5 悪だくみ
二葉→司波に変更しました。
「…………」
そんな僕の内心を知ってか知らずか、司波さんは無言のままで僕に顔を寄せてくる。
いやその言い方では御幣がある。
まるで僕にき、キスを迫ってきているようではないか。
実際は僕の襟元をがっしり掴みながら、僕の耳元に口を寄せているのだ。
女の子に襟元を掴まれるなんてなんとも恥ずかしい格好ではあるが、なぜか不思議と抵抗できない。
親猫に捕まる子猫もこんな心情なのだろうか。
「……あ、あんたさ」
「は、はいっ、なんでしょうか……!?」
女の子の、しかも特別お気に入りの声が、耳元で囁かれる。
そんな贅沢を味わうには僕にはまだレベルが足りなかったようで、変な声で返事をしてしまった。
「き、昨日のこと」
「昨日……?」
「わ、私がライブ配信してるってことよ……!」
「あ、あぁ」
「誰にも、言ってないわよね……?」
そう確認してくる司波さんの表情はなんとも力が篭っている。
ここで僕が司波さんの望む答えと違うものを答えたりなんてしてみろ。
死、あるのみだ。
それが物理的な死なのか、社会的な死なのかはまた別として、僕としてもそんな結末は迎えたくない。
「も、もちろん。誰にも言ってないよ」
「そ、そう。それならいいの」
僕の答えにホッと息を吐く司波さん。
もしかしたら昨日からずっとそのことを考えていたのだろうか。
それこそ僕が「告白に振られたことが広まっていたら……」と危惧していたように。
お互いがお互いのことを考えていたなんて、形だけ考えてみればニヤニヤしてしまいそうだ。
「あ、そうだ。昨日の配信もお疲れ様」
「な、なんであんたがそのことを知ってんのよ!?」
「え……?」
単に労おうと思って呟いた言葉が、どういうわけか司波さんの何か引っかかったらしく、緩くなっていた襟元を掴む力が再び強くなる。
というかさっきよりも全然強い気がする。
え、なに? 僕何かやらかした!?
「き、昨日の反応からもしかしてとは思ってたけど……あんた」
「?」
「私の『リスナー』なの……?」
「四葉さんのリスナーではあるよ?」
「つまり私のリスナーってことじゃないの!!」
「そ、そうともいう、かな?」
あまりの剣幕に思わず唾を飲む。
しかし言われてみればそのことに関しては僕は何も司波さんに言っていなかったかもしれない。
司波さんの言うとおり、僕は『四葉 鈴』チャンネルの『リスナー』である。
『リスナー』とは端的に言えば、配信を聞いている人のことを指す。
というか難しく言おうとしても、結局この説明に落ち着くと思う。
「じ、じゃあ私の配信、どれくらい聞いてるの?」
「え、ほぼ毎日聞いてるけど」
「ほぼ毎日!?」
「だって毎日配信してるでしょ?」
「そ、それは! そう、だけど……!」
一度大きな声を出したかと思うと、突然尻すぼみになっていく司波さんの呟き。
あ、そうだった。
ここはまだ教室の中で、クラスメイトだっている。
そして突然の司波さんの声にこちらを向いてくる人たちだって少なくはない。
「だからって、毎日聞くなんて、おかしいでしょ……っ?」
周りの目を気にしているのか、少し顔を俯けながら僕を睨んでくる司波さんは普通に怖い。
一体僕が何をしたというのか。
僕はただ本当のことを言っただけで。
ほぼ毎日見ているのだって何の嘘もない、だって――
「――――僕の一番お気に入りの配信者だし」
自分の一番好きな配信者だったら、そりゃあ毎日でも見続けるのが普通だ。
少なくとも僕にとってはこれまでずっとそうだった。
他の人になんと言われようと、僕はそうなのだ。
だから仕方ない。
それが例え、僕の大好きな人からの言葉だったとしても。
あ、いや今の「大好き」はその、女の子として司波さんが好きってことではなくて、ただ配信者として大好きな四葉さん、って意味だから!
深い意味なんて全然無いから!!
「……そ、そっか」
「……?」
司波さんの言葉に対して反論してしまった僕は、今以上に司波さんを怒らせてしまうのではないかと冷や冷やしていたのだが、司波さんの反応はどこかしおらしい。
普段の強気な司波さんとは違って、それこそ昨日僕に「自分がライブ配信をしていてもおかしくはないか」と聞いてきたそれと同じ感じだ。
いや、もしかしたらそれ以上。
本当、振られてしまったはずなのに、もう一回勢いで告白してしまいそうなレベルで可愛いんだけど。
これは神様からの僕に対する試練かなんかですか?
もしそうだとしたら一刻も早くリタイアしたいところですね、はい。
「…………」
「…………」
いつの間にか司波さんが掴んでいた僕の襟元は自由になり、解放感で溢れている。
僕は喉辺りに手を置きながら、もう一度司波さんの顔を見た。
ちょうど司波さんもこっちを見てきていたようで、偶然にも視線が重なる。
「……決めた」
すると突然、司波さんが小さく何かを呟いた。
その表情はまるで何か悪巧みを思いつき、しかもそれに僕を巻き込もうとしているような顔だ。
普段の僕ならここで何かを察してすぐさま逃げ出すだろうに、何故だろう。
今回は、その悪巧みすらも巻き込まれてもいいとさえ思えた。