02:目が覚めたらコボルトに囲まれていて、ひもじそうなので食生活の改善をした、お話
長いな…。
分割すべきかな?
目を覚ます。
葉っぱを隙間なく組んだ天井らしきものが目に入った。
どうやら僕は小さな家で寝かされているらしい。
家、といっても葉っぱの天井から分かる通りに、粗末なものだ。
なんせ天井だけじゃない。
壁すらも葉っぱなのだ。
床なんて地面が剥き出しのままだ。
小屋だろうか?
むしろテントか?
広さは4畳ほど。天井は、僕が立ち上がったら確実に頭どころか腰から上が飛び出してしまうだろうほどに低い。
さて。
ココは何処だろう?
僕はどうして、ココに居るんだろう?
もっとも危機的な状況ではないと思う。
拘束されているわけでもなし、こうして曲がりなりにも屋根の下で寝かされているのだ。
さらには粗末ながらもブランケットのような物をお腹の上にかけられてもいた。
と、そこで気づく。
僕はどうやら素っ裸だった。
パンツ1枚、履いてない。
「まいったな」
あれしか服がないのに。
そういえば…。と足を熊蜘蛛に噛まれたのを思い出した。
おそるおそる噛まれた右脚の感覚を探る。
「ある」
感覚は。
とはいえ、四肢を切除した後も痛みがあるなんてことを聞きかじったことがある。
幻肢痛とか言ったか?
ああいう幻の感覚なのかもしれない。
足の指をグッパと握って広げて。
僕は頭だけを起こして、足の先へと視線を向けた。
グッパ、グッパ、と右脚の指が動いていた。
「くっついてたか」
ホッとする。
でも、なんで生きてるんだ?
右脚がくっついてるんだ?
熊蜘蛛には深く噛まれたという自覚があった。
ゴリリと太ももの骨に牙が突きたった音がハッキリと耳に聞こえたのだ。
出血だって相当なものだったはず。
「やっぱり」
世界樹の葉のおかげか?
コリーに食べさせるために、僕も咀嚼した。
その折に治癒の成分が僕にも効果を発揮したと考えるべきだろう。
というか、それ以外に理由がないし。
そんなことを考えていると、誰かが入り口から家のなかに入ってくる物音がした。
あのコリーだ。
目と目が合う。
無事だったか。
よかったと思いながらも、僕は緊張した。
相手はコボルトなのだ。
コボルトといえば、人間に敵対しているモンスターである場合と、共生している場合がある。
そんなことを記憶を失った頼りない脳味噌が教えてくれていた。
おそらくゲームや小説での知識なのだろう。
相手の出方を窺っていると、果たしてコリーはニッコリと笑った。
犬が笑うというのもおかしな表現だけど、たしかに笑顔をつくったのだ。
天井が低いからだろう、小腰を屈めながら入って来たコリーは、僕の頭の傍らで畏まって座った。
僕も上体だけを起こす。
「****」
コリー。いいや、ステータスを見た限りだとリーリという名前だったか。
リーリが何かを言うけど、言葉が通じない。
「ごめん、何を言ってるのか分からない」
僕が言うと、リーリは小首を傾げた。
それでも言葉がお互いに通じていないというのは分かってもらえたのだろう。
リーリはしきりに頭を下げている。
どうやら僕が助けたのを理解して感謝してくれてるみたいだ。
異世界でも…というかコボルトでも、感謝するときは頭を下げるんだな。
そんなことに感心しながら、同時にリーリの様子から怪我は完治しているようだと見取っていた。
おそらく、気を失った僕をココまで運んでくれたのも彼女なのだろう。
「世話になったね、ありがとう」
僕が感謝すると、リーリはコクコクと頷いてくれた。
意味は分かってないんだろうけど。
でも、その仕種は愛らしくて、僕はホッコリした。
「****」
リーリが何かを言っている。
よくよく聞けば
「リーリ」
と自分の名前を言っているようだ。
僕は『わかった』というように頷いてみせた。
「リーリ」
