44 無意識
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「…………」
僕は人通りの多い道を通りながら、すれ違う人たちの横顔を窺っていた。
家の周りでは絶対にあり得ない人混みにどうしてわざわざこんなところまで来たのだろうと考えたのだが、そういえば家を出るときに散歩が云々とか言っていた気がする。
僕自身、それが建前であるなんてことは重々承知している。
だけどそんな建前無しではそもそもこの場にやって来ることすら出来なかったはずだ。
だから僕は自分自身に嘘を吐いて、あえて本当の理由を考えないようにしている。
でも、考えないようにしていてもどうしても目は探してしまうのだ、司波さんを。
すれ違う人混みの中にもしかしたら司波さんが紛れ込んでいるかもしれない。
そう考えると僕は視線を彷徨わせずにはいられなかった。
「…………」
しかし結局、すれ違う人混みの中に司波さんの姿は見つからず、いつの間にか東雲さんが言っていたカラオケの前までやって来てしまった。
僕は無言で真っ暗な空を見上げる。
既に腕の時計は七時半を指していて司波さんたちが遊んでいるのには少し遅すぎる時間だ。
恐らく司波さんたちもとっくに家に帰ってしまっている頃だろう。
骨折り損をしてしまったと僕は一人溜息を吐く。
一体ここにやって来るまでにどれだけの神経をすり減らしたことだろう。
すれ違った人たちの中でいるかいないかも分からない司波さんを探して、でも見つからなくて、僕は顔を下げる。
誰が悪いのかなんて分かっていて、誰も責めることは出来ない。
東雲さんも坂本くんも、司波さんも。
こうなったのは、この一歩をもっと早くに踏み出せなかった僕がすべての原因なのだ。
カラオケの前で一人立ち尽くす僕に、周りから奇異の視線が向けられているような気がする。
それは長くいるにはあまりにも居心地が悪く、一刻も早くそれから抜け出したいと思った僕はゆっくり顔を上げた。
「……あれ、亮くん?」
「し、東雲さん」
上げた視線の先で真っ先に目に入ってきたのは、いつもクラスで顔を見るクラスメイトたちの顔だった。
もちろん東雲さんや坂本くんだっている。
東雲さんはいち早く僕の存在に気付いたのか、声をかけながら近づいてくる。
「……来てくれたんだ」
「え、えっと……コ、コンビニがてら散歩してて」
「ふーん、そうなんだぁ?」
僕の嘘なんて恐らく東雲さんからしてみれ見破るなんてこと造作の無いことなのだろう。
東雲さんはからかうような視線を向けてきて僕は思わず自分の頬が熱くなるのを感じた。
「と、というかこんな時間まで遊んでたの?」
「あー……大勢で来ちゃったから変に盛り上がっちゃってさ、中々終わらせられる雰囲気じゃなかったんだよね……」
「そ、そっか」
あの東雲さんがそう言うのだから恐らく本当にそういう雰囲気だったのだろう。
それに遊びに参加していない僕があれやこれやと文句を言える立場でもない。
「……し、司波さんは」
そう言いかけて僕は自分の視線の隅に移る人影に気付いた。
――――司波さんだ。
司波さんはどこか物憂げな表情を浮かべていて、まだ僕の存在には気づいていないらしい。
「よしっ、じゃあそろそろ解散しよっか!」
そんな僕に気付いているのか気付いていないのか、東雲さんが皆のまとめ役らしく遊びの終了を告げる。
互いに談笑しあいながらそれぞれの帰路へつこうとするクラスメイトたちと、どうしたら良いか分からず立ち尽くす僕。
「ねえねえ司波さーん、もうこんな暗いし俺が家まで送ってくよー?」
そしてちょうどその時、名前も知らない男子クラスメイトが帰ろうとしている司波さんを呼び止める声が聞こえてくる。
すると何を思ったのか東雲さんは僕に一度だけにやりという視線を向けてきたかと思うと司波さんに近づく。
「確かにもうこんなに暗い時間に女の子一人っていうのは危ないし、送ってもらうのがいいんじゃない?」
「だよねだよね!」
更にはそんなことを言って男子クラスメイトの意見に同意する。
まさか東雲さんが男子の援護射撃をしてくるとは司波さんも予想していなかったのだろう。
一瞬驚いた様子を見せたかと思うと東雲さんを少し睨んでいる。
「ほら凛、送ってもらったら?」
「…………」
しかし東雲さんの全く気にしていない様子を見て、その顔を俯かせる。
するとまるで東雲さんはその反応が分かっていたかのような顔でこちらを一度振り返って来ると再び司波さんに近づき、司波さんの耳元に顔を寄せる。
どうやら何かを耳元で囁いているらしい。
一体どんなことを言っているのだろうかと僕は首を傾げる。
その直後突然、司波さんがハッとした風に顔を上げたかと思うと、今まで気づいていなかったはずの僕に視線を向けてくる。
もしかしたら東雲さんは僕がこの場にいるということを教えたのかもしれない。
だがどうして司波さんがそんな反応をしたのだろう。
最近気まずかった僕がここに来ているというのを聞いて、不快な気持ちで僕を見たのだろうか。
だとしたら出来れば僕がここにいることは知られず、一人で早く帰るべきだったのかもしれない。