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58 不格好な「配信」

「本日は四葉鈴がお送りしました!」


 四葉は配信の最後にそう締めくくり、画面に表示されている配信終了のボタンを押す。

 配信が終わった四葉の配信画面では、今なお『お疲れ様!』というコメントが書き込まれている。

 司波はそれらのコメントの波が落ち着くのを待ってから、部屋を出た。




「お疲れ様」


「うん、今日はパソコン貸してくれてありがと」


「別に大丈夫だよ。今日は配信する予定もなかったし」


 僕が椅子に座ったままぼうっとしていると、配信を終えた司波さんが部屋に戻ってきた。

 さっきまでイヤホンから聞こえていた声が、目の前から聞こえてくるのは少しだけ違和感を感じる。


 司波さんは疲れたように一度息を吐くとベッドに倒れこむ。

 確かに今日は色々目まぐるしい一日だったのでそれも仕方ない。

 ただ、司波さんが顔を押し付けている枕は普段僕が使っている枕なので、何だか妙に緊張する。


「そ、そういえば司波さんはこれからどうするの?」


 緊張を紛らわせるために僕は話題作りを試みる。

 既に夜はかなり遅い。

 家まで送っていくにしても準備を急がなくてはならないだろう。


「なに、早く帰れっての?」


「そ、そういうわけじゃないけど、さすがにそろそろ出ないとかなり遅い時間になっちゃうし」


「……ストーカーに遭った女の子を、親のいない家に送り返す気?」


「で、でももう司波さんも十分落ち着いたんじゃ」


 僕が司波さんを僕の家に連れてきたのは、あの状況の司波さんを一人にするのはさすがに憚れたからだ。

 既に今の司波さんは普段の調子を取り戻しているようだし、家まで送れば、別に親がいないことも問題は無いだろう。

 しかし司波さんはそんな僕の言葉に不機嫌を露にする。


「今日、あんたの家に泊まるから」


「えええ!!??」


 そしてさも当然のように、そう宣言する司波さん。

 さすがにそれは予想していなかった僕は声をあげて驚く。

 司波さんが中々帰りたがらないのは、てっきり配信で疲れたから少しくらい休憩させなさいという意思表示だと思っていたのだが、どうやらそうではなかったらしい。

 もしかして司波さんは最初から僕の家に泊まるつもりだったのだろうか。


「そ、それはまずいでしょ!」


「何がまずいのよ。どうせ明日からは夏休みで学校も無いんだし」


 しかしさすがに今回の司波さんの言葉には頷けない。

 いくら明日から夏休みで学校が無いとは言っても、僕の家に司波さんが泊まることに関してはそれはさして関係ないことだろう。

 僕は、年頃の女の子が異性と二人きりで夜を過ごすことが問題だと言っているのだ。


「それにどうせあんたが何かしてくるとも思ってないし」


「なっ!?」


 それは僕を信頼してくれているからこその言葉なのか。

 それとも単に僕がヘタレだと言っているのだろうか。

 後者の可能性が高いような気もするが、今は一旦その話は置いておこう。


「か、仮に司波さんが僕の家に泊まったとして、もしそれが他の誰かに知られでもしたらどうするの?」


 僕が今回言いたいのは、司波さんが僕の家に泊まるのは倫理的に見てどうなのかということだ。

 例えばクラスメイトにバレたとして、それは明らかな司波さんのイメージダウンに繋がるだろう。

 僕が司波さんに迷惑をかけるとかそういう以前に、一人の女の子として、周りから冷たい視線で見られるのではないだろうか。


「ただでさえ僕たち変な噂があったんだし、本当にそういう関係なんじゃないかって思われるよ? そうなったら、もし司波さんが本当に好きな人と付き合いたいとかなった時に困っちゃうじゃん」