指さして言うと、リーリは頷く。
だから僕も自分を指さして……。
あれ? そういえば、僕の名前は
「何て言うんだ?」
思わず口に出してしまったのだけど。
それをリーリは名前だと勘違いしてしまったらしい。
「な、て…うんだ?」
「いやいや、違うんだ」
僕は首を振る。
それをリーリは発音が違うのだと誤解したものか
「ナーテンダ?」
と言った。
それでもいかな。そう僕は思ってしまった。
どうせ名前は忘れてしまったのだ。
聞き間違いとはいえ、リーリが付けてくれたのなら、それでOKな感じがした。
僕は大きく頷いてみせた。
自分を指さして「ナーテンダ」と言う。
「ナーテンダ」
リーリは確認するみたいに言うと、ニッコリと笑った。
それから腰を上げて、外へ出て行こうとする。
僕もそれに続こうとモゾモゾと動いた。
気付いたリーリが慌てて動かないでというようなジェスチャーをする。
「僕も外へ出たいんだ」
訴えた。
地面にじかに寝ていたせいで体中が凝ってしまっていたのだ。
おっさんだからだろう、いったん体が固まってしまうと半日は元に戻らないのだと記憶喪失の頭に残った経験が教えてくれていた。
たとえば。
新幹線で首を傾げた姿勢で寝ているとする。起きたら、その傾げた首が元に戻らないのだ。
いやいや、冗談なんかじゃない。
半日は首が曲がったままなのだ。
それが『おっさん』になるということだった。
だから、僕も一刻も早く外に出て伸びをしたかった。
僕がしきりに指先を出入り口へと向けるので、リーリも根負けしたみたいだ。
「****」
わかりました。とでも言ったのだと思う。
先に外へと出て行った。
僕も小屋の中で四つん這いになって、リーリに続く。
おっと! ブランケットを腰に巻いて、見苦しいものを隠すのも忘れない。
ドア代わりに垂れ下がっている草の葉をよけて外へ。
容赦のない陽射しに、視界が暗くなる。
そうしてゆっくりと視力が回復するにしたがって、僕は目の前の光景に息を呑んだ。
何十人? ものコボルトが僕に頭を下げているのだ。
シェパードもいれば、ブルドッグもいる。プードル、ビーグルー、チワワにレトリバー。パグ、ヨークシャーテリア、ボクサー、シベリアンハスキー、柴犬、ダルメシアン。
ありとあらゆる犬種がいた。
それらがリーリと同じように服も着ている。とはいえ、半数は僕と同じように腰蓑姿だ。あれはオスなのかも知れない。
ただ1人。
僕の隣りに立っていたリーリが「****」何事かを口にする。
それで、コボルトたちが一斉に頭を上げた。
先頭で畏まっている精悍な顔つきのシェパードが顔を上げて、これまたイケメンな落ち着いた声音で何かを言ってくる。
そうして、再び頭を地面に額づけた。
やっぱり、リーリを助けてくれてありがとう、とでも言っているのだろう。
そういえば、と。
僕はリーリを振り向いて、彼女のステータスを確認した。
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リーリ 【職業:亡国の姫】
種族:コボルト
性別:♀
年齢:15
レベル: 3
HP : 20/25
MP : 30
こうげき:20
ぼうぎょ: 5
ちから : 3/ 5
すばやさ : 31/40
きようさ : 18/25
かしこさ : 22/25
せいしん : 30/30
こううん : 15
かっこよさ: 20/50
スキル:未来幻視
装備:ボロの服
状態:飢え(HPおよび各ステータスの減少)
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ハイ! ちゅうも~~~く!
おっさんにしか分からない金八先生の物真似で。
職業にちゅうも~~~く!
見ました?
亡国の姫、だって。
なるほど、それでコボルトの皆さんが感謝する意味が分かったわ!
