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シェへルティアの黒狼騎士  作者: 夏萌
第一章 ミクベクレンの森・前編
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4話 いつかその時までに

小説情報に「チート(?)」と「主人公ご都合主義」を追加しました。

苦手な方もいらっしゃると思うのでご注意下さい。


※後書きに補足を追加しました。

 



 小屋の外からの微かな物音を頭上の耳が捉え、ピクッと反応した。

 その数瞬のち扉がギィっと音を立てて開き、背中に大剣と弓、肩には背嚢をかけ、左手に縄で四肢を縛った鹿を持った男が入ってきた。


「お帰り、父さん」

 俺は出迎えの言葉をかけながら、慌てて卓上に広げていた紙や筆を背後に隠した。

「おう。ただいま、シオ」

 どうやら気づかれなかったようだ。

 手に持った書物をいかにも「見てるだけ」、を装いペラペラと飛ばし読みする。


「お前、またそれ見てるのか?」

 言外に四歳児がそんなものを「見て」何が楽しいのかと問う。

 記号のような文字やら変な模様やらが書かれた書物を古代語を知らない息子が「読む」のは無理で、「見ているだけ」だと思っているらしい。

 俺がそう振舞っているのだから、仕方がない。むしろ教わってもいない古代語を読める四歳児なんて、天才を通り越して気味の悪い子だと思われては困る。



 俺には前世の記憶がある。


 平凡な高校二年生・城戸翔平は幼馴染と車に轢かれることでその生涯を閉じた。……はずだった。


 彼には一つ普通の人間とは違うところがあった。幾つもの前世の記憶を持っていたこと。


 そして今世でも同じことが起こった。


 しかし、今回は俺ことシオに城戸翔平の記憶があるんじゃない。むしろ、城戸翔平の人生をシオとして引き継いでいる。そんな感覚だ。


 シオに生まれ変わって物心ついた時は死んだ直後から突然幼い姿になっていて戸惑った。知らない男が親しげに知らない言葉で話しかけるし、口は上手く回らないし、何よりちょっと憧れのケモミミとシッポが生えてるし!

 いや憧れてたのは触る方であって、生やしたいとか思ってたわけじゃない。自分にあっても全くもって俺得じゃない。

 まぁ…我ながら触り心地は中々だけど。


 周りの環境どころか自分の身体がファンタジーだったので、この世界が異世界だと気付くのに時間はかからなかった。

 理解したからといって簡単には受け入れられなかったんだけど。


 最初の半年間は文化の違いと子供の振りに慣れるのに必死だった。当時、既に二歳九ヶ月くらいで自由に行動できる年齢だったため、歩き回ったり父親にちょっかい出したりと子供らしく振舞っていた。

 弟の面倒を見ていたおかげで幼児の真似をするのは難しくなかったのだが、毎日この男子高校生には徒労としか思えない作業を続けるのは正直しんどかった。


 しかも、この家は森の中に建っており、かなり原始的な暮らしだ。

 文明的に発展した二十一世紀日本で暮らしていた身としては、どうしても不便に感じてしまう。

 森奥の生活水準としては仕方ないが、都市の文明レベルは一体どのくらいなのか気になるところだ。


 そんな暮らしを二年続け、現在四歳十ヶ月。

 流石に慣れてきて余裕も出来てきたおかげか、転生先のいい面を捉えられるようになった。


一つ目は魔法ありな世界だったこと。

 ぷちオタク・ぷち中二病な俺には興奮せずにはいられないワードだ!


