シンタロウ・オガタの場合 08
第七節
「旦那はこの店を親から引き継いで経営してたの」
「らしいね」
「小さいころからの幼馴染でね。あたしら貧乏人は地元から出ることも余りないから、まあ必然的に結婚したわけ」
「ふむふむ」
「不景気の波に負けてあたしに店番を頼んで今従軍してるの」
「…てことは兵隊さん?」
「そう。仕送りしてくれてる」
「国を守る立派な仕事だ」
「外国でだけどね」
「…まあ、そういうこともある」
「あれよ」
壁には海兵隊の制服姿の青い目の精悍な男の写真が額装されていた。
「…いいね。格好いい」
「それには同意よ」
「映画スターみたいだ」
「誰に似てる?」
「う~ん…トム・クルーズにスティーブ・マックィーン風味ってところかな」
「あらあら」
受けてはくれたがまた表情が沈む。
「…中々帰って来てくれないの」
「色々大変だろうからね」
「あなたの周りに兵隊はいないの?」
「日本には軍隊は無いんだ。建前はね」
「?攻められたらどうするの?」
「日本は狭いんでね。土地を抱えて逃げるさ」
「冗談はいいから」
「…軍隊はあるよ。そういう名前じゃないけど。それで戦うか、さもなきゃアメリカに助けてもらうかな」
「ふーん、日本ってもっとサムライが沢山いると思ってた」
「ここにいるぜ。ローニンだけどな」
「ローニンって何?」
「ロンリー・サムライさ」
また噴き出すメグ。
「あなたがいれば日本も安泰だわ」
「そうだな」
「…でも、正直経営は苦しいわ」
「ロクに金も払わんかもしれんが、これだけ沢山馴染みがいるんだ。何とか存続しないと」
「さっきのお店ね」
「いかがわしい店か?」
「…そこが何かとちょっかいを掛けてくるのよ」
いいタイミングだった。
砕けた居酒屋みたいな店に似つかわしくない黒スーツに黒サングラスの男が三人入ってくる。
「…ランディはいるか?」
「来たわ」
「用心棒の出番かな」
返事を聞く前に椅子を立つ。
「…いらっしゃい。何か注文してくださいや」
「…何だ貴様は?」
「用心棒です」
「用心棒だぁ?クロサワ映画か?」
ひゅー、と似合わぬ口笛を吹くシン。
「渋い映画をご存じで。日本人として感謝します」
「ジャップがここで何してる?国に帰ってゲーム機とステレオでも作ってろ」
少し考えているシン。
「…出来ればそうしたいんですが、生憎こちらも食うためには働かないと」
「いいから失せろ」
「そういう訳には行きません。ランディはとっくに帰ってます。ご注文が無いならお引き取りを」
本当はランディはそこに酔いつぶれているんだが。