一方で、感謝されている僕だけど。
ノーパンでブランケットを腰に巻き付けただけの恰好で、四つん這いの姿勢で、小屋から頭を出しているのだ。
なんて間抜けなんだろう。
そう考えていると
「****」
リーリが僕の着ていたスーツを差し出した。
「ありがとう」
僕はスーツを受け取って、小屋に引っ込んだ。
どうやら一式を洗ってくれたみたいだ。
泥汚れが綺麗に落ちていた。とはいえ石鹸などが無いのだろう、Yシャツは土の色で茶色くなってしまっている。
僕は狭い小屋のなかで肥満体を四苦八苦させながら、どうにかこうにかスーツを着込んだ。
やっぱり四つん這いで外に出る。
「****」
リーリが草で編んだマットのようなものを指さした。
「座ってくれ、て言ってるのかな?」
僕はマットにお尻を落ち着けた。
小屋の中で四苦八苦したのがストレッチになったのか、すっかり体の凝りはなくなっている。
リーリはニコヤカに頷いてくれた。
正解だったみたいだ。
次いでリーリがパンパンと手を打ち鳴らすと、顔を上げたコボルトたちのうちの上下に服を着こんだメスらしいのが、葉っぱを器代わりにした食べ物らしきものを運んできてくれた。
ここでコボルトについて、分かったことがある。
コボルトは犬種がさまざまであることは既に書いた。で、地球だと小型犬のチワワと大型犬のセントバーナードだと、まざまざと大きさが違う。それがコボルトだと同じ大きさだった。シーズーだろうが、チャウチャウだろうが、僕のヘソほどの大きさ…いいや、身長しかないのだ。もちろん、個体差はあるけども。少なくともメスで僕の胸元まで背丈のあるコボルトはいなかった。
ズラリと食べ物が並べられる。
とはいえ…。
よく分からない木の実。
よく分からない草。
よく分からない肉っぽいもの。
よく分かる……虫。
といった感じだ。
「****」
リーリがニコニコと言う。
どうぞお食べください。とでも言っているのだろう。
僕の表情は引きつっていたと思う。
それが良くも悪くも伝わらなかったのは、種族の壁なのか。
そうだ!
僕は今更ながらに自分の能力のことを思いだした。
ステータスを見る能力。
ネット小説でいうところの『鑑定』を使うことを思いついたのだ。
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名もなき木の実
ほのかに甘い。果肉よりも種のほうが多いので食べ難い
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名もなき草
苦い。食べられないことはない
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跳ねガエルの肉
3日前の肉。半分腐っている。食べると腹痛のBAD効果を追加
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甲虫の幼虫
お尻を噛み切って中身を吸うとシチューのような風味がある
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毒があった…。
跳ねガエルの肉と、名もなき草。
これは無しだな。
僕は木の実をいただいた。
「うん! おいしい!」
思わず声を上がてしまうほどに美味だ。
聞いたリーリやコボルトたちが嬉しそうに尻尾をフリフリする。
おおぜいのコボルトたちに見られながらの食事は緊張するかと思いきや、ぜんぜんそんなことはなかった。
言ってみれば犬なのだ。
よく舞台なんかで観客のことをカボチャやイモだと思えなんて言うけど、そんな感じだ。
ようするに僕はまだ、彼等彼女等コボルトのことを人種だと認識しきれていないのだろう。
名もない木の実は、鑑定ででたとおりに果肉が少ない。
皮をちょっと齧ると、直ぐにみっちりと種が詰まっているのだ。
木の実の大きさは、僕の握り拳よりも2まわりほど小さい。
それが5つ供されたけど、これっぽっちでは僕のお腹は3分ほどにも満たされなかった
「申し訳ないんだけど、この木の実のお代わりを貰えるかな?」
僕の隣りに控えているリーリに言う。
言葉は通じなくても、空っぽになった葉っぱを差し出したので意味は通じたはず。
けど、リーリは申し訳なさそうに「****」と首をフルフル振った。
これしかないということなんだろう。
だとすると残ったのは虫なんだけど。
僕はおそるおそる自分の人差し指よりも太い幼虫を摘まみ上げた。
うねうねと生きている幼虫がおどる。
僕は思い切って、幼虫のお尻をガブリと噛み切って、ちゅ~~~と本体を吸った。
「お!」
ほんとうにシチューみたいだった。濃厚なトロトロ。もっとも油っけが少ないのか、虫のほうがサッパリとした後味だ。
物も言わずに、2匹目、3匹目と吸う。
エンガチョとか思わないでもらいたい。
日本人だってカニを喜んで食べるだろ?