 何より、これで強くなれる(・・・・・)。以前よりずっと。


 まぁその代わり魔物っていう地球にはなかった危険生物がいる世界なんだけど。



 二つ目はカリオ(父さん)が父さんだったこと。

 この父親との生活は大変なことも多い。しかし、文字を覚えられたのは父さんが丁寧に教えてくれたからだ。この父親は文明レベルの低い生活をおくってるわりには、文字の重要性を心得ているようだ。

 また地球の父親より十歳くらい年下な上若く見えるから、翔平の十七年間を合わせると「ちょっと歳の離れたお兄さん」、という感じだ。

 でも、不思議と言葉には出来ない繋がりを感じるのだ。

 地球の父親のことを忘れたわけではない。今でも親だと思っている。

 そして、同時にカリオ(父さん)も父親だと感じている。


 例え前世の記憶があって、その世界の次元が違っていて、血が繋がっていなくて(・・・・・・・・・・)もだ。




 父さんが荷物を置き、扉を閉めるため後ろを向いた隙に片手で本を持ちながら、もう一方の手で背中に隠した紙をポケットの中に突っ込んだ。


 焦りを隠すため話題を探していると、父さんが狩ってきた鹿が目に入った。

「今日の鹿はおっきいなぁ!当分は肉に困らないね」


「あぁ。でもあっても腐るだけだから、半分はラザの市場で売ることになるな」


「半分もあれば十分だよ。半分以上干し肉にするのも勿体無いし……て、父さんその鹿まだ生きてるの⁉︎血抜きしてないし……!早くしないと肉がまずくなるじゃんか‼︎」


 子供っぽく怒る(精神年齢が体に引っ張られるのか板についてきた)と父さんは床にゴロンと転がって

「父さんは往復三時間の樹液採取+夕ご飯調達で疲れちまったー。シオ君、後は宜しくー」

 と、四歳児に負けない子供っぽさで応答した。


 その程度の運動でへばる程(やわ)じゃないだろ、と思いつつ文句を言うぐらいなら自分でやるのが筋だと納得したので、従うことにした。

 そもそも俺にやらせるために生け捕りにしてきたに違いない。


「そういえばロロは?」

「自分の飯を調達しにいってる」

「ロロは手がかからなくていいよね…」

「ん?それは誰と比べてんの?」


 父さん。この家には二人(+一匹)しかいないんだぜ?




 * * *




 昏倒している鹿を麻布の上に乗せ、布に結びつけた紐を引っ張って、すぐ近くの川まで運んでいく。

 どうやらこの世界の人間は地球の人間よりも運動能力が高いらしい。ましてや、獣人の身体であればなおさらだ。

 体格の違いで引きずるかたちになるが、重さは然程苦にならない。


 麻布を小川の横に付け、懐からハチマキのような布を取り出した。


 横たえた鹿の潤んだ瞳は生気こそないものの、まだ生死を彷徨う状態であることを痛感させる。その視線から逃れるように布で鹿に目隠しをした。こうしないと、何だか手に力が入らないのだ。

