妖奇譚
人間は文化文明という物を作り出し、積み上げながら歴史を刻んでいる。その中でいつの頃からか、不思議な事象に人ではない者を結び付けたりするようになった。それは想像の域を出なかったり、想像すら出来ないものでもあるが、未だに解明出来ない不思議は存在しているのだ。
輪の向こうには
神社には毎年、6月の夏越しと12月の年越しに茅の輪が置かれ、人々は穢れを払うために仕来りに則って輪をくぐる。この町のある神社でも、梅雨のこの時期に夏越しの茅の輪が設置される。
その日は珍しく好天だった。部活帰りのマナミが、親友のサクラと一緒に神社の前まで来た時だ。
「ねえ、サクラ。茅の輪くぐりってやった事ある?」
突然思いついたようにマナミが聞いてきた。
「やった事がないけどマナは?」
マナミもやった事が無いと言うと、サクラの腕を引っ張り走り出した。
「誰もいないから今がチャンスじゃん?」
チャンスと言えばチャンスだろう。大勢でやれば多少の仕来りを気にしなければならないが、二人だけだと無視しても誰も文句を言わない。鳥居をくぐり、階段を上って拝殿前にある茅の輪の所に来た。
「これって作法があるんでしょ?」
茅の輪を前にサクラが少し不安に思って聞くとマナミは笑った。
「平気!作法も仕来りも関係ない。何にも起こりはしないはずだよ?だって、科学が万能な時代にだよ、そんなオカルトチックな事なんて、起きるはずないもん」
ところが、そう言ったマナミの顔からは笑みが消え、口は開いたままで固まってしまった。
「マナ?おーい!どうしちゃったの?」
サクラはマナミの目の前で手を振ると、マナミは彼女の後ろを指差した。サクラがゆっくりと振り返ると、そこには見た事がない人物たちが輪くぐりをしていた。先頭に居るのは狐の面をつけた神主、その後ろに続いて同じ狐の面をつけた巫女が三人、一列になって祝詞だろうか何かを言いながら歩いていた。
「行ってみよう」
部活のバッグを放り出すと、マナミとサクラは彼らの後ろに着いて一緒に茅の輪をくぐった。
「くぐりて向こうにご挨拶、ご機嫌宜しゅうに」
小声なのでよく聞き取れなかったが、神主と巫女はこんな言葉を言っていた。やがて茅の輪くぐりが終わるとその列はぴたりと止まり、一番後ろの巫女が振り返ると言った。
「おや、ヘンなものが着いて来おった」
「たまにある事であろう?」
真ん中の巫女は振り返って首を竦めた。
「ほんに、ニンゲンがおわすなぁ」
一番前の巫女は興味がないのか、振り返らずに言った。
「致し方ない」
先頭の神主はよく通る声で言い、ゆっくり振り向くとその姿は大きな白狐に変化した。立派な髭にピンとした耳、毛艶の良い体にふさふさとした尾を持っている。好奇心から神主狐をジロジロと見ている二人が気になるのか神主狐は少し不愉快そうに言った。
「人の子よ、勝手にこちらの世界に来てもらっては困るのだ」
「こちらの世界?」
言葉の意味を考えながら二人は周囲を見回すと、全ての景色が変わってしまっていた。茅の輪こそ、そのままであったが立派な社殿は小さな祠に、大きな鳥居は細い丸太を組み合わせただけの物になっていた。それらを草むらが取り囲み、その奥には森が広がっていた。
「ワオッ!ウソみたい」
マナミは直ぐにこの世界に興味を持ったようだ。
「ウソではないぞ、ニンゲン」
巫女たちもたおやかな白狐の姿になったいた。
「お前たちには見えたのだな?」
「見えたって何が?」
二人が口を揃えると、呆れたように巫女狐たちが「我々だ」と言った。
「フツーに見えちゃいました」
マナミが答えると狐たちは納得した様子だった。どうやら狐の輪くぐりは普通の人間の目には見えないようだ。
「さてはお前たち、縁者であろう?」
