なんせペガは生後5日。
体こそ大きいが、中身は赤ン坊……とまでは言わないけど8歳ぐらいなんだ。
「さて、駄々っ子のご機嫌取りに行こうかな」
寮は足の踏み場もないほどに荒れていたのが嘘のようにスッキリとして、引っ越した直後に感じるみたいに奇妙なほどに広やかだ。
僕は、やり遂げた気分で寮を後にしたのだった。
9/5 アイテムボックスの発見、その三を変更。
具体的には『生物はアイテムボックスに入れることが出来ない。しかし植物はこれを除く』というものを追加。