あれって海外だとゲテモノあつかいする国もあるんだよ? 同様に生卵とか、海苔とかもね。
みんな食べると美味しいものばかりなのに。
だから、僕が異世界で虫を食べるのも郷に入っては郷に従えという感じなのだ。
いいや、むしろせっかく供されたのだから、食べないのは失礼にあたるだろう。
ん?
なら肉や草も食べるべきだろう、って?
無理無理。
だって肉は腐ってるし、草は食べ物じゃないし。
最後の4匹目に手をつけようとした時だ。
僕は強烈な視線を感じ取った。
1匹の柴犬コボルトが僕を注目していた。
上下の服を着ているからにはメスなんだろう。
いいや、どうやら注目しているのは僕へじゃない。
僕の手元に視線を注いでいるのだ。
幼虫を右へ持っていけば、柴犬の視線も右へ。
左に振れば、同じように左に。
だらしなく開けられた口からヨダレがツーと落ちる。
そんな柴犬の頭を隣りに居たビーグルのオスがパンとはたいた。
それで我に返ったのか、柴犬は慌ててヨダレを腕でぬぐうと、恥ずかしそうに俯いてしまった。
シェパードが「ぐるる」と微かに唸って、リーリは『困ったわ』とでも言いたげにほっぺに手をあてがって「ほぅ」と溜め息をついている。
なるほど、察するにあの柴犬コボルトちゃんは、ハラペコお茶目キャラなんだろう。
というか、だ。
僕はようやくのことでコボルトのただならない様子に気づいた。
みんながみんな、痩せているのだ。
毛皮があるのでふっくらしているように見えるけど、刈ってしまったらガリガリだろう。
因みに。
コボルトの毛は汚れてくしゃくしゃだ。長毛種なんかはカットされずに蓬蓬に毛が伸びて、ダマになったりモップになったりしている。
言うまでもないけど、臭いもする。知ってる人は知ってるだろうけど、犬特有の臭いだ。
食べるものがないのかも知れない。
僕は供せられた品をみて思った。
余裕があるなら、半ばまで腐った肉なんて恩人に出さないだろう。
手に摘まんでいた幼虫は……そのまま僕がいただいた。
この1匹を柴犬コボルトちゃんに与えたところで、柴犬コボルトちゃんが白い目でみられるだけだ。
だから、僕は腹ペコのコボルトたちの目の前で、さも美味そうに幼虫を吸った。
それが客人たる僕の演るべきことだったからだ。
そして僕は立ち上がった。
コボルトを助けるために。
僕にしか出来ないことをするために。
突然に立ち上がった僕をコボルトたちが見上げる。
構うことなく、僕は周囲を見回した。
鑑定をした。
途端に「痛っ!」頭が割れそうなほどの痛みに襲われる。
思わず僕はしゃがみ込んでしまった。
リーリやシェパードが心配げに僕を左右から支えてくれる。
「大丈夫だから」
僕は2匹を退がらせると、ふたたび立ち上がった。
鼻血が垂れるのを、握り拳でぬぐう。
たぶんだけど、情報量が多すぎて脳味噌が処理しきれなかったんだろう。
今度は鑑定に検索をかける。
『食べられる物』だ。
すると、方々に青色、黄色、赤色の光点がともった。
いちばん手近な青色の光は、村? と言って良いのか、外縁部の木の根元だ。
そこに向かって歩く。
ゾロゾロと僕のあとをコボルトたちがついてくる。
まるでカルガモの親子だ。
青色の光は、木ではなく、木の根元に生えている草が放っていた。
より正確には根っこの部分だ。
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名もなきイモ
非常に栄養のあるイモ。生でも可食
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僕は草の根元を掘った。
けど、道具がないのだ。
思うように掘れなかった。
すると、僕のやらんとしたことを察してくれたのだろうシェパードのオール君(19歳♂)が、横から手を伸ばして代わりに掘ってくれた。
