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第2話その3

「いやぁ、すまんな」

 直後、大きな笑い声が響き渡り、エントランス中の注目を一時的に浴びた。

 振り上げられた太い右腕が俺の肩を力強く叩く。

 メタボ腹が少し気になりだした五十手前の彼の名は龍野隆二。我が父である。

 母がいなくなった後、男手一つで俺と姉を育ててくれた。その点については感謝している。

 だが、豪快な笑い声を上げて肩を叩くのは正直やめてほしい。

 しかし、言ってもあまり聞かない人なので、最近諦めかけている。

 書類を手渡し、ヒリヒリと痛みが走る肩を擦りながら、

「んじゃ、俺行くわ」

 と一言言って出入口へと踵を返す。

 すると父は、ちょっと待てと呼び止めてきた。

「なに? まだなんか用が?」

「いや、そのだな……」

 頬をポリポリと掻きながら何か照れているような表情をしている。

「お前の部屋にあった『洋モノ』のセクシービデオ。あれは良かった。女優さんが結構好みで気に入ったぞ」

「ななななな、何、言ってんだよ! 場所をわきまえろよ!!」

 顔から火が出そうだった。

 まさか姉だけでなく父親にまでセクシーグッズの在処が知られているとは……。

 今度は金庫にでもしまっておかないといけないのかもしれない。無論、複雑なパスワードを設定して。

「あ、言いたいことはそれだけだから帰っていいぞ」

 そう言うと、また大声でガハハと笑った。このエロオヤジめ……。

 俺は羞恥心に支配されながら会社を後にした。


 ――――――翌週。


 俺、江口、氷室はだいたい三人一緒に登校している。

 最寄りのバス停からバスに乗って学校付近のバス停に到着。

 すぐに、学校を目指す人混みが見えた。俺達三人もその一部になって歩く。

「ありがとう我が親友よ! お返しに熱いキッスを……」

 抱擁とともに尖った唇が向けられる。

 姉の特製写真集をプレゼントした途端これである。

 セリフは違えど江口のほぼ予想通りのリアクションに俺はドン引きするしかなかった。

「やめてください、消化される前の朝食が飛び出してきそうです」

「シスコンだけでは飽きたらず、男同士まで……欲張りさんだな、お前は。次はどんな属性をつけるんだ?」

 氷室が文庫本のページを片手で器用に捲りながら言った。

「いやいや、シスコンじゃないし男好きでもねーから!」

「公園のベンチに座る、水色のつなぎを着たいい男にホイホイとついて行くところを目撃したのだが?」

「根も葉もない事実を勝手に捏造するんじゃァない!」

 などと漫才のようなやりとりが暫く続いた。

 そして十分弱で校門に辿り着いた時、がやがやと声が聞こえてきた。

「騒がしいな」

 進んでいくに連れて声が大きくなっていき、人だかりができているのが見えた。

 その位置には確か掲示板が設置されているはずだ。

「ゴメン、ちょっと通して」

 何故か刺さるような周囲の視線を感じながら、人混みの中をかき分けて掲示物を確かめる。

「なんだよ? これ……ッ」

 唖然とした次の瞬間、俺は江口と氷室を置いて走った。

「あ、おい――」

 と江口の声が背中越しに聞こえたような気がした。

 向かった先は三年生の教室。姉のクラスだ。

 扉を力強く開け、ずかずかと歩み寄りながら、クラスメイトと談笑する姉の腕を引っ張り、教室の外へ連れ出す。

「あら、りゅー君ったら強引なんだから。でも、嫌いじゃないよ」

 何事かほざいているようだが、それを無視して歩を進める。

 そして校舎の屋上へとやって来た。始業前の今なら周りを気にすることなく話ができると判断して移動したのだ。

 俺は姉に問い質す。

「姉さん、どういうことだよ、掲示板のあれは!?」

「あ、りゅー君、ポスター見てくれたんだ」

 姉は満面の笑みで言った。

「見てくれたんだ、じゃねーよ! 本人の許可無しにあんなこと決めやがって!」

「えー、でも、言ったところで、りゅー君OKしてくれないでしょ? だから勝手に決めちゃった☆」

 渾身のてへぺろ顔が無性に腹が立つ。もう殴ってしまいたい。

 ポスターの内容はこうだ。

『第一回・女神祭

 龍野美月VS麒嶋麟子 炎の頂上決戦!

