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シェへルティアの黒狼騎士  作者: 夏萌
第一章 ミクベクレンの森・前編
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閑話 ミル・ぺ・ティオル

 

 シェヘルティア王国北西に位置するミクベクレンの森で、カリオはいつも通りメリアの樹液の採取に出掛けていた。

 山小屋から歩いて一時間半。山小屋の付近でもメリアの森林は広がっているのにもかかわらず、森の手前まで出てくるのには訳がある。

 彼が目指しているメリアの樹はミクベクレンの森の中で一番大きく特別なものだ。

 この樹を精霊達は「母なる樹(マト・レーゴ)」と呼び、この樹の樹液(ミル・ぺ・ティオル)しか口につけない。


 普通魔境付近は複数の魔物狩人(ペラード)が地域を分割して管理している。

 一箇所の魔境だけでも二十から五十キロメートルに及び、とても一人では手に負えないからだ。

 しかし、ミクベクレンの森だけは別だった。東西に五十キロ、国境・ガザン山脈から南に十五キロ広がる魔境及びその周囲をカリオ一人で管理しているのだ。


 その例外を可能にしているのが「精霊」の存在である。

 カリオはこの森の精霊と契約することで魔境以南の霊的安定を図っている。あくまで安定であって魔物自体を攻撃するわけではないが、魔物の存在を不安定にさせる空間を生み出しているのだ。

 そして交換条件として基本的にその場を離れられない精霊達にメリアの樹液を提供する。


 精霊の力を借りれなければ、この地域に魔物狩人が三人は必要になる。

 魔境の広さと数に比べ魔物狩人の数は圧倒的に足りていない。

 週一回往復三時間の樹液採取で魔物狩人二人分を賄えるのは大きいことなのだ。


 そういった理由で今日は明日届ける分の樹液採取にオオカミのロロと来ていた。

 まさかメリアの樹液ではなく赤ん坊を持ち帰ることになるとは想像の埒外であった。



「母なる樹」が見えた辺りでロロがカリオより早く何かに気付き駆けていった。

 ロロに続いて樹の(うろ)を覗くと、そこには白布に包まれ寝息を立てているオオカミの赤子の姿があった。


 跪いて呼吸や心拍の確認を行い、問題ないと分かって胸を撫で下ろした。すぐにこういった行動を取れるところに彼の性格が表れている。

 最初はオオカミだと思ったが、布に包まれていたこと、そして何より膨大な魔力を感じることからカリオは悟った。

 この子は獣人の子だ。それも、かなり“純血統”に近い。


 動物は魔力を一切保有していない。虫も同じだ。魔力を有するのは魔物、人間、そして獣人だけである。


 獣の姿でありながら魔力を保有している例外は純血統の獣人、もしくはそれにかなり近い血筋の者だけだとカリオは知っていた。

 そして、この赤子が二年後には人間に耳と尻尾が生えた普通の獣人の姿に、五年後には人間と同じ姿になることも。


 何故一般の獣人以上に人間の姿に近づくのか、それは獣人の誕生に由来するのだか……またそれはどこかで………



(まさか…まさか本当にこの子は……?)


 かがみ込んだ状態で思考を巡らせていたが、しばらくして赤ん坊をこのままにしておくわけにはいかないと気付いた。

 今の所異常はなさそうだし(他の人間から見ればよっぽど異常だが)、一目でそこそこ上等だと分かる白布はしっかり外気を防いでいるが、いつからここに置かれていたか分からない以上グスグスしてはいられない。


 状況から考えてわざとここに置かれたのは間違いないだろう。

 周囲を探っても人の気配は感じられない(・・・・・・)

 赤子の親が戻ってくるの期待するのは馬鹿げているし、赤ん坊を置き去りにするのも考えられない。


 何より、ある一つの可能性を捨てられないのだ。


 カリオは赤子を抱えてスッと立ち上がるとロロに目線で合図して元来た道を引き返し始めた。

 

 発見してから10分も経っていない。赤子と自分の運命を選択するのには拙速とも言える時間。

 しかし、人は常に運命を選択し続け生きており、必ずしもその時間が十分に与えられているわけではない。一瞬の判断で運命が分かれることは幾度となくある。


 そしてカリオは思うのだ。どれだけ時間をかけて悩み、考えても、自分は同じ道を選ぶだろう、と。



 隣を歩くロロには主の考えはわからなかったが、表情から並々ならぬ決意を感じとっていた。

 もっともカリオは本来の目的であるメリアの樹液の採取を忘れるくらいには動揺していたのだが。




 しばらく歩いてから、やっと赤子が目を覚ました。

 さっき確認したところこの子は男の子のようだ。

 カリオは歩きながら話しかける。

「お前、もう名前はあるのかねぇ?まぁあっても俺には分からんのだけど」

 勿論答えを期待した問いではなかったが……


「………しょ……お…」


 カリオは正直ギョッとした。

 産まれて間も無いのに言葉を発せる訳がない。しかし、今のは確かに自分の腕の中から聞こえてきた。


「………お前は本当に不思議な子だな」


 この子にはきっと、これからたくさんの苦難が待ち受けているだろう。この子に流れるのは「そういう血」だ。

 そして、自分もこの子の運命に左右される道を選んでしまったんだろう。


 それでも、この選択は間違いじゃない。不思議とそんな確信があった。

 精霊の言葉を借りるなら、この子は自分にとって『森からの贈り物(ミル・ぺ・ティオル)』なのだ。



「俺の息子になってくれるかい?…『シオ』」


 オオカミの赤子は微かに目を細め、微笑んだようにみえた。


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