第2話「いざ、アイナドレミルへ」
アイナドレミルへの旅が決まった翌日、僕らは僕の家で勉強会をしていた。いくら旅に行くといっても、期末テストを無事終えなければ話にならない。なので今日も勉強会をし始めた次第なのだが……。
「何でリノンは僕のベッドで寝転んでマンガ読んでいるかなぁ……」
早速リノンが脱線した。リノンは自分の部屋と言わんばかりに僕のベッドでくつろいでいる。
「いやさ、つい目に止まっちゃってさ。読み始めたら止まらなくなっちゃった」
「リノンさんはテスト大丈夫なのでしょうか……?」
「駄目だと思うぞ」
シルヴィーナとロイグは真面目に勉強をしている。特にシルヴィーナは成績が優秀なので、授業でわからなかったところを教えてもらえるのでとても助かっている。リノンはお構いなしにマンガを読んでいる。彼女にテストは大丈夫かと聞いたが「なんとかなる」とのことで放置することにした。
勉強を続けていると誰かが扉をノックした。
「どうぞー」
「郁人くん、おかえりなさい。あら、みんな来ていたのね。いらっしゃい」
「おーあやかちゃんだ。やっほー」
部屋に入ってきたのは僕の姉、彩香姉さんだ。丁度大学が終わったのか帰ってきたみたいだ。みんなとはもう面識があり、仲良くなっている。
「お邪魔しています。彩香さん」
「かまわないわよ。ごめんなさいね、何も用意できなくて」
「いやいや、かまわないですよ」
「郁人くん、姉さんこれから夕飯の買い物行くから、留守番よろしくね」
「わかったよ。気をつけてね」
「はーい」
姉さんはニコニコ笑顔で手を振りながら、みんなに挨拶を済ますと買い物に出かけていった。
「そういえば郁人の親父とお袋さんは今いないんだっけ?」
不意にロイグが聞いてきた。
「うん、海外出張中」
僕の両親は海外で仕事をすることが多いので、1ヶ月ほど前から海外で働いている。その間は姉さんがだいたいの家事を行っているが、分担できることはなるべく分担をしている。僕をもう一人で。
「お兄、ただいま」
タイミングよく僕の妹、文香が帰ってきた。
「文香、おかえり」
「ん……珍しい、みんなが来てる」
文香もみんなとは面識がある。特にリノンは仲良しだ。
「ふみちゃん!」
リノンがベッドから飛び上がり、文香に抱きついた。
「リノン、苦しい……」
リノンに抱きしめられている文香が不満の声を上げている。しかし、文香はそこまで嫌がる様子もなくまんざらでも内容だ。
「イクト!ふみちゃんもらってくよ!」
「お兄、もらわれていく。ヴィーナもロイグもゆっくりしていってね」
リノンと文香はそう言うと、文香の部屋へと向かった。たぶんゲームをする気だ。静かになった僕の部屋では勉強が再開された。勉強の途中、ロイグがこう言ってきた。
「郁人、ちゃんと両親に旅のことは行っておけよ」
「わかっているよ。あとで電話しておくよ。でも問題は……」
「彩香さんですか?」
「うん……」
姉さんは凄く面倒見がいいのだが一点だけ困る部分がある、それは重度のブラコン、シスコンであると言うことだ。僕や文香が少し怪我をしようものなら卒倒しかけるし、国内の遠出でもとても心配になるのだ。僕が姉さんにアイナドレミルを旅すると告げたら、どうなるだろうか。たぶん、反対するだろう。もしくは泣きついてくるだろう。はたまたどっちもだ。
「まぁちゃんと説得することだな。まだ時間はあることだし」
「頑張ってみるよ……」
それから僕らは夕方近すぎまで勉強をしていた。もう遅くなり、みんなが帰り支度をし始めたので、妹の部屋に行くとリノンが文香にゲームでぼこぼこにされていた。「もう一回!」と粘ろうとするリノンをロイグがひょいと持ち上げ、みんなはそのまま帰って行った。
「さてと」
みんなを見送り、部屋に戻ると僕はパソコンのネット電話アプリを立ち上げた。両親に旅のことを伝えるのだ。向こうとの時差は忘れたが起きているだろうか。長いコール音が続き、やがて聞き慣れた父の声がした。
「すまないな、すぐ出られなくて。どうしたんだ?お前からとは珍しい」
「実は……」
僕は父に今までの経緯を話し、旅の了承を取ろうとした。僕の話が終わり、父が切り出した。
