~その場その場の必要事項~
貴方は王の家を出て、とある施設を、王、マリーと共に訪れていた。ただ、施設というにはそれは掘っ立て小屋という表現が正しいように思える。しかしながら、この建物こそが塔に登頂する為の許可証の発行といった、塔に関わる業務を行っている、管理部という施設だった。
その受付の窓口に座っているのは、だらしない様子で頬に手を当てて、気持ちよさそうに寝ている女性。
「起きてくださいな、ラクルさん」
それを見たマリーは、怒る訳ではなく困った子供を見て、優しく見守る母のような態度だった。
「はえ? あ、マリー。もー、寝てたのにー」
一方で起こされた女性は、寝ぼけた顔をそのままに、文句をたれる。マリーと共に近づくと、服装はこれまただらしなく着崩し、肩まではだけているだけならいいが、布地が少なめの服装も相まって下着の一部が見えている。更に付け加えるなら、眼鏡も鼻下までずれていて、指摘するまでもないがかなりズボラなようだ。
「クス、お眠りのところ申し訳ないのですけれど、この方の入塔許可証の作製をお願いできますか?」
彼女の対応は本当に大人というか、容姿からは想像できるものではないと、貴方は感じている。改めて見直すと、愛らしい顔つきは低い身長も相まってまるで少女のようで、長髪は先で軽くまとめている。恐らく塔の中で使うであろう短剣を腰に差し、革製と思われる茶色のコートと中の服装はシンプルなシャツとスカートを着ている。首元には、輪の中に十字が入ったネックレスがつけられていた。
「どうかされましたか?」
マリーは貴方が見ていることに気づいて、微笑み、首をかしげて聞く。
「どーせマリーのが綺麗だなーとかでしょー」
本気ではないのだろうが、不満げな表情でラクルと呼ばれた女性はこちらを見て抗議している。その表情と、良いとは言えない目つきが相まって、仕事に疲れたお姉さんが酒を管を巻いているようにしか見えない。
「そんなことはありません。ラクルさんはお綺麗です」
「そー言ってくれるのは、マリーだけだよー」
貴方は、このやり取りはいつものことなのだろうと感じている。マリーは面倒見がいいようだし、この施設はここに出現した人間は訪れることにはなる。目の前で楽しげに話す2人が、その予想は当たっていると思わせる。
「でー? この人はどんな力があるのさ」
「……、ほとんど忘れているようです。思いの品もお持ちではありませんでした」
それを聞いて、ラクルはやってしまったような反応の後、ばつの悪いのが顔に出ていた。
力、思いの品。この場所に出現する者は、何かしらの能力や、愛用している道具を持っている。しかし、それは必ずしもではなく、本当にまっさらな状態で現れる者もごく稀にいる。貴方はそれに該当した。
「ならあれだねー。今なら食堂に人いるから、一緒に連れてってもらえばいいかも。なんならあたしといくー?」
「あれ。ラクルさん登るの嫌がってたじゃないですか」
だから、受付役をしてもらっているのにというマリーの指摘を受けて、当人もそういえばそうだったと何故か驚く。
「なんだろうねー。なんか面倒みなきゃいけないかなーとか、思っちゃったりー」
言った本人も指摘したマリーも不思議がる。2人がそうなのだから、貴方は困惑していた。ただ、ラクルはそんな空気の中というか、ズボラに感じていたが、仕事はきっちりやっていたようで入塔許可証を作成して貴方に手渡した。
この許可証はどの程度の実力を持っているかを示すもの。浮島にいる人間の数は多くはない。十分な準備もなく塔に入る者や、自殺目的で塔にはいる者を防ぐ為に発行されている。許可された階層以外に侵入しようとした場合、自動的に戻される魔術が組み込まれている。数が減れば、塔の攻略は遅くなるその為の処置と貴方は2人から説明を受けた。
そういう目的の物なので、常時の携帯は義務付けられていることが伝えられ、再発行の手続きや新たな階層に行きたい時の手続きは、これを読んでねとラクルから冊子を渡された。
「また遊びに来てよー。貴方もねー」
自分達をラクルは手を振って見送った。マリーも振り返してから、来た道を戻り貴方もそれに着いていく。
「さて、ラクルさんがおっしゃった通り、食堂にいきましょう」
どうやらマリーも1人で入塔させるのは危ないと考えているのと、彼女が一緒についてきてくれないようだ。会う前に塔に登っていると聞いていた。それ以外に王の仕事などもあるのだろう。1人に時間を割くのも限られている。貴方はそう判断した。
貴方は少しだけ振り返る。掘っ立て小屋から軽く身を乗り出していたラクルの姿は見えない。視線を動かし、その側にある巨大な塔を見上げる。
「どうされたんですか―――」
ここでの自分の名前を呼ばれて彼女を見ると、だいぶ先を歩いていた。貴方は小走りでその後ろを追いかけた。
それは赴く場所。
行きつく先の答え。