前脚? で黙々と掘る。
すると根っこのイモの部分が見えてきた。
ずんずんと掘る。
オールのほかにヨダレを垂らしていた柴犬のチッチちゃん(14歳♀)も手伝って。
「こりゃー、凄い! 大物だ!」
コボルトは土を掘るのがお手の物なんだろう。
3分ほどで掘り出されたのは、長さ1メートルほど、太さなんて僕の足ぐらいある長芋だった。
さすがは異世界、地球ではお目にかかれない大きさだ。
コボルトたちは不思議そうに長芋を見ている。
長芋は生でも食べられるはずだけど、取り合えずということで焼いたほうが良いかな。
僕らは村へと引き返した。
村の中央では火を絶やさないようにだろう、小さな篝火が設けられているのだ。
身振り手振りで長芋を洗ってもらって土を落とすと、適当な厚さにカットしてもらう。
それを木の枝に刺して、火に突っ込んだ。
芋の焼ける、好い匂いがしてくる。
グーとチッチのお腹の音が鳴った。
チッチが恥ずかしそうに顔を伏せるけど、お腹の音はチッチだけじゃなかった。誰も彼も、あの精悍なオールや、お姫様のリーリでさえも『グー』とお腹を鳴らしていた。
「くっ、あはははははは」
僕は我慢できずに笑ってしまった。
釣られてコボルトのみんなも屈託のない笑い声をあげる。
やがて芋が焼きあがった。
どうやって確認したかって? もちろん、鑑定でだ。
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焼かれた名もなきイモ
今が食べ時。焼き加減は絶妙
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このような表示がされたのだ。
さて、この芋は……。
僕は焼いた芋をチッチに進呈した。
だって、またしてもヨダレを垂らしているのだ。
これでお預けなんてカワイソ過ぎる。
僕が枝の部分をチッチに持たせると『いいんですか?』というように成長盛りの14歳は僕を見上げた。
頷く。
チッチは焼いた芋を「ふーふー」してから、ハグ! とむしゃぶりついた。
ほふほふ、開けた口から熱を逃しながら咀嚼して。
感想も言わずに2口3口、みんなに注目されているのも構うことなく、あっという間に完食してしまった。
そして……泣いた。
ビャーン! と仔犬みたいに泣いた。
おろおろと動揺する僕をよそに、泣きながら「****」何か言っている。
すると、我も我もとコボルトたちが枝に刺した芋を火に突っ込んだ。
もしかしてチッチは「おいしいよぉ!」とでも言って、感極まって泣いたのか?
だとしたら、なんて人騒がせな。
芋が焼かれて、次々にコボルトたちが口にする。
「****」
ほふほふ、しながらコボルトたちは嬉しそうだ。
リーリもオールも美味しそうに食べている。
けど、たった1本の長芋では幾ら大物だったといっても足りないだろう。
なんせコボルトは…ひの、ふの……総勢で56匹? 56人もいるのだ。
食べ終わったみんなに僕は言葉が通じないのを承知で言った。
「さぁ、次の食材を探そうか!」
それから次々と食べ物を探した。
青色のだと。
キノコや木の実なんかがあった。
「****」
オールが採れた品物を見て首を振る。
これ等は食べられないとでも言っているんだろう。
実際、このままの生では食べられない。
けど。
僕は馬鹿みたいに採取できた、とあるキノコと、とある草とを混ぜて、鍋で煮てもらった。
因みに『とある』と名付けているのは、名前がないから仕方なくだ。
この、とあるキノコには強烈な臭みがあるのだ。
とはいえ素のままで鼻を近づけても臭みはない。
これで騙されて、ひと口でも噛んでしまうと、さぁ大変! 口の中がとんでもないことになる。ハッキリ言ってしまえば、うん〇臭くなる。
鑑定によると、その臭気はスカンクのおならと同じ!