「父さんは別にかまわないよ。父さんも郁人くらいの歳のころは色々と日本中を回ったものさ。ちょっと待っていろ、母さんにも聞いてみる」
そう言うと父の声が遠くなり、離れた位置で母と話をしていような声が聞こえた。しばらくするとマイク越しの母の声が聞こえてきた。
「旅については私も反対はしないわよ。でも、ちゃんとお土産を買ってくること、あと姉さんをちゃんと納得させることが条件ね」
「一つは問題ないけど、もう一つは難題だね……」
「ふふふ、それが貴方の腕の見せ所ってところかしら?」
その後は両親と他愛のない話に花が咲いた。学校でのこと、友達のこと、両親は出張に行く前に数回はみんなと会っているので、様子がが気になるようだった。話が一段落付き、通話を終えることにした。
「じゃあ郁人、気をつけて行ってくるんだぞ」
「母さんが言ったこと忘れないようにね」
「わかった。二人とも仕事頑張ってね」
そう告げ、僕は通話を終了した。母から出された課題、姉さんを説得するのは相当骨が折れそうだ。何かいい策はないだろうか。僕はそれから少し考えることにした。少し時間がたち、姉さんに夕食ができたと言われたので僕はリビングに向かうことにした。そして僕はありのままに旅に出ると言うことを伝えてみることにした。
リビングに行くと鼻腔をくすぐるいい匂いがしてきた。
「今日は鯖の味噌煮よ。さあ手を洗って席について」
エプロン姿の姉さんは料理をテーブルに運んでいる最中であった。先に来ていたのか文香はもう席に座っていた。僕は言われた通り手を洗ってから席に着いた。
「じゃあ、いただきましょうか」
「「いただきます」」
僕と文香は声をそろえていった。姉さんの鯖の味噌煮はしっかりと味がしみており、なおかつ身はほろほろになるまで煮えているのでとてもおいしかった。おいしい食事に舌鼓を打ちつつ僕らは談笑しながら夕食を取った。
食事が終わる頃、ついに僕は姉さんに話を切り出した。
「姉さん、話があるんだけど聞いてくれる?」
「なあに?郁人くんからって珍しいわね」
姉さんの声色はどこか嬉しそうな感じだった。
僕は夏休みの旅について姉さんに話した。姉さんはその話を黙って聞いてくれていてくれた。僕が話を終えると少し何かを考えて話を始めた。
「そっか……お姉ちゃんね、何時はアイナドレミルに郁人くんが行くんじゃないのかなって思っていたの。郁人くん前から行きたがっていたから……郁人くんももう高校生だもんね。仕方が無いか」
あのブラコンの姉さんが珍しく反対もしなかった。姉さんのことだから頭ごなしに反対をしてくるのかと思い、少し拍子抜けをしてしまった。
「姉さん……行ってきてもいいかな?」
「もちろん…………駄目よ!」
「駄目なの!?」
前言撤回、姉さんはいつも通りだった。
「だってアイナドレミルでしょ!?異世界でしょ!?ちょっとした旅行にしても遠すぎます!せめて箱根の温泉とかにしなさい!」
「いやいやいや、スケールが全然違うよ!?それにみんながいるし何の問題も無いよ!」
「確かにシルヴィーナはしっかり者だし、ロイグは頼りになるだろうし、リノンは可愛いし、みんないい子だからお姉ちゃんも安心はできるけど、みんなが怪我をしたらと思うとやっぱり心配なの」
「リノンのこと他に言うことなかった!?それは置いておいて、アイナドレミルでの旅行者が事故に遭う確率はほとんど無いって、テレビでもやっているし問題ないよ。だから姉さんお願い、旅させてください!」
「だーめ!駄目なものは駄目です!」
「姉さん……」
僕らの話が白熱する中、不意に文香が席を立った。
「…お兄、彩ねえ」
「なに?文香ちゃん」
「どうした?文香」
「……今日の食器洗いの担当はあたし。片付かないから一度話やめて、あとお兄はお風呂お願い」
「「はい」」
文香に諭されてしまい、僕と姉さんは口論をやめた。食器を下げつつ姉さんに再度頼んでみたが「駄目です」の一点張りであった。こうなってしまうと姉さんを説得するのは困難を極めるだろう。僕はお風呂の準備をしつつ、説得する方法を考えてみたものの、妙案はいっこうに思い浮かばなかった。
「うーむ……」
お風呂の準備を終え、姉さんと文香の順番を待つつ、ベッドで寝転んで考えてみたものの何も思い浮かばない、このままだと旅は中止になるかもしれない、目視区は姉さんに黙っていくしかないのかもしれない。
