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46/69

46 期待したのに

ブクマ評価ありがとうございます。


 と、とんでもないことになってしまった。

 今、僕のすぐ隣では司波さんが僕と同じ歩幅で歩いている。

 僕たちはあのクラスメイトから見守られている状況から何も言い残すことなく、黙って抜け出してきたのだ。


 しかも抜け出す前に至っては、周りから見ればほとんど抱き合っているような形にも見えただろう。

 実際司波さんの頭はすぐ近くにあったし、僕自身どうしてあんなことが出来たのか分からない。


 あれだけのことをやってしまえばクラスで噂になるのはもう絶対に避けられないことだと諦めがついてしまうから恐ろしい。

 それに明日から夏休みということで学校に行かなくて済むというのも幸いした。

 あんなことがあった後に教室に入るのはさすがに気が引ける、というか恐ろしい。


 ただでさえ司波さんは可愛くて異性からの人気も高いというのに、僕なんかがあんなことをしてしまったのだから男子からの嫉妬がやばいことなんて簡単に想像できる。

 本当、夏休み様様だ。


 だが問題はそれだけじゃない、すぐ目の前にある。

 僕は横目で司波さんを窺う。

 それだけでさっきの司波さんの温もりを思い出してしまって、まともに司波さんの顔を見ることが出来ない。


「…………」


 既にカラオケ店から歩き出して十分程度経った。

 一度行ったことのある司波さんの家の場所から考えてもちょうど折り返し地点くらいだろうか。

 それなのに僕たちの間に会話はなく、妙な緊張感が漂っている。

 だがそれは決して険悪な雰囲気からくるものではなく、なんというか気恥ずかしさからくる沈黙や緊張なのだろう。


「……今日、なんであんなとこにいたの?」


 その沈黙を破ったのはいつもより少しだけ小さいような気がする司波さんの声。

 確かに司波さんの質問は尤もな話だ。

 僕は今日クラスでの遊びに参加することなく帰宅部の鑑らしく我先にと家まで走った。

 僕の家からカラオケまでは散歩するにはあまりにも遠い距離だし、しかも今はとっくに陽も沈んでいる。


「それは……」


 もちろんそんなの司波さんが心配だったからというのが一番の理由だ。

 だからこそこんな時間に東雲さんから教えてもらった場所にまで司波さんがいないかと探しに来たのである。

 しかしそれをありのまま司波さんに伝えるというのは、今の僕にはあまりにハードルが高かった。


「し、東雲さんが、心配してたから。司波さんがストーカーされてるみたいだから、助けてあげてって」


 嘘は一つも吐いていない。

 むしろ事実でしかない僕の言葉に司波さんの肩が揺れる。

 恐らく自分がストーカーされているということが僕にバレているとは思わなかったのだろう。

 帰りのHRの前に東雲さんが僕に話しかけてきた時は司波さんは教室にはいなかったようなのでそれも当たり前なんだけど。


「…………」


「……司波さん?」


 しかし司波さんは僕の言葉に答えることなく黙って俯く。

 さっきまで僕と一緒だったその歩みも止まってしまっている。




「……あんたじゃ、ないんだ」




 司波さんの唇が微かに動いたような気がした。

 でもそんな気がしただけで本当に動いたかどうかは分からない。

 だけどもし僕の思った通りだとしたら、司波さんは一体なんて言ったんだろう。


「……ここでいい」


「な、なにが?」


「ここからは、一人で帰れるから」


「……え、ちょっと待ってっ」


 かと思うと、司波さんは突然そんなことを言いだし僕の横を通り過ぎようとする。

 さすがに僕も一瞬混乱してしまったが何とか司波さんの腕を掴み、そのままどこかへ行ってしまうのを止める。


「ど、どうしたの突然」


「……離して。一人で帰るって言ってんの」


 司波さんは顔を俯かせたままで顔をあげようとしない。

 しかし僕もそう易々と司波さんの手を離すわけにはいかないのだ。


「こんな暗いのに一人で帰るのは危ないよ。それにストーカーされてるんじゃないの?」


「……そんなの、どうでもいい」


 しかし司波さんは僕の言葉なんて全く聞く耳を持ってくれる様子もなく、僕の手を振りほどこうと手を揺さぶる。

 だが司波さんの言葉の意味が分からない以上、こんな時間帯に一人にするわけにもいかない。


「い、いきなりどうしたの?」


 僕は司波さんの肩を押さえ、向かい合わせる。

 しかし司波さんはそれでも僕と顔を合わせようとはせず、身体をよじる。

 本当に一体どうしてしまったというのだろうか。

 

「……人から頼まれてまで、送ってもらわなくていいから」


「え……?」


「期待して、損した」


「あっ……!」


 司波さんはそれだけを言い残すと思い切り僕の手を振りほどき、そのまま走り去って行ってしまう。

 司波さんに手を伸ばすがもはや届きそうな距離じゃない。

 僕に出来ることと言ったら、どんどん小さくなっていく司波さんの背中を見つめ続けることくらいだった。


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