しかし、ここで裏技だ。
とある草と煮ることで、この名もない草が臭みを吸ってくれるのだ。
と。鑑定は教えてくれた。
煮あがったキノコを、僕が実食してみせる。
コボルトたちは「え? マジで食べるの?」とでも言いたげに信じられないものを見る目をしている。
「信じてます、鑑定さん!」
僕は大ぶりのキノコの傘の部分を噛んだ。
モグモグ。
ん~~~? 臭みはない。というか、甘い! ただひたすらに甘い! 甘柿みたいに濃厚な甘さがある。
僕が何ともなさそうなので、コボルトたちが驚いている。
「どうぞ」
と僕は食べかけのキノコを勝手に毒見係に指定したチッチに差し出した。
僕が差し出せば、受け取らないわけにはいかないのだろう、渋々ながらにチッチがキノコを手に取る。
「食べてみ?」
あ~~ん、と僕が口を開ける。
チッチも、あ~~んと口を開けて……それでも5を数えるぐらい躊躇してから、思い切ったみたいにキノコに噛みついた。
もぐもぐ。
コボルトたちが固唾をのんで見守る。
もぐもぐ。ゴックン。
チッチは、またしても感想を言うことなく2口目に突入。
3口目にいこうとして
「****」
さすがにオールに頭をはたかれた。
頭をさすさすしながら「****」チッチが言うと、コボルトたちが何か呻き声みたいなものを漏らした。
察するに「マジかよ」とでも漏らしたのだろう。
次いで勇気を試されるのは、リーダー格らしいオールだ。
オールはまじまじと2つ目のキノコを矯めつ眇めつして。
えい! とばかりに口に入れた。
もぐもぐ、しながら小首を傾げて、ごっくん。
「****」
その言葉を聞いたダルメシアン君(21歳♂)がオールの口の先に鼻を寄せて、オールが「はー」と息を吐き出した。
ダルメシアン君の顔が驚愕に彩られる。
「****」
言うと、わっとばかりにコボルトたちがキノコに集まった。
リーリはどうしようかと迷っているようだったけど、ハラペコが勝ったのだろう。チッチにもう1度齧ってもらって臭くないのを確認してから、それを貰って、おいしそうに食べていた。
次いで、山盛りの木の実。
この木の実はそこらじゅうで実っていた。大きさはサクランボぐらい。色は茶色い。
鑑定によると年中実っているそうなので、うまくいけば主食になるかも知れない。
「****」
オールが指さして言う。
「わかってる、これは渋いんだろ?」
鑑定もそう表示していた。
けど、頼りになる鑑定は食べ方も教えてくれたのだ。
僕は木の実の表皮に貸してもらったナイフで傷をつけると、その加工をしたものを鍋の半分ほどまで敷き詰めた。
ここに水を注いで、火にかける。
グツグツ煮ること10分なのだけど。
そのあいだ手持無沙汰なので、僕は黄色の光点が灯った草のひとつを口にふくんだ。
噛んでみると……うん、鑑定の教えてくれた通りだ。
チッチが物欲しそうに僕を見ている。
僕が食べるものは美味しいものだと刷り込まれてしまったみたいだ。
僕は同じ草をチッチに与えた。
噛んだチッチが目を見開く。
「****」
草を指さして、僕に何かを訴えるのだけど。
そりゃー驚くよな。
なんと、この草。噛むと塩分が染み出すのだ。
まぁ、草なのでちょっと苦いけど。
その苦みもミネラル分だというのだから驚きだ。
聞いたコボルトたちが我も我もと草を口にふくむ。
コボルトが犬と同じだったとして。
汗をかかないようなら、それほど塩分は必要ないかもしれない。
それでも、生き物である限り水と塩が必須であることに変わりはないはずだ。
そうなのだ!
