白鳥央士の場合 01
第四章 白鳥央士の場合
第一節
第四章 白鳥央士の場合
第一節
その気配を感じたのは必然だった。
メタモル能力者はお互いの気配を察知することが出来る。
この能力については分かっていないことも多いが、これに気が付いた能力者はそれを日々磨き上げることで意図的にかなり探すことが可能だ。
武林光はケンカ屋である。
血の気が多く、今は仲間たちとつるんで動くこともできるが、基本的には強そうな奴がいれば正々堂々と戦いを挑む。
ケンカのルールは沢山あるが、お互いが納得すれば決着だ。
その呼吸はお互いしかわからない。
何時の日からか、自分が猛烈に強いことに気が付いてしまった。それも超人的な強さである。
こうなってしまうと路上ではまず負けない。
…負けないのはいいが、張り合いが無いのは困る。
どうやら自分と同類がいるらしく、そいつらを探しては戦いを挑む日々だった。
ただ、この能力は「護身術として相手を女にした上女装させる」能力とセットだった。
純粋な殴り合いには邪魔なことこの上ない。
第二節
なので、なるべく「発動させない」という条件をお互いに交わした上で戦いを挑むのだが、大抵最後にはどちらか、或いは両方が嬌声をあげながらスカートをめくり上げられたりしてしまうのだ。
…ぶっちゃけ、この「メタモル・ファイト」形式になると武林はいいところなしだった。
何しろお互いの合意でどうにでもルールが捻じ曲げられる。
そりゃ普通のケンカだって全く頭を使わない訳じゃない。
だが、こっちが求めているのは純粋な腕試しなのだ。
武林の脳内にスチュワーデス姿でカートを引くすらりとした美女たる自分を鏡状になった空港の壁でちらりと見た時の光景やら、何故かえらく巨乳になってお嬢さま学校の清楚な制服姿で縛られて悲鳴を上げているビジュアルがフラッシュバックする。
ぶんぶん!と頭を振った。
ええい!こんなことばかり思い出していても仕方が無い。済んだことだ。
…しかし…もう好敵手には出会えないのかもしれんなあ…とは思っていた。
橋場や斎賀たち相手には随分戦ったが、普通のケンカはしていない。
そんな時だった。
メタモルファイターならではの鋭敏な聴覚…という訳でもないのだが、元々耳のいい武林の耳に甲高い声が聞こえてきた。
第三節
薄暗い路地裏だった。
奥の方に数人の人影が蠢いている。
やれやれ…と頭を掻く武林。
さっさと歩を進める。
目の前にどこからともなく大男が立ちふさがった。
プロレスラーみたいなマッチョだるまだ。
「…あんだお前は」
しゃがれ声だった。
「ちとこの奥に用があってな」
「何もねえよ。回れ右して帰れ」
何もねえ訳がねえだろうが…。奥で何かが行われていて、こいつが見張り番なのはバカでも分かる。
何よりこいつからは気配をまるで感じない。メタモルファイターじゃないってことだ。
「どけ」
「どるぅああああ!」
ずん!とパンチが一閃し、筋肉だるまのみぞおちを捉えた。
電気が切れた人形の様にその場に崩れ落ちる。
武林は一応その高さから加速度を付けて地面に頭を打ち付けない様に受け止めてやると、適当にその辺に転がした。
路上のケンカで深刻な事態になる場合、原因のほぼ百パーセントは、スタンド(立ち)状態から気を失って倒れ、その時に頭を地面にぶつけることによる脳への打撃によって発生する。殴られたためではない。
最悪の事態は回避できた。単にしばらく流動食になるだけだ。
武林は空手使いなのでそもそも普通の人間よりも強い。仮にメタモル能力が無かったとしても単にでかいだけのこの男など物の数ではないだろう。
スタスタと歩を進める。




