53 やめたい
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『僕の家においでよ』
どうして僕は、あんなことを言ってしまったんだろうか。
今考えてみても頭がおかしかったとしか思えない。
あれでは変な意味にとられてしまっても文句は言えない。
というか逆に自分が言われたら絶対に勘違いしてしまうだろう。
それなのに司波さんは頷いた。
それ以上何も聞くこともなくただ無言で前を歩く僕についてきたのだ。
勘違いされなかったのは良かったと思う。
だけどそれはそれで問題だ。
このまま行けば、司波さんは僕の家にやって来ることになる。
でもそれはつまり司波さんが僕の家に泊まるということになるのではないか。
というかほぼ間違いなくそうなってしまうだろう。
既に夜は遅い。
一度僕の家にまでやって来たら、そこから司波さんの家に行くというのは時間的に厳しいだろう。
幸い明日から夏休み。
クラスメイトの家に泊まって、次の日の学校に影響が出ることはない。
でも、司波さんが僕の家に泊まるなんて、少し前の僕は全く想像もしていなかった。
僕の家には親はいない。
もちろん兄弟も、だ。
そんな僕の家に司波さんと二人きり。
そもそもの前提として、年頃の男女が二人きりで同じ屋根の下で一晩を過ごすなんて許されるのだろうか。
そして僕自身の精神が果たして耐えられるだろうか。
「…………えっと、今開けるね」
既に僕たちは家の前までやって来ている。
僕は司波さんに一声かけながらポケットから家の鍵を取り出す。
そしてゆっくりと鍵を鍵穴に差し込みながら、もう一度考える。
果たして本当に司波さんを家にあげていいものか。
今からでも司波さんの家に送り届けてあげた方がいいんじゃないだろうか。
「…………っ」
その時、服の裾が後ろから掴まれた。
僕の葛藤に司波さんが気付いたのかどうかは分からない。
それでも司波さんの指先は僕の服の裾を、掴んで離さなかった。
「……ごめん」
僕は、ここにやって来てまで迷い続けていた自分を恥じた。
何時まで僕は成長できないのか、と。
僕は振り返らないまま、服の裾を掴む司波さんの手を握る。
その手は震えていて、僕の手を握り返してくる。
「……入ろうか」
僕は玄関の扉を開く。
入ってすぐに照明をつけると、暗かった廊下が眩い光に包まれる。
急な明かりにびっくりしたのか、司波さんの手を握ってくる力が強くなったような気がした。
「…………」
僕はそんな司波さんを連れながら階段を上り、自分の部屋へ連れていく。
司波さんは全く抵抗する様子もなく、僕の後ろについてきてくれる。
「座って大丈夫だよ」
僕は司波さんをベッドに腰を掛けるように促し、自分は離れたところにある椅子に座ろうとする。
でも司波さんはそんな僕の行動を許してくれず、握る手を離してくれない。
結局僕は司波さんに促されるままに、司波さんの隣に腰を掛ける。
司波さんの顔は相変わらず暗く、そこにはやはり、いつもの司波さんらしさは窺えない。
「えっと……」
こんな時、普通はどんなことを言うのだろう。
僕じゃない誰かだったら、もっと気の利いた言葉で司波さんを慰めてあげられるのだろうか。
そもそも僕は司波さんを慰めたいと思っているのだろうか。
僕が司波さんを家まで連れてきたのは、ほとんど衝動的に、と思っていい。
その一瞬の間に、慰めたいと思っていたのか思っていなかったのか。
少なくとも今、慰めたいと全く思っていないというわけではない。
でも僕が司波さんを家まで連れてきて、司波さんに本当にしてあげたかったことって何だろう。
「…………」
司波さんは僕の手を強く握る。
「……配信して、人気でて、今日みたいなことがあって」
そして僕の肩にその顔を押し当てながら呟く。
「なんで私、配信やってるんだろうなって……」
「…………」
「やめるべき、なのかな……?」
「…………」
司波さんは、ストーカーを受けた。
それは司波さんが『四葉』として配信をしていたから、らしい。
そんな司波さんに、他人の僕が、配信を続けてほしいとか続けろとか簡単には言えない。
そして司波さんは、少なくとも今は「やめたい」と思っているからこそこんなことを聞いてくるのだろう。
正直、今日みたいなことがあってはそう思うのは無理はない。
ストーカーされた原因が分かったなら、それを取り除こうとするのは普通だ。
だからもしこのまま司波さんが配信をやめることになったとしても、僕は何も言わない。
そりゃあもちろん僕は嫌だ。
司波さんには配信を続けてほしいと思っている。
好きだから、もっと聞いていたいから。
理由なんてそんなものだ。
それでもそれが僕の気持ちだ。
でも、それは言わない。
言ったらきっと司波さんはやめられない。
僕のために配信を続けようとしてくれる。
そんなの、嫌だ。
司波さんが配信をしたいって思っていなくちゃ、四葉さんの配信に意味はない。
僕はそう思ってる。
だからやっぱり「やめてほしくない」とか「続けてほしい」とかは言わない。
その代わり、一つだけ話をさせてほしい。
配信者として先輩の僕だからこそ出来る話を、聞いてほしい。
「僕も昔、やめようって思ったこと、あるよ」
新作投稿しました。
『暗躍する宮廷魔導士がわがまま姫の用心棒になったようです』
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