「お兄、あいたよ」
風呂上がりの文香がタオルで髪を拭きつつやってきた。
「ありがとう。入らせてもらうよ。そういえば文香はどう思っているんだ?」
「旅のこと?」
「ああ」
先ほどは姉さんにしか聞いていなかったが、文香はどう思っているのだろうかとふと疑問に思い聞いてみることにした。
「……あたしはお兄の好きにすればいいと思う」
「結構あっさりしているな」
「だって、お兄の夏休みなんだし。……彩ねえの説得手伝ってあげようか?」
「本当か!?」
思わぬところから助け船が出た。僕はわらにもすがる勢いで
「頼む!」
と告げた。文香は自信たっぷりそうに言った。
「うむ。頼まれた。ただし、お土産は奮発するルこと」
「それならお安いご用だよ」
それくらいの条件なら可愛いものだと思ったが
「……あとこの件は貸し1ということで」
「……はい」
どうやらそう甘いものではなかったようだ。僕は姉さんへの説得の代わりに、文香に大きな借りを作ってしまうことになった。しかし、問題は解決するのだ。
僕は一安心し、そのままお風呂に入った。お風呂を出て、部屋に戻るとスマホのSNSにメッセージが入っていた。見てみるとリノン、シルヴィーナ、ロイグのグループで明日の休日を利用して僕の旅支度を進めるとリノンのメッセージが入っていた。どうやら買い物に行くらしい。僕は了承の旨を伝えた。その後もSNSは他愛のない話で盛り上がっていた。というよりはリノンのメッセージが続いたような気がしたがそれもいつものことだった。
翌日、僕らは地元の駅前で待ち合わせをしていた。
待ち合わせ時間の10分前くらいに着くと、すでにロイグが待ち合わせ場所にいた。今日のロイグはジーンズにTシャツにアロハシャツといういかにも夏向けの格好なのだが、Tシャツに「樫」の一字プリントされていた。
「おはようロイグ。そのTシャツは……」
「おお、郁人、おはようだ。「樫」Tシャツだぞ」
胸を張って答えるロイグ。よく見ると「樫」の漢字の上にはOakとルビが振られていた。
「反応に困るよ……浅草で変なTシャツ着ている外国人を見た気分だよ」
「まあまあいいじゃないか!」
「2人ともおはようございます。早いですね」
ロイグのTシャツにツッコミをいれている間にシルヴィーナがやってきた。シルヴィーナの格好は白のワンピースに麦わら帽と夏を感じさせる服装で、彼女にとても似合う服装であった。
「おはよう、シルヴィーナ。凄く似合っているね」
「ありがとうございます。こちらに来て夏は初めてでして……夏は暑いものと聞きましたからこのような衣装にしてみたのですが、着心地がよいものですね」
「普段の制服とは違った印象だな」
ロイグと同意見だった。制服の時のシルヴィーナはしっかりとした大人っぽい印象なのだがワンピース姿のどこか幼いイメージを与えるものだった。これはこれで可愛い
「さてと、あとはリノンだけかな」
「そうですね。でももう少しで時間ですわ」
「言い出しっぺが遅れるパターンだな」
待ち合わせ時間を少し過ぎた頃
「ごめーん!!お待たせ!」
慌てた様子でリノンが到着した。リノンは淡い黄色のオフショルダーのカットソーにデニムのショートパンツという活発な彼女らしい服装であった。また、灰色と地味な髪の色に対して、明るい色の服はとても似合っていた。気分によって変わる髪型は、今日は三つ編みおさげであった。肩まで位の長さのショートヘアをこうも毎回アレンジしてくる点はリノンのおしゃれに関するこだわりを感じる。
「そこまで待ったわけじゃないし平気だよ」
「そう?なら急がなくてもよかったかな?」
「リノンさん、それはさすがに駄目です」
「ですよね」
「で、リノン今日は何処に行くの?こっちにアイナドレミルの旅に役立つ道具が売っているなんて知らなかったよ」
僕はとてもわくわくしていた。まさか道具屋のようなものがこちらの世界にあるなんて聞いたことがなかった。
「ふっふっふ……気になるでしょ?着いてきて!」
僕らはリノンのあとに着いていった。果たしてどのような店なのか、僕は胸を躍らせていた。
「えーと、リノン?ここなの?」
