1話 夢
※弟の年齢を変更しました。
焼け野原の戦場で馬に跨った青年を先頭に勝者が行進する。
俺はその青年の隣で騎乗している馬の頭を撫でている。
ふと青年がこちらを見て「叔父上」と呼びかけて……
……しょう…
…しょうへ……
「しょうへい!」
目を開けると幼馴染の女の子が俺を見つめ…
……てるわけもなく隣の席の男子が呆れた顔で唐揚げを口に運んでいた。
「お前何授業中に堂々と弁当食ってんの?」
「そっくりそのまま寝てたお前に返すわ。もう昼休みだアホ」
まじかー。二時限目ぐらいから意識ないんだけど。休み時間すっ飛ばして寝こけていたらしい。よく先生にバレなかったな………
てか誰も起こしてくれなかったのか。いや、俺が悪いんだけど。
「まぁ起こしてくれてサンキュ。昼飯抜きになるとこだった」
そう言いながら机の上に弁当を広げる。
「おー。昨日夜遅かったのか?」
「あぁ…なんか弟がさ、最近怖い夢見るって夜中に泣くんだよ」
思わずため息がもれる。
「弟って2歳くらいだっけ?」
「そうそう」
弟とは十五歳離れている。ここまで離れていると普通に可愛い。ただここ数日夜に起きては泣き出すため寝不足なのだ。
両親があやしても泣き止まず、俺が現れると服を引っ掴んでなかなか離さない。
まだ拙い言葉を要約すると俺が弟を置いて一人暗闇に溶けて消えてしまう、という夢を見たらしい。
両親は申し訳なさそうにしていたが、泣き出してもすぐ対応できるよう当分弟は俺の部屋で寝ることになった。
結局は“俺が側にいる”と安心しないと泣き止まないのでそれに文句はないのだが、泣き声に起こされて寝不足というのには滅入ってしまう。
「愛されてんなぁ……」
俺がいなくなって泣くことを言っているのだろう。
「まぁ、学校帰ってから父さん帰ってくるまでずっと面倒見てて嫌われてたらショックだ」
「平日はほぼ毎日そうなんだろ?お前って本当いい子過ぎるわ…‼︎」
竜士はそう言うとわざとらしく涙を拭く真似をする。
両親は共働きで俺が帰ってくると母さんが仕事に行き、八時から九時ぐらいに父さんが帰ってくる。その間俺が弟の面倒を見ないといけないため部活には入ってないし友達と下校中に寄り道なんてことも出来ない。
不満がないわけじゃない。面倒だし弟にイラつくことだってある。でも、そのかわりお小遣いは多めに貰ってるし、目の届くところにいれば漫画とかアニメを気兼ねなく見れるし悪いことばっかじゃない。
それに、
「いや、半分くらいは下心もあるし?」
廊下で話している黒髪ショートの後ろ姿をこっそり指差す。
「ん〜?戸ケ崎さん?」
そう。冒頭のは何も俺のただのイタイ妄想ではない。(現実でもないけど)隣の家に住む、つまり幼馴染という存在が俺にはいるのだ。
名前は戸ケ崎絵梨。隣のクラスで結構可愛いと評判のバレー部のエース。
ハイスペック過ぎて俺と釣り合わん所が欠点である。
「でもなんで戸ケ崎さんが関係あんの?」
「フッフッフ…聞いて驚くな!実は高二になってから週二で夕飯を作りに来てくれている‼︎」
「はぁ⁉︎」
竜士が大声を出すため皆からの視線を集めてしまう。
二人して何でもない、と顔の前で手を振るとしだいに元の空気に戻っていった。
「お前声大きいよ…」
「いやだって、マジで?」
「マジです」
絵梨のお婆さんの体調が悪くなり、母親が様子を見に行くことが多くなったのがきっかけだった。
最初は親の冗談だったらしいが、絵梨が意外にもあっさり承諾し、両親が留守の時だけ夕御飯を一緒に食べることになったのだ。
絵梨曰く「一人のご飯は味気ない」らしい。
「まぁ、そんなわけで俺はイクメンアピールにより着々と好感度を高めている際中だ」
「それ方向性間違ってないか…?」
それから竜士は一呼吸置くと真剣な顔で俺に問う。
「で、進展は?」
フッと微笑しながら答える。
「ない……」
竜士が呆れたように半眼で俺を見る。
だって、だってさ…
「考えてもみろよ!まず前提として俺とあいつの格差が激しすぎる。第二に弟がいる。子供とは恐ろしい生き物だぞ竜士。見事にバットタイミングで泣き出したりなんか溢したり壊したりするんだ!」
結論。いい雰囲気になんかなりません。
「でもそうやってヘタレてるとすぐに誰かにかっさらわれるぞ」
竜士がそう言うのと同時にチャイムが鳴った。
この時の俺は竜士の言葉がある意味で本当になるとは思っていなかった。