祭りの夜(虹色幻想13)
鮮やかな向日葵の模様だった。夜空にその黄色はよく映えた。
今日は祭りだ。沢山の人がこの河原に集まり、屋台を楽しんでいる。たこ焼き、カキ氷、水あめ、くじ引き、焼き鳥。さまざまな屋台がところ狭しと並んでいる。もうすぐ花火の時間のため、人はますます多くなっていった。
「あれ?どこに行ったのかな?」
トイレから出てきた由香は人ごみに目を凝らした。彼がいない。
「もう!どこに行ったのよ。これじゃあ、探せないじゃない!」
由香は巾着を振り回して怒った。人ごみの多さにゲンナリする。するとその人ごみを掻き分けて彼がやって来た。
「ごめん!」
「もう!どうしようかと思ったんだからね!」
由香は彼に向かって拗ねた。彼、知己は手にカキ氷を持っていた。どうやらこれを買いに行ったらしい。
「はい。これで機嫌なおして」
知己は由香にカキ氷を渡した。イチゴ味のカキ氷。由香の好きな味だ。
「しょうがないなあ、もう」
由香はカキ氷を受け取り、口にほお張る。甘く優しいイチゴの味が口の中に広がった。由香は知己に腕をからめた。
「ありがと」
由香はそう言うと知己に向かって笑った。知己も笑った。ほの暗い夜に知己の笑顔が霞んで見えた。
「もうすぐ花火が始まるよ。見に行こうよ」
「お前、花火好きだよな」
「うん。花火も縁日も青い空も黒い空も、いつもの日常も大好きだった。こんな暑い夜はね、庭で涼むの。秋には虫の音を聞いたわ」
由香は遠くを見つめて悲しそうに言った。由香は知己に絡めた腕にぎゅっと力を入れた。
「全部、大好き」
「うん、俺も」
知己は由香の頭を撫でた。愛おしく、優しく。由香は心地よくて目を閉じた。
「なあ、俺にも少し食わして」
知己が口を開けてカキ氷をせがんだ。
「はい」
由香は知己の口にカキ氷を入れた。冷たさが気持ちいい、と知己は笑った。
由香もカキ氷を口にはこんだ。
二人は寄り添い歩いていった。
二人は私立和泉高等学校の三年生だった。二人の出会いは二年前のこの祭りだった。迷子になった由香は、クラスメイトの知己に出会った。
「一人なのか?」
「友達とはぐれちゃって…」
由香は眉をひそめた。知己とは話したことがなかったから、戸惑った。
「…俺も友達とはぐれたんだ」
「そうなんだ」
「…一緒にまわらないか?」
知己は恐る恐る口にした。由香の様子を窺う。
「…うん。いいよ」
一緒に楽しもう、と由香は笑った。知己もホッとして笑った。
それが出会いだった。それから二人はクラスでも会話を交わすようになり、仲良くなった。
あれから二年が経った。二人は同じ大学を受験すると決めていた。高校生活もあと半年になっていた。
「水あめ食べたい!」
由香はカキ氷を食べ終わると、次のものを探した。
知己をひっぱり、水あめの前に来る。由香は杏を選んだ。赤く丸い果実が水あめに包まれている。そのすっぱさが由香は好きだった。
知己はすっぱいのがあまり好きではなかった。由香の嬉しそうな顔に、少し顔をゆがめた。
「よく食べるな」
呆れた声で由香を見る。由香はその大きな杏をおいしそうに食べている。
「おいしいよ」
知己を見て言う。由香の口の周りが少し赤くなっていた。知己は笑って由香の口を指で拭った。赤い汁が知己の指についた。
「子供みてぇ」
由香は嬉しそうだった。知己と手を繋ぎ、弾んだように歩いていた。下駄がカラコロと鳴った。
「お母さん!お姉ちゃんがいるよ!」
祭りの人ごみの中、一人の少女が声を荒げた。一生懸命に指を差し、母親に向かって話している。母親は指の先を見つめた。
「ほら、あそこ!向日葵の浴衣を着てる!」
せわしない人の中を探すのは困難だ。
だが、母親は見つけた。
「ああ、本当。由香だわ」
手を口に当て、嗚咽をこらえた。そばで父親も呆然と遠くを眺めている。
「もう一度あの子に会えるなんて」
母親は父親にすがりながら言った。
「夢のようだ」
父親も信じられない思いで答えた。
「幸せそうだね」
薫は姉、由香と同じ向日葵の模様の浴衣を着ていた。これは由香が作ってくれた浴衣なのだ。薫は由香に向かって叫んだ。
「お姉ちゃん!」
しかしその声は喧騒にまぎれ届くことはなかった。
由香は手に杏の水あめを持っていた。楽しそうな笑顔が人ごみに紛れ、見えなくなった。
三人はしばらくその場に立ちつくしていた。
遠くで花火の上がる音がした。
「お母さん、花火」
薫は母親を見上げて言った。
「綺麗ね」
遠くで小さな花が夜空に咲いていた。母親の目から一筋、涙が零れ落ちた。薫はその涙を見ないふりをして、花火を見た。
「お姉ちゃんも見たかな、この花火」
「きっと見たさ」
父親も花火を見ながら言った。
八月二十三日のお地蔵様参りの夜祭に行くと、その年または前年に亡くなった人に会えるという。