「ここだよっ!」
彼女に導かれて着いた先は、ホームセンターであった。
「僕の期待を返してくれって言いたくなるよ……何かこう、ゲームに出てきそうな場所に行くのかと思っていたからさ……」
「さすがにそんなお店はないよ」
「ですけど、このお店なら色々揃いそうですね」
「ああ、間違いなく旅はできるな」
みんなの反応を見る限り、ホームセンターで売っているものでアイナドレミルは旅が可能のようだ。そして僕らはキャンプ用品コーナーへと向かった。
「とりあえず、必要なものって何かな?」
「イクトは寝袋かマット、あとランタン。買えたらナイフ?」
「そんなに買えるかな……ナイフを買う予算までないかも」
「さすがに安いものではないですからね」
「少なくとも寝具は確保しろよ。向こうの気候が安定しているからといっても、地べたに直接寝ると体かが痛くなるぞ」
「じゃあ、まずはそれを確保しよう」
僕らはそれからキャンプ用品を見て回った。実際に商品を取ってみんなで意見を言い合ったりして見て回ったのだが、1つ問題が発生した。どれも高くて予算オーバーしてしまったのだ。もう少しお金を貯めていればと僕は後悔していた。
そして、一度どうするか話すために僕らはフードコートにいた。
「いやーまさかイクトの資金が全然無いとは思っていなかったよ」
「もう少し貯金しておけばよかったよ……バイトはこの夏にしようと思っていたくらいだし」
「しかし、どうしましょうか?このままだと郁人さんはほとんど丸腰で行くことになってしまいますよ」
「どうにかするしかないだろう。郁人、何かつてはないのか?」
「思い浮かばないよ……どうしよう……姉さんの件もあるし、相当先が思いやられるよ」
僕は障害が増えるとは思っていなかった。そもそも、計画が甘かったのではないかとも思ってきた。しかし、一度決めたことだし、何よりもみんながサポートしてくれる。そう思い僕はこの困難を乗り越えてみせると心に決めた。
その後、他のホームセンターを見てみたがあまり結果は変わらなかった。僕らは帰ることにした。
家に帰ると、今日の夕飯当番の文香が料理をしていた。この匂いは
「今日はカレーか」
「あ、お兄おかえり」
「ただいま。あれ?姉さんは?」
文香が料理を作っているとき姉さんは文香の手伝いをしているのだが、今日に限っては姉さんが見当たらない。今日、大学は無いはずだし、出かけるという話も聞いていない。
「彩ねえなら部屋。お父さんと通話中」
「父さんと?」
「うん、内容は知らない」
「そっか。じゃあ今日は僕が手伝うよ」
「お願い」
そうして僕は文香の手伝いをした、手伝いと言ってもカレー自体はできていたので食器を並べたりすることしかなかった。食事の準備がほとんど終わると通話が終わったのか、姉さんがやってきた。
「文香ちゃん、ごめんね。あら、郁人くんおかえりなさい」
「ただいま。支度は終わったから、すぐにでも食べられるよ」
「ありがとうね。じゃあ食べよっか」
そして僕らは夕食を食べ始めた。文香のカレーは彼女特性の隠し味が入っていろとても深い味わいのカレーだ。その隠し味が何であるのか僕と姉さんは未だにわからない。
「ねえ、郁人くん」
不意に姉さんが声をかけた。
「どうしたの?」
「旅ののこと、行ってきてもいいわよ」
「いいの?」
「どうせ止めたところで郁人くんの考えは変わらないのでしょ?」
「姉さん……ありがとう!」
「ただし、無事怪我なく、たくましくなって帰ってくること」
「わかった。気をつけて行ってくる」
これはどういうことだろうか。昨日まで頑として反対していた姉さんが今日になって旅の許可を出すなんて。文香がなんとかしてくれたのだろうか、だとしたらお土産を奮発するだけじゃ借りは返せそうもないな。文香を見てみると珍しくドヤ顔をしていた。そして、姉さんはなぜか小さくガッツポーズをしていた。もう1つ、たくましくなって帰ってくることとは一体……。
「それとね、お父さんが前に使っていたキャンプ道具が納戸にあるって言っていたわ。何でも好きに使っていいって」
「本当!?」
「ええ、たぶん何も持っていなくて困っているだろうからって」
どうやら、お見通しであったようだ、僕は父に感謝した。