「エンジャ?」
マナミもサクラも初めて聞いた言葉である。この不思議な世界と繋がりのある人間という意味で使われている様である。
「ウチの家族に縁者はいないと思うけど、マナっちは?」
「うちもだよ。不思議ちゃん家族なんていないもん」
二人には全く心当たりが無かった。
「お前たちの家族でいなくても血縁者にいるはずだ」
神主狐が目を細めた。
「それって、何代か前の人ってこと?」
マナミは微かに思い出した事があった。
「もちろんだ。縁者はずっと現れなかったり、突然現れたりするからな」
神主狐はそう言うと、縁者の事を知りたかったら「淵」へ行けと言い残し姿を消してしまった。
「ちょっ、淵って何?どこにあるわけ?」
マナミは思い出しそうな何かを探したくなったが、サクラが怯えて元の世界へ帰ろうと言い出した。今帰らなければ、一生帰れなくなるのではないかと心配しているのだ。二人の人間が言い争っているのを不思議に思ったのか、巫女狐たちがこの世界とニンゲン界の時の流れは違い、ニンゲン界へ帰った後、再びこの世界にやって来れるとは限らないと言った。
「あたしゃ、戻って来たニンゲンの話は聞いたことがあるけど、あれはただの噂話だよ」
「けどね、怖いとか、こっちに興味がおへんヒトは直ぐ帰り!目障りだよ」
直ぐ帰れというその言葉にサクラはドキっとした。縁者である自分が、この世界に来ることが出来たのは名誉な事ではないだろうか。普通の人なら絶対に来る事が出来ないのだ。そして今、ここにいるのが千載一遇であり、逃した場合の悔しさは計り知れないだろうと気がついたのだ。心配性のサクラは、巫女狐たちに必ず帰る事が出来るのかと尋ねると、狐たちはそれは容易い事で何の心配もないと言い、心行くまでこちらを見て回れと付け加えたのだ。
「あ、あたしも行きたい、淵に行く!」
「うん、一緒に行こう。ご先祖さんが見たこの世界を見ようよ」
「マナ、淵の場所って知ってる?」
マナミが首を振ると、ここから続く細い道を行けば「淵」まで行く事が出来、帰りたくなったら誰でもいいので、頼めばニンゲン界へ帰してくれると狐たちは教えてくれた。
「ありがとう!行って来るね」
二人は巫女狐に手を振り、細い道を進むことにした。狐たちは緩やかに尻尾を振り見送ってくれた。
森の中には
長く伸びた草をかき分け、獣道の様な細い道を進んで行くと森に入った。その森は鬱蒼とした森ではなく、適度に光が差し込む気持ちの良い温かさを感じる森だった。二人は立ち止まると、胸いっぱいに深呼吸をしてグッと両腕をの伸ばした。とても気持ちが良い。
「空気が澄んでるし、森林浴って感じだね」
「そうだね、空気が美味しい。この世界も私たちの世界の空気と同じなのかな?」
マナミが全く気にならない事を、サクラは眉根にシワを寄せ考えて始めた。
「ねえ、サクラ。私たちって知らないことが多いけど、それって凄くない?」
「知らないのが凄い?」
「そう。だってたくさんの物事を知る事が出来るってコトでしょ?」
再び彼女たちは歩き始めた。サラサラと草の葉をかき分ける音も澄んで綺麗に聴こえる。
「マナは物欲が強いから、何でも貪欲に吸収しようとするもんね」
サクラはクスクス笑った。
「サクラちゃん、何がいいたいの?物欲センサーマックスだから、それを有効活用しろって?特に授業でフル活用しろって言いたいのかなぁ?ねえ、サクラちゃ~ん」
マナミがふざけてサクラに迫ると、サクラもふざけて悲鳴を上げた。
「きゃ~っ、コワっ。そこまで言ってないのにぃ」
走り出したサクラは、数歩目には何かに足を取られたのか派手に転んだ。
「キャッ、痛っ。膝が痛いよー」