 日本人的、というよりは二十一世紀的倫理観が抜けないからだろうか。


「全く…四歳児に血抜きなんてさせるとは……」

 今更なことを呟いてみる。


 四歳とちょっとぐらいの頃、野うさぎ相手に初めてこの作業をさせられた。

 内心泣きそうになりながら、父さんに言われた通りナイフを入れていくと、肉を切り裂く感触がナイフを通して手に伝わり、心臓をキュッと掴まれたような心地がした。


 そのまま捌き方まで教え始めたときは、この父親、頭おかしいんじゃないかと思った。


 おかげで今では鹿みたいな大きめの動物も扱えるようになったんだから、本当に何事も慣れだよなーと実感する。


 きっと父さんは早めのうちに森で暮らすために必要な最低限のことを教えておきたいのだ。

 自分がいつ死んでもおかしくない仕事をしている自覚があるから。


 最も、俺はあの人が死ぬところを全く想像できないけど。


 父さんの仕事はこの森から魔物を出さないこと。そして見つけ次第滅すること。


 森の奥深くに存在する魔境。そこは魔物が棲息し、また、魔物を生み出している暗黒地帯である。

 危険過ぎて誰も近寄らない、近寄ってはいけないため、どんな場所なのか正確に知っている者はいないらしい。


 父さんはそんな魔物と戦いながらの暮らしをしている。

 当然危険だが、最近では心配する方がバカらしい気がしてきた。“アレ”を見たらそう思わずにいられない。



 川に鹿の頭を浸し、水中で喉元を切ると、赤い筋が下流へと下っていく。


 ナイフを洗って鞘に戻し、手頃な石に腰を下ろした。


 さて、血が流れ終わるまで「魔法」の勉強だ。

 ポケットから先程隠した紙を取り出す。紙には書物と同じ、円形の陣の内外に法則に基づいて古代語が書かれている。所謂(いわゆる)魔法陣だ。


 この世界の魔術は魔力を収束させて錬成した「魔力光」で魔法陣を描き、術名を唱えることによって行使できる。

 勿論一朝一夕にできるものではないし、魔力光を安定して出せるようになるまでに時間もかかる。



 一旦鹿を川から引き上げ、ナイフで切り裂いた腹から臓物を取り出す。今度は鹿の全身を川に沈め、流されないように鹿の足に括り付けた縄の片側を大きめの岩に巻きつけておく。

 こうすることで自然の力が鹿をきれいに洗ってくれる。


 川で手を洗った後、水中に浸したままの右手を二回軽く握り、人差し指と中指だけ伸ばす。

 力を込めるのではなく、魔力を誘導するように指先に集める。すると人差し指と中指を中心に、シオ(オレ)の瞳と同じ金色の光が現れた。

 ここまではほぼ毎日行っているので慣れたものだ。


 紙を見ながら同じ模様を魔力光で描いていく。水の流れに逆らいながらなので中々難しい。


 なぜわざわざ水中でやっているのかというと、父さんに知られないようにするためだ。


 魔術を使うと魔力の残滓が辺りに散って、魔術を扱う者には気付かれてしまう。しかし、水中だと空気中に漏れる量が少ないため、魔術の行使を察知されにくいのだ。


 なんとか描き終わり、術名を唱える。


「【魔壁結界(ソーサリーシールド)】」


 魔術に大事なのはイメージ。川の中に透明な膜を作るイメージを頭に浮かべる。


 黄金の光が輝きを増していく。不思議と目を刺激しない柔らかい光だ。


 しかし、すぐに輝きは失せ、魔法陣も消失した。


 また失敗だ………


 今回挑戦したのは、その名の通り結界をはる基礎中の基礎の防御魔術だ。

 昨日までは「六面結界(スクエアシールド)」を練習していたのだが、全く魔法を発現できなかった。

 今日やっと下位魔術の「魔壁結界(ソーサリーシールド)」を発見し、実行してみたのだ。


 父さんの蔵書(まじゅつしょ)からこの魔術を見つけた時は、途中で失敗してしまうのは中級魔術だから当然だったのだ!、と安堵したのだが、結界はご覧の通りである。


 原因は何なのか。

 自分に才能がない?

 イメージの仕方が悪い?

 魔術書からだけのにわか知識では足りない?


 …分からない。

 分からないけど、諦められない。

 恐らく魔物に一番ダメージを与えられるのは、殴打でも斬撃でもなく「魔術」だ。

 ならば俺は魔術を極める必要がある。


 魔物を倒せないなら、アイツ(・・・)は倒せない。


 それはすなわち彼女を守れないというこだ。


 時が経つにつれ思い出した死の瞬間とこの世界を選んだ(・・・)記憶。

 そして、そのさらに前世(むかし)の記憶。


 絶対に一人にはしないと誓いながら、いつも守れなかった。守るすべがなかった。


 でも今は違う。アイツを倒すための力が、方法がある。


 それならば、俺はその力を手に入れなければならない。


 今度こそ、彼女を守りきるため、


 いつか再び出会える、その時までに。


本作の中では魔術と魔法の意味にちょっとした違いがあります。後々作中で説明します。


今の段階で十分四歳児離れしていますが、カリオはあんま気にしてません。シオも毒されてます(笑)

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