食後、納戸を探してみると、父が使っていただろう年季が入ったキャンプ用の毛布にランタン、そしてナイフも見つかった。僕は使えそうなものをそろえて、写真を撮りグループSNSにすべて問題は解決したと伝えた。
あとは、期末テストだけだ。
その後も僕らは勉強会を行い、テストに備えた。
そしてついに期末テストとなった、僕は今までの勉強会が功を奏して、問題なくすべてのテストを終えた、それはシルヴィーナとロイグも同じようで、自信たっぷりであった。そして、以外のことに勉強をほとんどしていないはずのリノンも難なくテストを終えていた。彼女曰く「能ある鷹はなんとやら」だそうだ。
テストが終わり、終業式となった。ついに明日から旅に出る。僕の明日から始まる旅のことで頭がいっぱいであった。今学期最後のホームルームが終わり、みんなが帰る支度を始めたころ、僕は桜庭先生に旅に出ることを伝えることにした。
「桜庭先生」
「何?有坂くん」
「実はお話があって」
僕は今までの経緯を話し、明日から旅に出ると話した。丁度みんなもやってきていた。
「いいなー。先生もアイナドレミル行きたいな」
「あかりちゃんも来る?」
「夏休みの間でも先生はやることあるのよ?あとあかりちゃんじゃなくて桜庭先生ね?そうだ、ポーレラントの首都に先生の妹が住んでいるの。もしよかったら訪ねてみてね。旅の助けをしてくれると思うわ」
「ありがとうございます。是非訪ねてみます」
「先生も仕事頑張ってな」
先生から、妹さんの住んで言う場所と名前が書いたメモをもらい、僕らは家へと帰った。
僕は明日からの旅の荷物をチェックしていた。みんなが言うにはそこまで重くならない方がいいとのことなので、最低限必要なもの1つのリュックにまとめた。まるで遠足前の小学生のようだと思えてきて、少し気恥ずかしくなったが、それほど僕は明日からの旅を楽しみにしていた。
そうこうしているうちに夕飯の時間となった。今日の夕飯は姉さんが腕によりをかけた豪華な料理であった。僕は1ヶ月ほど味わえなくなる姉さんの料理をよく味わって食べた。姉さんがどんどん料理を勧めてくるので多少大変だったが、このような楽しいやりとりが少しの間、無くなるのだなと考えると少し寂しい気もした。
楽しい食事が終わり、僕は文香に姉さんを説得してくれたことを改めてお礼をいうことにした。それと、どうやって説得したのかも聞いてみることにした。丁度、文香がお風呂から出てきたみたいだ。
「お兄、あいたよ」
「わかった。文香、ありがとうな、姉さんを説得してくれた」
「……うむ、もっと感謝するのだ。お土産期待している」
「わかっているよ。でもどうやってあの姉さんを説得したんだ?」
「……知りたい?」
文香はいたずらっぽい顔をして聞いてきた。こういう表情をする文香はたいていものすごいことをしているときだ。
「……うん」
「教えてあげよう。彩ねえにお兄が旅に出れば、今よりたくましくなって帰ってくるよって言ったら、たくましくなったお兄を妄想したのか、考えが変わったみたい」
「文香、お前なんてこと……」
「だから、お兄はたくましくなって帰ってこないと駄目だよ」
「……善処します」
果たして僕はたくましくなって帰ってこられるのだろうか……。
翌朝、ついにこの時がやってきた。
僕は、旅の支度をし、はやる気持ちを抑えきれず、少し早く家を出ることにした。待ち合わせの場所はアイナドレミルとのトンネルがある新宿御苑アイナドレミル通行ゲート通称「異世界ゲート」。
「忘れ物はない?」
玄関では姉さんと文香が見送りをしていてくれた。
「大丈夫だよ。あんまり心配しないでしょ」
「そうね。そうそう、お母さんが郁人くんはどうせ大して貯金がないだろうからって、少し小遣いを持たせろって」
そう言って姉さんは茶封筒を渡してくれた。
「母さん……あとでありがとうって伝えておいて」
「わかったわ。あとお母さんが、そのお金はお土産をメインに使いなさいって」
「ちゃっかりしているな」
僕は母からの餞別に感謝しつつ、名残惜しいと感じつつも出発することにした。
「いってきます。姉さん、文香。新学期が始まるまでには帰ってくるから」
「お兄、気をつけて」
「…………やっぱり無理」
