白鳥央士の場合 02
第四節
「あんだごるぅああ!?」
目つきが尋常ではない連中が三人ほどくんずほぐれつしていた。
じたばたという物音が聞こえてくる。おおかた声を上げない様に無理やり押さえつけているというところだろう。
「テメエ…どうやって入って来やがった」
やっぱり見張りだったか…。
「なんつークラシックなチンピラどもだ」
ひとりごちる武林。
「へっ!正義の味方かよ。俺らを誰だと思ってんだ?天下の未成年だぞ?何やっても罪にも問われねえんだ。いいから帰れや」
余り将来有望そうに見えない小汚く染めた金髪の小僧が顔を歪めてくる。
息の臭さと歯のボロボロ具合からかなり重度にアンパン(シンナー)をやっているらしかった。
「あんまり一方的なのも大人げないんでな。一応警告してやる。その女を離せ」
「うるせええええ!俺はアンちゃんの知り合いがヤクザなんだぞゴルァああ!」
突然武林が振り向きざまに頭の高さの空中を横なぎに薙ぎ払った。
鈍い音がして黒い塊が吹っ飛んでいく。
「…お前ら目線が泳ぎ過ぎだ。後ろから来るなんぞ馬鹿でも分かるぞ」
こと単純な戦闘ということでは武林には一日の長がある。戦い模様が特殊すぎて実力を発揮する機会に恵まれないだけなのだ。
その後は一方的だった。
第五節
そもそも腕力に任せて集団で自分よりも弱い対象を選んで暴力を振るっていたチンピラ崩れなど、常に自分より強そうな相手に正々堂々と一対一で戦いを挑み続けてきた武林の敵ではなかった。
見苦しいわめきを尻目に気絶するまで叩きのめす。
とはいえ、決して重い怪我や後遺症が残るまでやったりはしない。
「あー…大丈夫か?」
奥でガタガタ震えていた女がいた。
気絶はしていなかったが、顔面蒼白である。
武林は困った。
硬派なので、こういう時にどう対処していいのか分からないのだ。
第六節
路地の表に出すと、入り口付近で倒れている見張り番も奥に引きずって行き、もう一度全員気付かせてキツく言い渡した。
次に似たようなことをやったらすぐに飛んで来て、今度は二度と立ち上がれなくするまで叩きのめすと。
小便を漏らしそうにガタガタ震えはじめたのでカンベンしてやることにした。
武林は道徳を説く気はない。
だが、強いものには強いなりの責任があると思っている。弱いものを集団で力づくで言うことを聞かせるなど言語道断。古い言い方だが男の風上にも置けない。
…橋場や斎賀だったらこいつらも女にしてきゃーっ!ってな具合に出来るのかも知れないが、武林くらいに強すぎるとそもそもピンチを感じないのでメタモル能力が発動しないのだ。
路地裏にそいつらを放置して出てみると、さっきの女がまだいた。
「あの…ありがとう…ございます」
「…ああ」
武林はまともに視線を合わせられなかった。
白くてすべすべしてそうな生地のシャツと長い丈のスカートを履いた髪の長い女と言う程度は分かるが、それ以上の事は良く分からん。
これが斎賀なら慣れないなりに話を合わせたりも出来るんだろうが…。
ぶっちゃけた話、女にはしょっちゅうなってるし女装もさせられているんだが、鏡でもない限り己の姿恰好をマジマジ見たりもしないので余り実感が無い。
最もこれは武林がとりわけ鈍いからこその感想だ。水木とは全く違っている。
第七節
「…不用心だよ。あんなところ」
「…」
駅前のベンチで座っている二人。
「身を守れないならあんなところに行かないことだ」
「…すいません」
「何故あんなところに行った」
「…呼ばれたから」
「呼ばれたからって行くなよ」
「でも…行かないとどっちにしてもヒドい目に…」
この辺りが武林には理解できないところだ。
強い人間には弱い人間の気持ちは分からない。
武林はその気になれば最後は暴力で相手の主張をひっこめさせることが出来る。
理不尽にそんな力を振るう積りは無かった。だが、必要とあれば黙ってはいない。
しかし、そんな殊勝な人間などまれなのである。
多くの人間は相手を社会的に追い込み、自分よりも弱そうな人間を的に掛け、徒党を組んで負けないお膳立てを整える。
「じゃあ、オレはこれで」
「待ってください!」
縋る様な目だった。
「…もうこの辺にはいられません。逃げます」
「逃げますって…なんだよそれは」
「あやふやな話ではあったんですが、引っ越す予定だったんです。クラスのみんなとお別れの挨拶が出来ないのは辛いけど、一足先に出発します」