ジャージのズボンの両膝には、べったりと土が着いてしまった。サクラには大きくなって転んだ記憶が無かったので、恥ずかしくて直ぐには立ち上がれなかった。
「大丈夫?ケガしてない?人の悪口言ったからバツ受けちゃったんだよ」
マナミが手を差し出すとサクラが力強く引っ張ったので、彼女はバランスを崩して尻もちをつき、サクラの隣に座る羽目になった。
「あははははっ、アイコだよ」
サクラは愉快そうに笑った。
「サクラったら酷っ、何やってんだろね、私たち」
森を渡るさわやかな風が、草の葉や木の葉を揺らしていく。ちょうど目の前の背の低い木がサラサラと揺れた時、一瞬目の錯覚かと思った事があった。彼女たちは殆ど同時にそれを目撃したのだ。驚きで目をまるくしてお互いに顔を見合わせた。
「見た?アレ」
「うんうん、見た。何?」
二人は四つん這いになるとその木に近づいて行った。出来るだけ音を立てないように、ゆっくりゆっくりと近づき、サクラが一枚の葉をひっくり返しすと、そこには羽根を持った小さな人型の生き物が葉にしがみついていた。サクラは思わずゴクリと生唾を飲み込んだ。
「こんにちはぁ」
囁くように小さな声で呼びかけると、驚いたその生き物は羽ばたかせてどこかへ飛んで行ってしまった。まるで、おとぎ話に出て来る妖精そのものだと思った。
「あれって、ティンクじゃない?そっくりだよね。あれがティンクなら船長がいたりして」
サクラは夢見る少女の様にはしゃいだ。
「何とかランドじゃないよ?ここは。探してみようよ、もっといるかも」
現実的なマナミは、大きめの葉を手当たり次第にひっくり返した。すると、その中の何枚かには同じ様にあの生き物がいた。
「凄いよ!この森。妖精の森だね」
思わず大声になったマナミだった。その声に驚いたのか、一斉に妖精たちが飛び出して来た。キラキラと光る薄い羽根に白っぽい体、顔立ちはよく分からないが虹色に光る髪を持っている。二人が立ち上がると、妖精たちはまるで雲霞の様な大きな塊になり、二人に対抗するかのように宙に浮いた。すると突然、その中の一人がマナミの目の前に飛んで来た。
「ウルサイ!ニンゲンジャマスルナ!!」
姿に似つかわず、どこか機械的な声だった。
「ごめん、ごめんなさい。邪魔するつもりは無かったけど、やっぱりうるさかったですよね?スミマセンでした」
マナミが頭を下げるとサクラも頭を下げた。
「ニンゲン、ウルサイ。ヒサシブリキタ、ウルサイ」
「本当にごめんなさい。皆が居るなんて知らなくて」
「ニンゲン、イツモウルサイ。ワレワレシズカ、ヘイワ」
「お騒がせしました、失礼します」
二人はいそいそとその場を後にしたのだった。そして、妖精が住む森を抜けるまでは黙々と歩いた。マナミは、サクラが転んだ所で草が結んであったのを見つけたが、あれは妖精たちが作った、うるさい人間退治用罠だったのではないかと思った。
川の底には
森を抜けると道は緩やかな下り坂になっていた。どこにでもありそうな坂道だけれど、両側には色とりどりの甘い香りのする花がたくさん咲いている。まるで誰かが作った花畑の中を巡っているようだった。蜜を運ぶ虫たちに紛れて妖精たちもここに来ているのだろう。香しい空気の中で、二人はまたお喋りに夢中になっていた。やがて下り坂から平坦な道になると、マナミは今来た坂道を振り返った。
「あのダラダラ坂で、ずいぶんと下ったんだね」
「ホント、あの森が見えない」
妖精たちの森は既に見えなかった。この世界は自然が溢れ、人工的な構造物は存在しない。遠くは霞み、永遠に続くかの様な野原に低い山々があり、その景色はやはり人間界のそれとは違っている。
