00:埋められし絶望の男
悲惨です。エグイです。
お話的には次話からでも問題ありませんので、生々しい殺人が無理な方は飛ばしてください。
どさり、と深く掘られた穴に放り込まれた。
土の臭いが鼻につく。
覆いかぶさるように繁茂した枝葉の隙間から、真っ暗な夜空が覗けた。
「あ、ううう」
僕は感覚がない四肢をそれでも必死に動かした。
「まだ生きてる」
妻の、嫌悪を丸出しにした声が頭上から聞こえる。
「薬が少なかったか?」
親友の、恬淡とした声が頭上から聞こえる。
なんで。なんで、こんなことを…?
土が降りかかる。
「あぁ、う」
やめてくれ! そう言いたいのに、口がうまく回らない。
久しぶりに定時に帰宅できた僕は、寝室で妻と親友がむつみ合っているのを目にしてしまった。
動揺するばかりの僕に、親友は股間を隠すことなく歩み寄ると、いきなり殴りつけてきたのだ。
なんども、なんぱつも。
やがて亀のように身を縮める僕に、注射が打たれて、車のトランクルームに押し込められた。
ガタガタと走ること、どれぐらいだろう?
朦朧とした僕は外に引き出され、今に至る。
信じられなかった。
妻と親友とは大学時代に知り合って。
「ようやく、コイツとの親友ごっこも終わりだ」
「18年だもんね、長かったわ」
妻は自他ともに認めるほどの美人だったけど、僕に惚れてくれていて。
「お疲れさま」
「ホントよ。数年でポックリ逝くと思ってたのに、あのジジイとババアが長生きしてさ」
「結局、俺が殺る羽目になっちまったからな」
「でも、これで遺産はあたしの物だわ」
そんな! そんな!
幼い頃に死んでしまった両親の代わりになって僕を育ててくれた祖父と祖母。
あんなに元気だったのが急死したのはおかしいと思ってはいた。
まさか、親友のせいだったなんて!
親友は医師だ。
祖父と祖母のかかりつけだった。
薬を盛ることだって。
死因をいじくることだって。
造作なかったんだろう!
「ぁぁあああ」
「ん? もしかして聞かれてたかな?」
「いいじゃない、どうせ死んじゃうんだし」
2人の声がして、穴の縁から親友だった男が顔を出した。
大学時代に比べたら少しばかり肉がついているけど、相変わらず良い男だ。むしろ齢を重ねて落ち着きのようなものをまとって、今のほうが女性の受けは良いかもしれない。
そんな男がニッコリとして言った。
「最後だから言うけどな、最初から俺らはお前の金が目当てだったんだよ。けど、殺そうとまでは思ってなかったんだぜ。お前の爺さんと婆さんが死んでくれてさ、遺産が入ったところで離婚。そう考えてたんだ。それがよ、お前の爺さんと婆さんは90を過ぎてもピンシャンしてるし、俺も金が必要だしで、結局、殺すことになっちまった」
その隣りに妻が顔を出した。
38歳。しかし年齢を感じさせないほどに美しい。それもそのはずで、エステやヨガに通って年齢に逆らうことに血道をあげていた。家事や育児も一切しなかった。代わりを務めていたのは祖母と祖父だった。
「あたしも言わせてもらうわ。あんたと結婚した18年間は地獄だったわ」
ハッキリと言われて、僕は今更ながらにショックを受けた。
涙がポロポロとこぼれる。
幸せだと思っていた。
高嶺の花だと思っていた妻と付き合えて。
20歳のときに妊娠が発覚して。
2人で大学を中退して。結婚して。
僕は勤め人になって。
会社はブラックできつかったけれど、それでも家に帰れば妻と娘がいて。
祖父と祖母もいて。
幸せだと思っていた…。
僕だけが…。
「あ、それとね。円のことだけど」
円。僕の愛する娘。
大学生になって、1人暮らしをするために家を出ている。
会いたい…。
最後に、ひと目。
「あの子ね、あんたの子供じゃないから」
な、にを言って?
「あぁうう」
僕の疑問は言葉にならない。
それでも言わんとすることは伝わったのだろう。
答えたのは親友だった男。
「円ちゃん、美人だよな? お前にぜんぜん似てないよな?」
そう言った男と……円は……。
「ぁああぁあぁ!」
似ていた。
似ていることに、僕は気付いてしまった!
だったら…。
だったら、僕は何のために大学を退学した!
目指していた研究職への道を諦めたんだ!
何のためにブラックな会社で働いていたのか!
何のために……生きていた?
親友だった男が笑うと、頭をひっこめた。
「あたし達のこと恨むんじゃないわよ? むしろボッチのあんたと18年間も付き合ってやったんだから、感謝して死になさい」
妻だと思っていた女が顔をひっこめる。
再び土が掛けられる。
ザッ、ザッ。
シャベルの音がするたびに。
僕の脚が。
僕の腕が。
僕の胴体が。
湿った土に埋まる。
やがて僕の顔にも土は掛けられて。
口に土がかぶさる。
死にたくない!
死にたくない!
身をよじっても、次々に土が投げ込まれる。
苦しい!
息ができない!
土が鼻に入る。
土が口に入る。
穴から見えるのは、覆いかぶさるように繁茂した枝葉と、隙間から覗ける真っ暗な夜空。
ドサリ、と土が僕の視界を塞ぐ。
目が痛い。
土が重い。
呼吸ができない。
ドサリ、ドサリ、無慈悲に土が投げ込まれる。
ほどなく僕は死んだ。
親友だと思い込んでいた男と。
愛されていると思い込んでいた女に。
殺された。
馬鹿な僕は死んだのだ。