少しうつむいていた姉さんが突如そう言った。
「……姉さん?」
「やっぱり無理!1ヶ月近く郁人くんがいないなんて、姉さん耐えられない!やっぱり行くのやめて!」
「ここに来てそれを言うの!?」
「だったら私もついていきます!ちょっと待ってて準備するから!」
「えぇ!?文香、姉さんを任せた」
そう言って僕は駆けだした。このまま、まごまごしていたら姉さんが本当に着いてきてしまう。文香は「これで借り2ね」と言って姉さんを押さえていてくれた。そんな妹に感謝しつつ僕は待ち合わせ場所に向かうのであった。
異世界ゲートは、アイナドレミルへの旅行者、アイナドレミルからの旅行者で賑わっていた。僕が待ち合わせ場所についてみると、すでにみんなが揃っていた。
「みんな早いね」
「そりゃあね」
「私たちもこの旅を楽しみにしていましたから」
「友人と旅なんて初めてだからな!」
どうやらみんなも僕と一緒ではやる気持ちを抑えられなかったらしい。
ふと思い出したように僕は、手持ちのお金をどうするかをみんなに聞いた。日本円は向こうでは使えないとのことなので、両替カウンターで現地の通貨に買えてもらうことにした。みんなは他にやることがあると言うことだったので、僕は両替をしてもらっていた。少し待っていると、いつもと格好が違うみんながやってきた。
「あれ?その服装って」
「ああ、向こうの衣装だ」
ロイグの服装は、麻でできた上着の上から革の鎧を着け、腰には剣帯を付け、斧を装備していて、鉄の兜を首に掛けていた。しかしズボン関してはなぜかジーンズだった。
「いや、上着はそうみたいだけど、なんでジーンズ?」
「動きやすいしな」
本人はご満悦のようだ。次にシルヴィーナの衣装だが、エルフの衣装であろうか、見た目はディアンドルのようは感じるがどことなく違った衣装で、胸元が大きく開いていない、白色と緑色のその可愛い衣装の上から、腰までの長さのマントを羽織っていた。腰には剣帯を着け、細身の剣が納められていた。
「その衣装可愛いね」
「私たちの伝統の衣装なのです」
シルヴィーナは気恥ずかしそうにはにかんでいた。最後にリノンの衣装だがこれも向こうに衣装なのか、スイスの方の民族衣装のような格好で、ブラウスのような上着に赤を基調としたコルセットスカート、そしてフード付きのケープを着用。そして、ショルダーホルスターのようなものにダガーを2本いれていた。それと今日の髪型は三つ編みおさげだった。
「リノンもだいぶ印象が変わるね」
「でしょ?コスプレイベントとかで着ていくと結構声かけられるんだよね」
「……そうなんだ。あと、みんな武器持っていたんだ」
「護身用さ」
「こっちだと、何だっけ?じゅーとーほー?」
「銃刀法違反ですね」
「そうそう、銃刀法違反になっちゃうから、普段から持ち歩けないけど、向こうじゃ関係ないしね!」
「いいな、僕も何か持ってくればよかったかな」
何かあると言っても、模造刀やエアガンくらいしかないのだが。
「イクトはひのきのぼう位で満足するんだね」
「いざとなれば俺らがなんとかするさ」
「こう見えても腕には自信があるのですよ」
頼もしい仲間がいて、僕はとても安心ができた。
僕らは準備が終わると、出発ゲートへと向かった、そこで向こうでの目的と軽い手荷物検査が行われた。キャンプ用のナイフを没収されるのではないかと思ったが、目的が旅だと言うことで持って行く許可をもらえた。
「いよいよだね」
僕らはトンネルの前に立っていた。初めて見るとアイナドレミルへのトンネル。入り口はどう見ても何の変哲のないトンネルだが、出口の方は見えない。どれくらいの長さがあるのだろうか。
「イクトは楽しそうだね」
「そういうリノンさんも楽しそうですね。しっぽが動いていますよ?」
「みんな楽しみにしていたのだろ」
そして僕らはトンネルへと入る。少し歩くと白い光のような壁が現われた。僕は恐る恐るその壁を触ってみたが何の感触もなかった。後ろのリノンが「さっさと行け」と目で訴えてきたので僕はその光の壁を越えた。
光の壁を越えた先には
「ようこそ。アイナドレミルへ。まずは手荷物検査ね」
入国審査係の獣人族と出発ゲートに似たアイナドレミルの到着ゲートであった。