2話 前世
※12月26日に一部改稿しました。
「ショウ。私もう食べ終わるし代わろうか?」
弟に夕飯を食べさせていて、自分の箸が進んでいない俺に絵梨が提案してくれる。
「いや、そこまでしてもらったら悪いし…」
「気にしないでよ。私も温かいうちに食べて欲しいし」
そう言って夕御飯を食べ終えると、自分の椅子を弟の椅子の隣につけて俺の代わりに食べさせ始める。
そんな二人の様子を眺めながら、結婚したらこんな感じなのか……と考えていた。
あっダメだ。調子乗りましたすいません。
自分で自分の顔を殴る。
「ど、どうしたの⁉︎」
「気にするななんでもない」
殴った弾みか今日授業中にみた夢のことを思い出した。
「そういえば今日また思い出したんだよ。前世」
「え!ほんと?聞かせて聞かせて!」
今のは別に絵梨の気を引くための嘘でも、中二病による妄想でもない。
俺には前世の記憶がある。その人生のすべてが思い出せるわけじゃないが、幾つかの人生を歩んできた記憶がある。
江戸時代の商人の息子だった時もあれば、フランス革命期の二児の母の農民だったり、ローマ時代の騎士だったこともある。
俺は今日みた夢とそこから思い出した当時の記憶を掻い摘んで話した。
絵梨は俺が前世の記憶を持っていることを否定せず聞いてくれる。普通なら引くのに変わらず接してくれる。
こういうところなんだろうな、と思う。
それから一緒にテレビを見たりしていると八時半くらいになった。
「じゃあ、今日もありがとな!」
「いえいえ。じゃあまたね。おやすみ!」
そう言って玄関を出て行く。弟は俺のズボンの裾を掴みながら絵梨にバイバイ、と可愛らしく手を振る。
その時、絵梨は何故気付けなかったのか、何故その音が聞こえなかったのか分からない。俺には聞こえたその音が。
いや、丁度頭を抱えてフラついた瞬間だったからだ。
門扉を開けて道路に出た瞬間フラついた絵梨をものすごいスピードで走ってくる自動車が跳ね飛ばす、その一瞬。
俺は絵梨の体を包み込むように抱き締めながら、一緒に投げ飛ばされた。
ああ…イタイ全身がイタイ
呼吸が上手くできない。
冷たい道路に横たわりながら隣にいる絵梨を見る。頭から大量の血が流れている。
なんとか手を動かし頬に触れると、冷んやりとした感触が手に伝わる。
嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ
………俺は 守れなかったのか?
段々と視界がぼやけていくと同時に絵梨の体が闇に飲まれていく錯覚を起こす。
いや、これは錯覚だろうか?
闇が絵梨の全身を包み込み、最後に左手を飲み込む瞬間、俺は絵梨の手を掴んだ。
俺の右手を闇が侵食していく。
それでも絶対に離すわけににはいかない。
絶対に絵梨を一人にしない。
前世で何度も誓ったんだ。
「にぃ…ちゃ…」
遠くで弟の声が聞こえる。
ごめん…な……
俺の全身を闇が飲み込んだ。
○×△新聞
昨夜午後八時半頃、⚫︎⚫︎県××市▲△町のーーーーーー翔平君と戸ケ崎絵梨さんの死亡が確認された。
目撃者の証言によると翔平君は絵梨さんを庇うように横たわっており、二人のすぐ側では翔平君の弟(二歳)がずっとお兄さんを呼び続けていたそうである。
* * *
木の香りの強い山小屋で四、五歳の少年が複雑な模様の描かれた書物を読んでいた。
少年の頭の側面に耳はなく、その代わり頭上にはフサフサした毛で覆われた三角耳がついている。
白い肌とは対照的な濡れ羽色の髪と金の瞳。獣人特有の端正な顔立ちは、将来誰もが振り向く美形になることを容易に想像させる。
ピクッと片方の耳が動いた数秒後、小屋の扉が開き、三十過ぎの男が入ってくる。
少年とは対照的な焼けた肌に掘りの深い顔立ち。背中には大剣と短弓を携えている。
「お帰り、父さん」
「おう。ただいま、シオ」
※弟の食事について訂正しました。