シンタロウ・オガタの場合 10
第十節
「客層がまるでかぶらんだろうに」
「そうね」
「どうしてちょっかいを掛けられる謂れがあるんだ?それに…」
「お客はアリゾナあたりから来るお忍びらしいわ」
「…そうか」
日本と違って、プロテスタントが建国したアメリカ合衆国は宗教的禁忌に厳格なところがある。
中世暗黒時代ほどではないらしいのだが、生殖行為に結び付かない性交渉そのものを忌避する傾向がある。
ただ、子供は生まれずとも毎月の月経があるように、女性とて一定期間性欲を解放しないと欲求不満となって精神的に抑圧されることになる。
「ヒステリー」はギリシア語で「子宮」を意味し、女性特有の精神的な病であると考えられていたが、実際には定期的な性欲の解放で解消する。所謂「大人のおもちゃ」は元は医学的な治療器具として発達した極めて真面目なものなのである。
ともあれ、そんな精神的な土壌であるから、アメリカには日本の様な「風俗店」が存在していない。
何しろ近代に入ってからも「酒を禁止」することを本気でやった国である。どう考えてもあれだけの人口を抱える人種のるつぼにあって「性風俗店がおおっぴらに存在しない」現実は様々なひずみを生む。
結果として「非合法に」存在するしかない。
アメリカのドラマにおいて「コールガールを呼ぶ」行為が恐ろしくタブーとして描かれる皮膚感覚を日本人は感じ取るのは難しい。
シンとメグの間では明確な言葉は交わされなかったが、要するに当局の目が届きにくい片田舎で、お金に余裕のある連中が「お金を介する」男女関係に使ってるってことなんだろう。
つまり、お得意の顧客は貧相な地元民じゃない。
よその州のお金持ちってわけだ。
アリゾナとなればラスベガスだ。つまり「一夜にして使い切れないほどの大金」をゲットしたお調子者も顧客の一部って訳だ。