しばらく行くと道の片側には葦の茂みが現れ、微かに瀬音が聞こえて来るようになった。更に進むと葦の間からは川の流れが見えてきた。この道は川に沿って更にずっと続いているようだ。彼女たちは「淵」を探さなければならなかった。川幅は徐々に広がって行き、ゆったりとした流れには所々で魚が跳ね、輪が出来たりしている長閑な風景だ。
「ポッチャン」
ひときわ大きな音がした。彼女たちがそこを見た時には、大きな波紋が残っているだけだった。
「今のは魚?大きかったみたいね」
マナミは、大きな魚が飛び跳ねただけだと思ったが、サクラは川の主が顔を上げたのだと言った。川の主とは、長年生息している巨大な魚などを指して言うのだが、それ以外の生物である可能性もある。この世界ではあり得ない事もあり得るのかも知れないのだ。サクラ推測によると、この川には水龍が住んでいて、うるさい奴が来たから顔を出したのだと言った。
「へえ、サクラって面白い事考えるね」
「だって、ここでは何でもアリっぽいでしょ?だから龍がいてもおかしくない!」
「龍ダッテ?見タコトナイナ」
「そう?見ない・・・って誰よ!」
驚いて二人は立ち止まった。彼女たちの会話に入って来た者がいたのだ。声がした方を見ると、水から半分顔を出し、一見すると人にも見える生き物がいた。まん丸な目をクリクリさせている。
「あのぅ、誰ですか?もしかしてウルサイって怒ってる、とか?」
おずおずしながらマナミが聞くと、その生物は首を左右に振った。少し間があって、その生物は顔を水から出すと自己紹介した。
「オイラ、ケプッテンダ。久シブリニ人間見タ」
ケプと名乗るその生き物は人と似ても似つかない独特な顔をしていた。
「こんにちは、私はマナミ、こっちは親友のサクラ」
サクラがちょこんとお辞儀をすると、その生き物も頭を上下に振った。
「皆オマエタチ会イタガッテル」
「会いたがってる?仲間がいるんだね」
「ツイテコイ」
ケプはそのまま水の中へ沈んで行った。着いて来いと言われたが、人間は水の中では呼吸が出来ない。二人はどうしたらいいのか迷っていると、再びケプが浮き上がってきた。
「言ウノワスレタ、ソノママ飛ビ込メ。呼吸デキル、早クコイ」
「本当に行っちゃうとか?」
マナミの顔色を伺うサクラは尻込みしている様子だ。マナミはニヤリとすると、水が苦手なサクラの肩に手を回し、そのまま一緒に水の中へと飛び込んだのだ。溺れる恐怖でサクラは手足をバタつかせたが、溺れるどころかふわふわした浮遊感で驚いた。体全体が空気の層に包まれ、例えるなら透明な宇宙服を着ているような感じだった。
「何この感じ、自由に動けるし喋れる!」
サクラは感激した。二人はケプの後に着いて潜って行くと、洞窟のような場所に入って行った。
川なのに湖の様にとても深く、その川の底には彼らの住む世界があった。彼らは分かり易く言うとカッパに似ている。ただ違う点は、頭に皿が無く背中の甲羅も無い。丸い目には瞼の他に爬虫類のような透明の幕があり、水の中でも視界の確保が出来ている。この水棲生物の彼らはある意味ヒトでもあり、水棲人だと言えるのではないだろうか。彼らは皆、好意を持って人間に接してくれるているようだ。大広間の様な作りになっている場所には、何人かの彼の仲間が長椅子に座りお喋りを楽しんでいる様子だった。その中で一番年寄りだと思われる、ルンというお爺さんが彼女たちの前にやって来た。
「イラッシャイ!ヨク来タ。ンー、アンタダレダッタ?ンー、アァ思イ出シタゾ!オトラトオツルダ」
いつの時代か分からない人の名で呼ばれ、マナミとサクラはひっくり返りそうになった。
「ルン爺、ソノ子タチ、ソンナ名前ジャナイ」
「ヘェ、ソウカ?オイラ覚エテル名前、挙ゲテミタ」