 あまり考えたくはないが司波さんが誰かに告白をしたとして、その誰かが司波さんと僕の噂を鵜吞みにしていたら、良い返事が期待出来るとは思えない。

 僕としては出来る限りそういう事態は避けたいのだ。


「べ、別に好きな人とかいないし。それにあんたと噂されたからって、別にいいし……」


「良くないでしょ……」


 恐らく司波さんは周りのことなんて関係ないとでも思っているのかもしれないが、友好関係は大事だ。

 特に女子高生なんて、友好関係の塊みたいなものだろう。

 司波さんに好きな人がいないというのは、それはそれで何故かホッとしたが、だがそれでも司波さんが僕の家に泊まると言うのはやはりあまり良い案だとは思えない。

 しかし司波さんは中々納得してくれない。

 だが僕には切り札がある。

 それは最近ずっと配信を頑張っている司波さんだからこそ通じる手だ。


「ほ、ほら、四葉さんが男の家に泊まったとかリスナーにバレたら大変でしょ?」


 これだったら恐らく司波さんも大人しく家に帰ることに従ってくれるだろう。

 僕は口元が緩むのを堪えながら司波さんの顔を窺う。

 しかしどういうわけか司波さんは特に狼狽える様子もない。


「私のリスナーはそんなので離れていくような人たちじゃないもの」


「うっ……」


 司波さんは自信たっぷりに言う。

 確かに司波さんの言う通りのことが今日の配信でも証明されていた。


「じゃあ今日は泊らせてね?」


「……分かったよ」


 勝ち誇ったような笑みを浮かべる司波さんに僕は溜息を吐く。

 どうやら切り札だと思っていた配信に関してのことは、かえって自分の首を絞めるものでしかなかったらしい。


「このベッドは私のものー!」


「はいはい、好きにしてください」


 僕が泊まることを認めた途端はしゃぎ始めた司波さんは身体を大の字にしてベッドを占領する。

 別にそれはいいが、スカートのままだと際どい部分に目が吸い寄せられてしまうので止めてほしいものだ。


「あ、そういえば司波さん、これ」


 そこで僕はすっかり忘れていたが、司波さんに渡すものがあったことを思い出した。

 机にしまってあったそれを引き出しから取り出し、司波さんに渡す。


「……なにこれ?」


 疑うような視線を向けてくる司波さんは恐る恐る僕から受け取ると聞いてくる。

 別に大したものではないのだが、一応紙包みがしてあるので中身は見えないようになっている。


「開けていいよ」


 視線だけで開けていいかと聞いてくる司波さんに僕は頷いた。

 司波さんはさすが女子というべきかびりびりと破ったりすることなく丁寧に紙包みを開けていく。


「これって」


「うん、ノートだよ」


 司波さんが紙包みから取り出したのは一冊のノート。

 別に何の変哲もないただのノートだ。


「司波さんが使ってる『HAISHIN』ノート、そろそろ終わりそうだったから」


 僕が司波さんが使っている『HAISHIN』ノートを最後に見たのは、放課後に改善点を伝えた時だ。

 その時既にノートの終盤だったので、もしかしたら司波さんはとっくに使い終わって新しいノートを自分で準備していたかもしれない。

 だけどそれでも良かった。


「僕と司波さんが知り合えたのは、あのノートのおかげだからさ」


 このノートが二冊目でも三冊目でも構わない。

 いつか司波さんに『HAISHIN』ノートとして使ってもらえるなら、それが本望だ。


「…………」


「し、司波さん?」


 しかし司波さんは僕の言葉を聞いていたのかどうかさえ怪しいほどに、じっと僕がプレゼントしたノートに視線を注いでいる。

 ずっと黙ったまま、両手で大事そうに持ってくれている。


「……ほんと、優しいんだから」


「え、なに?」


「本当に馬鹿だなぁって言ったの!」


「え、えええっ!?」


 どうしてノートをプレゼントしてそんな反応なのか。

 少しは嬉しそうな反応でも見せてくれないだろうかと期待していたのに、さすが司波さんと言うべきか、全くぶれない。


「まあちょうど一冊目が終わったところだったからちょうど良かったわ。準備する手間も省けたし」


「そ、それだけ!?」


 結構色々考えた末のものだったのだが、どうやら僕の苦労は、新しいノートを準備する手間分しかなかったらしい。


「ほら、あんたが『HAISHIN』って書きなさい。ペンでも何でもいいから」


「ぼ、僕が書くの?」


 しかしそんな僕の内心を知った様子もなく、司波さんは僕にノートを渡してくる。

 僕はおずおずとそれを受け取り、司波さんに催促されるがままにノートの表紙に文字を記していく。


「……って下手な字ね」


「う、うるさいよ!」


 いつの間にか僕のすぐ後ろまでやって来ていた司波さんはノートの表紙を見て笑う。

 自分ではこれでも綺麗にかけた方だと思うのだが、司波さんから見たらそんなことはなかったらしい。


「じゃあ早速、今日の分の改善点を教えてもらわなきゃね!」


「ええ!? 今日も!?」


「何言ってるのよ、当たり前でしょ? まさか考えてなかったなんて言わないわよね?」


 突然のことに慌てる僕。

 今日は色々あったから特に何も考えてなかった、なんて言えない雰囲気に僕は冷や汗を流す。

 でも、そう言う司波さんはいつも以上に幸せそうに口を綻ばせている。

 そしてそんな司波さんの腕の中にある一冊のノートには不本意にも不格好な『HAISHIN』の文字が記されていた。

一応これで一章部分は終わりです。

ここまでお付き合いくださりありがとうございましたm(__)m

続きに関しては、構想自体は出来上がっているので、少しずつ投稿出来たらと思います。

よろしくお願いしますm(__)m

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