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68 歌の練習


「な、なんでこんなことに……」


 僕は隣にいる司波さんに聞こえないような小さな声で呟く。


 昨日、司波さんに歌枠をするべきじゃないかと提案したのだが、歌枠をするならもっと練習したいという司波さんにカラオケに付き合わされることになったのだ。

 やると決まれば行動の早い司波さんに連れられてやって来た僕だが、正直緊張せずにはいられない。


 言わずもがな、カラオケというのは密室だ。

 しかも室内の音が外に漏れるということも少ない。

 若い男女がそんな空間に二人きりになるなんて、少なくとも僕に耐えられるか微妙なところだ。


 更に言えば今日の司波さんの服装はどこか露出が多いというか、肩の出ている私服はそれだけで視線に困る。

 もちろん着ているのが司波さんというのも相まって、とても可愛い。

 その点も加えると、今日の司波さんと行動を共にするのは二倍の意味で緊張する。


 因みにだが今日の僕の格好はというと、昨日デパートで買ったばかりのやつだ。

 せっかく買ったし使わないと勿体ないという理由もあるが、一番の理由は司波さんに希望されたからという理由が大きい。

 そしてもう一つ、司波さんの強い希望もあって、伊達眼鏡も着用している。

 どこか興奮していたような様子の司波さん曰く、変装の意味も込めてということらしい。


 こんな伊達眼鏡一つでそんなに印象が変わるだろうかと思い、鏡も見てみたが、正直自分ではあまり分からなかった。

 他人から見たら違うのだろうか。

 しかし僕に司波さんの言葉を否定することも出来なかったし、そもそもする気も無かったので、結局僕は司波さんの言うとおり伊達眼鏡をつけて司波さんとカラオケにやって来た。

 受付にいた女性の店員さんからやけに視線を向けられていたようなきもするが、おそらく司波さんとの不釣り合いっぷりに驚かされていたのだろう。


「…………え、えーっと」


 受付も済ませた僕たちはついに密室空間にやって来たわけだが、普段とは違う雰囲気に思わず戸惑う。

 部屋に来る前に注いできたドリンクにはストローが氷の間の絶妙な空間に刺さって動かない。


「と、とりあえず座ろっか」


「そ、そうね」


 さすがに扉の前で突っ立っているわけにもいかないので、僕たちはお互いに部屋の反対側のソファーに腰掛けた。

 向かい合うような座り方で、僕たちの間は無言に包まれる。

 何ともいえない空気だ。


「う、歌の練習するんじゃないの?」


 無言の空気に耐えかねた僕は本来の目的だった歌枠の練習を司波さんに勧める。


「そ、そうだったわね」


 司波さんは慌ててカラオケの機械をいじり、曲を入れる。

 どうやら今回、司波さんが歌うのは若い世代で人気の高い曲のようだ。

 前回のカラオケとは違って、今回のはそもそも女の人が歌っている曲だし、僕が覚えている限りでも司波さんの声域にもちょうどいいくらいだろう。


 歌枠をするときにまず大事なのは、とにかく無理をしないで歌うことだ。

 歌枠というのはほとんどの場合、一人で一時間以上は歌い続けなければならない。

 そのことを考えると無理に高い曲を歌って喉を疲れさせるよりも、自分の声にあった曲を歌うか、もしくは曲自体のキーを下げたりする方が良いだろう。

 だから今回の曲に限っていえば、司波さんの曲のチョイスは歌枠においてもバッチリだ。


「う、歌う時に何かアドバイスとかある?」


 そんなことを考えていると、曲の前奏のタイミングを見計らって司波さんが僕に聞いてくる。


「歌枠はだいたい座って歌うのが多いから、座って歌うのに慣れておいた方がいいかもしれないかな」


 僕はスピーカーから流れる曲に負けないように声を張りながら、司波さんに答える。

 咄嗟に答えた割には的確なアドバイスだと個人的にも思う。

 というのも歌枠というのは司波さんにも言ったとおり、座って行うことが多い。

 むしろほとんどがそうだと言っても過言ではないだろう。

 かくいう僕も先日の歌枠はずっと座ってやっていた。


 歌を歌うときに、座っているか、立っているかというのは思った以上に差が出る。

 立ったままじゃないと歌いにくかったり、高い音が出にくいと言った人は一定数確かにいて、座った方が歌いやすいという人はそれに比べても少ないのではないだろうかというのが個人的見解だ。

 もし司波さんが立ったまま歌う方が歌いやすかったり、座ったままだと高い音が出にくかったりするというのに関わらず、今のうちに座ったまま歌うということに慣れておいた方が良いだろう。


「わ、分かったわ」


 僕の言葉に、立っていた司波さんはソファーに腰をかける。

 ちょうどそのタイミングで前奏が終わり、司波さんがAメロを歌い出す。

 相変わらず可愛い歌声に、僕は、ただでさえ容姿も可愛いのに、声までとか最強かよなどと思いながら、その歌声を聞いていた。

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