4 心配
二葉→司波に変更しました。
司波 凛。
僕が見事告白を振られた相手で、僕のお気に入りのライブ配信者『四葉 鈴』でもある。
そもそもどうして僕が自分とは全く違うようなタイプの司波さんのことを好きになったかと聞かれれば、自分でも良く分からない。
ただいつの間にか目で追うようになっていて、彼女の一言一言に耳を澄ませていたのは事実だ。
今思えばそれも全て、自分の好きなライブ配信者と同じ声をしていたからだったのだろう。
自分でも良く分からないうちに、本能で気付いていたのかもしれない。
つまり僕は最初から司波さんのことが好きだったという訳でもなく、ただ自分の気持ちを勘違いしていただけなのだ。
もっと言ってしまえば僕はそもそも司波さんに振られてもいないし、告白もしていない。
……なんてことにはなってくれないのが人生辛いところだ。
好きとか好きじゃなかったとかそういうの関係なしにして、僕が告白をして振られたという事実だけが全てなのだ。
ザ・黒歴史である。
もしその事実を司波さんが他の友達かクラスメイトにでもばらしてみろ。
あっという間に僕の間抜けな武勇伝は校内を駆け巡り、僕は笑いものにされてしまうだろう。
そんなことはないと思うかもしれないが、高校生を舐めたらいけない。
ゴシップはやつらの大好物なのだ。
そう簡単に見逃してくれるはずがない。
もしそんなことになったら僕はもうこの学校では生きていけない。
不登校になるのはほぼ間違いないな、うん。
脆すぎるって?
僕のメンタルはガラス製なんだから当然でしょ?
「…………」
僕の失恋話がクラス中で囁かれていると覚悟はしていた。
しかし蓋を開けてみれば皆いつも通りの日常を送っている。
たまに聞こえてくる誰かの囁きが自分の悪口に聞こえなくもないが、恐らくそれは日本人特有の『誰かの褒め話を聞いていると自分のことではないだろうと思うくせに、誰かの悪口を聞いているとその悪口の対象が自分ではないだろうかガクブル』みたいになってしまうやつだろう。
周りの様子を窺っている限り、やっぱり僕のことを話している人は誰もいないようだ。
ということはつまり、司波さんが僕に告白されたことを黙ってくれているということに他ならない。
「……昨日は殺すとかなんとか言ってたくせに」
もしかしたら案外良い人だったりするのだろうか。
いやそんなことは当たり前だな。
もし司波さんが表立って何か悪いことをするような人ならそもそも告白する以前の問題だろう。
それに仮にも僕のお気に入り配信者の四葉さんだぞ?
良い人であってもらわなきゃ困るというものだ。
これからも頼むぞ、司波さん。
「それに昨日の配信も面白かったしなぁ」
もちろんというべきか僕は昨日も、四葉さんのライブ配信を最初から最後までずっと聞いていた。
一度たりとて聞き逃さぬべく、自分の尿意も堪え、聞ききったのだ。
昨日の四葉さんのライブ配信は大体一時間弱で終わりといった、普段と変わらないものだった。
僕にリアルでのことがバレて何か緊張していたりするかもしれないと心配していたがどうやら杞憂だったらしい。
確かに注意深く聞いていれば、普段に比べればどこかぎこちなさが残る配信だったのかもしれないが、今となってはそれも気のせいだったのではないかという気がする。
さすが四葉さん。
自分のせいで四葉さんがライブ配信をやめたりしたら……なんて想像していた僕が馬鹿みたいだ。
「というか、四葉さんが僕のクラスメイトで、しかも告白した相手だったなんてなぁ……」
配信している側は何も思っていなかったのかもしれないが、僕はそうともいかない。
自分の知っている人が配信をしていたら、まず間違いなくその人の顔を思い浮かべてしまうし、それが告白をして振られた相手だなんてことなら、妙に身構えてしまうのは仕方ないだろう。
「それならいっそのこと昨日見たこと聞いたこと、全部無かったことにしたほうが……」
「――――ねぇ?」
「え?」
上の空でそんなことを考えていると、突然前から僕を呼びかける声が聞こえてきた。
いやもしかしたら僕のことを呼んでいるんじゃなくて、僕に近い誰かを呼んでいたのかもしれないけど、なんだか声色から若干怒っているようだし、無反応で怒られるくらいなら恥ずかしくても何か反応するべきかななんていう僕の自己保身ばりばりの理由で僕はその人を見る。
でもその人の顔を見て、どうやら僕の選択は少なくとも不正解ではなかったらしいと一安心した。
「し、司波さん……」
そこには少しだけ不機嫌そうな司波さんが椅子に座る僕を見下ろしてきていた。
ちょうど考えていた人が突然目の前に現れて、僕は思わず身構える。
だって一応告白に振られた相手だし、うん。
まぁそれはいいじゃないかもう忘れようぜ僕。
ほら、あれだよ。
好きな配信者の中の人だから、かな。
「ど、どうしたの?」
それにしてもまさか教室の中で、司波さんが僕に話しかけてくるとは思わなかった。
放課後とは言え、教室の中にはまだ幾分かクラスメイトも残っている。
それにそもそも司波さんは僕に話しかけてくるような立場の人でもない。
普段司波さんは僕みたいなクラス内カースト底辺のやつと関わったりせず、イケメンと称されるような格好いい男や、今時ガールといった風な女の子と一緒にいることが多い。
それなのに、そんな人たちを差し置いて僕に話しかけてくるなんて、普通じゃありえないのだ。
ほら見ろ。
ちょうど今も司波さんの背中の奥に見える女の子が不思議そうに人差し指を唇に押し当てながら首を傾げている。
あーあざとい!