彼女たちはルンにツッコミを入れたいと思ったが、ケプが自慢げに二人を「サワコとヨシノ」と紹介したのだった。
「ケプさん、違うし!私はマナミで、この子はサクラだよ」
「ンア、チガウカ?オイラ絶対サワコ帰ッテ来タ思ッタゾ。オマエ絶対サワコ!サワコトヨシノ!」
ケプはマナミを差してサワコと言った。
「だから違うってば!その人はもういない人だよ?」
「イナイ、イナイ人?」
ケプはマナミの言葉に目をパチパチさせて首を傾げた。長寿な彼らには人間の一生が短いという観念が薄いようである。
「そう、もういない人。この世に存在しない人、つまり死んじゃった人」
「サワコイナイ、サワコ死ンダ・・・」
ケプの両目からは大粒の涙が流れた。
「ごめん、ごめんなさいケプさん。サワコさんは私のおばあちゃんのお姉さんだよ。もう十年位前になるかな、病気で亡くなちゃった」
ケプは子どものようにしゃくり上げ、流れる涙を腕で拭っている。
「マナミ、謝ラナクテイイ。ケプトオイラ、サワコトヨシノ仲良シ遊ンダ」
ケプ同じと位の歳だろうか、その水棲人はキニと名乗った。
それは少し昔、キニとケプが一緒に魚を捕まえていると陸の方から声がしたそうだ。とても楽しそうに何かをしている女の子たちの声だった。人間に興味があったキニとケプは声のする方へ近づいて行った。不思議な世界のこの川は、人間界の川にも繋がっている。
彼らは水に潜ったままで、岸辺で遊んでいる少女たちの会話を聞いていた。彼女たちはドジョウを採りに来ていたが、すばしっこく逃げ回るので捕まえられないでいたのだ。キニたちからすると、大きな声を上げてバシャバシャと音を立てていればどんな魚でも逃げるのは当たり前なのである。キニとケプは、人間の狩りが下手クソで見ていられないので帰る事にした。が、次の瞬間ドボンという大きな音が連続して、二人が川に落ちて来たのだ。手足をバタつかせて浮き上がろうとしているが、まとわり付く服が重くなりどんどん沈んでいる。ただ見ている訳にはいかなかったケプとキニは、彼女たちを一人づつ救い上げては葦の茂みに引き上げたのだ。助けた二人は意識は無かったが息はあった。
「大丈夫ソウダナ。怖ガルカラ帰ロウ」
その場から離れようとしなかったケプに、キニは帰るように促し背を向けた。その時、意識を取り戻した女の子の小さな声がした。
「ありがとう、生きてるよ」
彼らが驚いて振り返ると、声の主は横たわったままじっと見つめていた。慌てて川へ飛び込もうとすると、その少女はなぜ逃げるのかと聞いた。
「良い事をしたのに、なぜ逃げるの?」
「人間、オイラタチ怖イダロ?オイラタチ、人間ジャナイ」
水棲人の彼らは、普段は人間との接触はしないようにしている。
「人間じゃなくてもいいよ?だって命の恩人じゃない」
少女は起き上がると名前をサワコと言った。まだ意識がない少女はヨシノといい、二人は仲良しだと紹介したのだった。
「オイラ、ケプ。コレ、キニ。オイラタチ仲良シ」
それから水棲人の彼らとサワコは、お互いについて話をしているとヨシノも目を覚まし起き上がった。ヨシノは人間以外の生物が目の前に存在し、彼らと普通に会話をしているサワコに驚いたが、不思議と水棲人の彼らに対しての恐怖心は無かった。姿形は違ってはいるが、話をしてみると人間と同じだと感じた。
「ありがとう、カッパさん。今日は一生の思い出になったわ」
ヨシノは彼らを空想上の生物であるカッパだと思っていた。
「オイラ、カッパジャナイ!オイラキニ、コッチ、ケプ」
キニとケプは、人間界で出会った人間が、勝手に怖がって化物に仕立て上げたのだと言った。
「まあ、失礼な話よね。私はあなた方を水の人って呼ぶわ」
「ミズノヒト?グググッグルッ」
