シンタロウ・オガタの場合 01
第一章 シンタロウ・オガタの場合
第一節
無地のベストに無地のワイシャツ、ノーネクタイでカウボーイが着る様なこげ茶色のズボンの男がその場に降り立った。
うっすらと無精ひげを生やし、髪の毛もボサボサである。そして大きなカウボーイハットをかぶっている。
二枚目風の整った顔立ちで比較的若くも見えるが、良く言えばワイルド系、悪く言うとだらしが無い。
ただ、東洋人を思わせる外見の割には身長は高く、前後に分厚い胸板と大きな身体はある種の威厳を湛えている。
乾いた風が吹き抜ける。
そろそろ日も暮れてきた。
…本当に何もないんだな…。
誰もいないので脳内でひとりごちる男。
どんな田舎に行っても深夜まで営業しているコンビニがあり、行政サービスが行き届いている日本と違って、広大なアメリカは田舎となると本当に十キロ圏内に商売をしているところそのものがない…なんてことも普通にありえる。
確かにそう聞いてきた。
だが、俄に信じられるものではない。そう思っていた。
しかし、嫌と言うほど実感させられ続けている。
ポケットを探る男。
大きさがまちまちのコインが一つづつと、ドル札が二枚ほどしかない。これが彼の現時点での全財産だ。
まるくなった草の塊が転がって行く。
あの西部劇には必ず出て来る不思議な物体は「タンブルウィード」という「ウィード」とは「雑草」と言う意味で、要するに砂漠で雑草が風に流され続ける内にまとまって丸くなったものである。
それほど広大な土地が砂漠でふきっさらしであるということだ。
歩いて隅から隅まで進むなら日本だって広い。
だが、日本列島全ての面積をすっぽり飲み込む「州」が幾つもあり、国内に「砂漠」を幾つも抱え、端から端まで四時間の時差があるアメリカ合衆国のデカさにはとても適わない。
砂が目に入って痛い。
折角だからとテキサスへの州境を越えて最初に入った雑貨屋で買ったカウボーイハットが風にはためく。
てか今時こんなジョン・フォードの映画みたいな恰好したテキサス人なんかいねえじゃねえか。何か騙された気分だ。
といっても、日本に初めて来てちょんまげのサムライが居なかったことに落胆する外人も似たようなもんだろう。