 大切なもの(龍野流斗・一日イチャイチャ権)を賭けて、今、二人は激突する!』

 というような文言と共に、並び立つ姉と先輩の背後に猛々しい龍と虎のイラストが描かれていた。

 刺さるような視線はこれが原因のようだ。

 第一回、ということは第二回があるということだろうか?

 いや、重要なのはそれじゃなくて、

「俺を賭けるとか誰得だよ!? 勝っても得するの姉さんだけだよね? しかも麒嶋先輩まで巻き込んで……」

「でも、この企画考えたの麟子だよ」

 一瞬、思考が停止した。

「え? それって、どういう……」

「それは私が説明しよう」

 振り返ると、こちらに歩み寄ってくるひとつの人影が見えた。

「先輩」

「二人が教室から出て行くのを見かけたのでね。何事かと思って追ってきたんだ」

 歩みが止まった。組んだ腕が豊かな胸をさらに強調している。

「先輩。先輩が企画を考えたって本当ですか?」

 俺の問いに先輩は、ああと言って頷いた。

「いったい、何故……」

「分かりやすく言うとだな」

 ずいと近づけられる美しい顔。艶っぽい笑みにドキリと鼓動が高鳴る。

 そして、まさかの言葉が放たれる。

「君が愛おしい」

「へ?」

 心の中で望みこそすれ、そんなことは現実で起こりえないと思っていた。

 予想外の展開過ぎて脳の情報処理能力が追いつかない。

 何だこれ。なんだこれ。ナンダコレ。

「君を見つめていたい。君と触れ合いたい。君の子供が欲しい」

 俺の顎に先輩の手が添えられる。

 そして先輩の柔らかそうな唇が徐々に近づき……、

「スト――――――ップ!!」

 絶叫が鼓膜に強烈に響き、我に返る。

 唇と唇が触れるまであと数ミリのところで姉が間に割って入ってきた。ちょっと惜しいと思った。

「麟子、そういうことは勝負に勝ってからだよ」

「ああ、そうだったな。すまない」

「い、愛おしいって……ほとんど面識がないのにいきなりそんな……」

 会話をしたのだって先週が初めてなのだ。そんな相手に愛の告白とは。

 疑問に先輩は答える。ふぅ、と息をひとつ吐いて、

「その様子だと、やはり覚えていないようだね」

「覚えていない、とは?」

「君と私は会ったことがあるんだよ。十年ほど前の、とある町の夏祭りでね」

 その言葉に呼応するかのように、いくつものキーワードが浮かび上がり、俺の脳内を駆け巡る。

 十年前……夏祭り……ぶらつく……。

 出会う……迷子……花柄の浴衣……女の子……。

 泣いている……手を繋ぐ……遊ぶ……。

 名前……。

『俺、流斗。よろしく!』

『わ、私は……麟子……』

 麟子……麒嶋麟子………………!

 先輩に、あの子の面影が重なって見える。

 この時。先輩を見て感じる懐かしさ、生徒会室で見た微かな悲しみの表情の意味を、やっと理解した。

「先輩が、あの夏祭りの時の女の子……?」

「そう。君が手を差し伸べた、親とはぐれて泣きべそをかいていた少女は、この私だ」

 今の今まで忘れていた。

 俺は偶然にも、この学校で思い出の人物と再会を果たしていたのだ。

 先輩は話を続ける。

「君からすれば、ほんの些細な優しさだったかもしれない。しかし、あれ以来、私の中で君の存在が大きくなっていった。一目惚れというやつだ。その想いを抱いたまま、気がつけば十年という月日が経っていた。この学校で美月と出会って、君の話を訊いた時、運命を感じずにはいられなかったよ。これは神様が与えてくれた奇跡だってね。思わず拳を天高く突き上げて喜びの声を叫びたくなったよ」

「それで麟子と『どちらがりゅー君のことをより好きか』で話が盛り上がって、いつの間にか今回のイベント開催が決定したってわけ」

 と姉が言った。

「な、なるほど」

 そして、先輩と姉は睨み合う。対戦直前の格闘家のように。

「美月……全力でぶつかっていこう。お互いの『流斗愛』にかけて!」

「望むところよ、麟子!」

 本人の意志を無視して盛り上がる二人。

 彼女達の闘志が燃え盛る炎となって周囲を照らす様子を俺は幻視した。

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