サワコに水の人と呼ばれ、ケプが喉を鳴らすとキニも同じ様に喉を鳴らした。
「ググッググルッ。イイナ、ミズノヒト」
彼らは気に入ってくれた様だ。そして彼らは、彼女たちが持って来たビクを手にすると勢いよく川に飛び込み、鮒やドジョウで満たしてくれたのだ。
「私、この恩は忘れないようにする。私の子や孫にこの話をして、水の人が住む川を守ろうって教えるから。ねぇ、ヨシノもそうでしょ?」
「約束する!私もサワコと同じように川を守るよ」
「ヤクソク!ヤクソク!」
ケプとキニは嬉しそうに声を合わせた。そして彼らは再びの再会も約束して別れたのだった。
「私ね、おばあちゃんから、川を汚したらダメだよってよく言われたよ。おばあちゃんのお姉さんが、水の人と約束したんだって、思い出した」
マナミは小さな頃、祖母の姉が体験したという不思議な話を聞き、朧気ながら覚えていたのだ。当時は、水の人もお伽話として捉えていた。
「本当にあった事だったんだ。おばあちゃんのお姉さんが、ケプとキニに出会っていなかったら、私はここに来る事は無かったんだよね」
「そうだよ、マナは繋がっていたんだね。私はヨシノさんとの繋がりは分からないけど、もし、私が初めての人だったら語り継ぐ。水に住む皆が幸せに暮らせるように、川を守ろうって伝えるよ。私も約束するから」
「でも、私たちって、水の皆より寿命が短いでしょ?だから、サワコさんたちと一緒で再会は出来ないかも」
マナミの言葉に水棲人たちが淋しそうな顔をした。
「信ジレバイイ。信ジテ、相手ヲ思エバイイ」
ルン爺の隣にいた、やはり年老いた水棲人が口を開いた。
「カピ爺、ソレナラマタ会エルノカ?」
「分カラン。分カランガ、希望ヲモテバ叶ウカモ知レン」
「希望?そうだね、希望を持とう。また、会えますように!」
サクラが手を合わせると、水棲人たちも手を合わせた。
「私たち、そろそろ帰るね。今日は色々とありがとう、忘れないよ」
水棲人である水の人たちは合唱するように喉を鳴らした。
「ありがとう、忘れないから!元気でね」
「ワスレナイ。マタ、会オウ」
ルン爺が一歩前に進み出ると、指をクルクル回して渦を作った。その渦は段々と大きく速くなり、彼女たちを飲み込んだ。
目が回る感覚はほんの一瞬だった。二人が目を開くとそこは神社の境内にある池の淵で、所在なく立ち尽くしているような格好だった。
「何だか不思議な夢を見ていたみたい」
サクラと同じくマナミもそう思った。
「サワコさんたちもきっとそう思ったでしょうね。帰る?」
「うん、帰ろう!」
二人は石段を駆け上ると、茅の輪がある拝殿に向かって深々と一礼をした。心はほっこりと温かい物で包まれている感じがしている。放り出したバッグを拾い上げ、持ち手に付けてある時計を見て驚いた。
「これって・・・」
時計は彼女たちがこの神社に来てから、ほんの僅かな時間しか経っていない事を示していたのだ。あの巫女狐が言った通り、あちらの世界とこちらの世界の時間の流れの速さが違っているようだ。石段を下りて鳥居をくぐると、再び一礼をして境内から出た。マナミは境内から出た道路脇の案内看板に目が留まった。普段は気にも留めなかった古くて小さな看板だ。それには神社の縁起が書かれてあった。昔、この辺りには妖の森という広大な森林があり、そこの住む妖たちが村人や旅人に悪戯をして困らせていた。そこでここの神主が、人と妖が平和に共存出来る事を願い、この神社を造ったと伝わるとあった。
「納得!だね」
サクラは微笑んだ。
「またいつか会えるといいね」
マナミは心からそう願った。縁者としての誇りを持って、彼らと再び会えたらどんなに素晴らしいことだろうかと思った。
あなたも行けるかも知れませんよ。