黄色の光点は薬草や調味料のようなものだったのだ。
僕は『食べられる物』と検索をかけたつもりだったのだけど、鑑定さんは先を読んで検索してくれたみたいだ。
まぁ、薬草も食べようと思えば食べられるしな。
あと赤色の光点は毒物だった。
わざわざ鑑定は食べてはいけない物まで教えてくれたようだ。
感謝感謝。
されど毒とはいえ、忌避することなかれ。
鑑定によると、少量ならば薬になるものも沢山あった。
もっとも今回は赤色の毒物は採取してない。
コボルトが間違って口にしたら大変なことになるからだ。
わいわい騒いでいるうちに煮立って10分が経過した。
鍋の上にはもっこりと茶色い泡が浮かんでいる。
スフレを思い浮かべてほしい。あんな具合だ。
この泡が実は炭水化物の塊らしい。
これを乾燥させれば、粉になって、さまざまな加工品をつくることが可能になる。
でも、今は手っ取り早い方法。
この泡を木の棒に巻いて……巻けてしまうぐらに粘りと質量があるのだ……火で炙る。
すると、なんてことでしょう!
パンみたいになるのだ。
小麦の焼けるのに似た、なんともいえない香ばしいかおりが辺りに漂う。
これには僕のお腹がたまらずに催促をした。
いいや、僕だけじゃない。コボルトたちも大合唱だ。
チッチが夢遊病者みたいに手を伸ばすけど、まぁ待ちなさい。最初は僕が食べるから。
あ~ん、と口を開けると。
みんなも、あ~んと口を開ける。
僕は熱々のパンもどきにかぶりついた。
「!」
目を見開く。
イースト菌やらの酵母を使って発酵させてないので固いと思いきや。グツグツと煮立った泡をそのまま巻き付けた生地は充分に気泡を孕んで、さっくりと柔らかい。
しかもドッシリとして食べ応えがあった。腹に溜まるというか、お餅を食べたのに似てる。
気付けば、僕は完食してしまっていた。
それほどに、パンもどきは美味しかった。
ふと振り向けば、チッチが涙をためて僕を見上げていた。
「あ~、ごめんごめん」
思わず頭を撫でてしまうけど、毛が汚れているからか、触った手がねちゃねちゃしてしまった。
でもチッチのご機嫌は直ったみたいだ。
くるりんと巻かれた尻尾がぶりんぶりん左右に振られている。
この僕の食べっぷりでコボルトたちも分かったようだった。
鍋を持ち寄ると、全員で木の実に傷をつけて、煮立て始めた。
最初につくった分は、ハラペコ・チッチとリーダー・オール、それに姫のリーリが食べることになった。
3人はまっしぐらに食べた。
コボルトの体格には量が多かったみたいで、チッチもオールもリーリもお腹の辺りがポコンと膨らんでいる。
そんなポッコリお腹を撫でて、3人とも満足そうだ。
わいわい、がやがや。
他のコボルトたちも順次、焼けたパンもどきを食べ始める。
それから食後の休憩を挟んで、僕は採取してきた青色の食物を幾つも食べられるようにしてみせた。
もっとも。
始めにつくったキノコと木の実のほかは、磨り潰したり、灰汁抜きをしたりと、結構な手間と時間がかかるものばかりだ。
それでもコボルトたちは大いに喜んでくれた。
今まで食べられると思ってなかったものが、食べられるようになったのだ。
改めてみんなのステータスを確認すれば、BADステータスの『飢え』がなくなっていた。
もうひとつの『疲労』は良く食べて、良く寝たら、解消するんじゃなかろうか?
時間はあっという間に過ぎる。
採取した森の恵みの半分ほどを食べられるように加工した時点で、日が暮れてしまった。
太陽が隠れてしまえば、もう夜だ。
森の夜は、とてつもなく暗い。
ただ篝火の灯かりだけが頼りだ。
コボルトのみんなも疲れていたのだろう。
めいめいがリーリと僕に頭を下げると、小屋に戻っていった。
篝火の前には見張りらしきコボルトがオールを含めて5人。
僕も目を覚ました小屋にもどると、横になった。
時間は8時ぐらいだろうか?
まだまだ宵の口だ。
それでも僕は「ふぁ~」欠伸をすると、コテンと眠ってしまった。
こうして僕とコボルトたちの1日目は終わったのだ。