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第2話その2

 玄関からリビングの扉越しに微かに話し声が聞こえる。姉と来客が話しているであろう声だ。その二つの声を耳に挟みながら、俺は短い思考の末に結論を出した。

「江口にでもプレゼントするか」

 姉ファンの彼なら、きっと喜んでくれるに違いない。


『こんな良いモン貰って……ほ、本当にいいのか?』

『いいって、いいって。俺が持っててもしょうがないし』

 瞬間、江口は獣の咆哮の如く絶叫し、目から大瀑布さながらの涙が流れた。

『ありがとう、持つべきものは親友だ! お礼に濃厚なキッスをしてあげよう』

 そう言って江口は尖った唇を近づけてくる。

 冗談のつもりでやっている(と信じたい)のだろうが、正直気持ち悪い。

『やめてください、胃の内容物が全て逆流しそうです』


 そんなやりとりを想像して思わず苦笑した。

 と、写真集の行き先が決まったところでリビングの扉が開いた。

 現れたのは、戻ってきた姉と、もう一人。

 ヨーロッパの絵画や彫刻のような精緻な顔立ち。陶磁器を思わせる白くすべすべした肌。スカートの下からスラリと伸びた股下100センチメートルはあろうかという長い脚。そして、流星の如く輝く長い銀色の髪。

 姉と共に校内の『女神』と称される八頭身の美女の姿がそこにあった。

「やぁ、こんにちは」

 彼女は右手を肩のあたりまで上げて軽く挨拶をしている。麒嶋先輩だ。

 予想外の人物の登場に俺は面食らい、変な誤解を生まぬように慌てて写真集を隠した。

「先輩!? どうしてウチに?」

「友人の家に遊びに来ただけで驚くことはないだろ?」

「あ、そうか」

 と俺はポツリと呟く。

 先輩の言葉で、先輩と姉が今年度からクラスメイトになったのを思い出した。

 だから彼女がこうして我が家を訪問することも何ら不思議ではないと納得した。

「ささ、立ち話もなんだし座って座って」

 姉が先輩を席へと誘導する。俺も椅子に腰を下ろした。

 キッチンへと移動した姉は人数分のインスタントコーヒーを手早く入れ、自信作だという手作りクッキーと一緒にテーブルに並べた。カップから湯気と一緒に立ち昇る香ばしい匂いが嗅覚を刺激する。

 コーヒーを一口飲んでから先輩が口を開いた。

「あれから調子はどうだい?」

「はい、おかげさまでこの通りバッチリ回復しましたよ」

 言いながら俺はファイティングポーズをしてみせた。

 一昨日、生徒会室で倒れたあの日。

 下校後、念の為に病院で診てもらった。診察してくれたのが結構なお年のご老体の医師で、体がプルプルと震えていたので多少心配したが腕は確かなようだった。診断結果は先輩が言っていた通りただの風邪で、その日は帰宅後、処方された薬を飲んでグッスリと寝た。

「それは良かった」

 先輩の口から奏でられるハスキーボイスが実に心地良い。口角は緩やかに上がり、ローズアメジスト色の瞳は優しい視線をこちらに向けている。言い過ぎかもしれないが、俺にはその笑顔がとても神々しく感じられた。なんだか、このまま恋に落ちてしまいそうだ。

 いや……この感情は胸の奥にしまいこんでおくことにしよう。

 俺みたいな凡人が、先輩のような校内で一二を争う人気の美人と釣り合うわけがない。身の程をわきまえなければ。

 などと思考の世界に没入していた意識を現実に戻すと、いつの間にか姉と先輩とで会話が始まっていた。

 先月オープンした喫茶店のパンケーキが旨いに始まり、その店の禿頭巨漢のマスターが実は元傭兵だという噂だとか、禿頭といえば、ウチの学校の校長が公衆の面前でカツラがバレて涙目だったとか、泣けると評判の映画を観に行ったが大したことなかった等、二人の間で会話は盛り上がっていく。

 この楽しそうな雰囲気に邪魔をしては悪いと思い、俺は黙々とクッキーをリスのように噛る。サクサクと適度な硬さの食感と鼻から抜けていくミルクの風味がとても好みだ。そしてコーヒーを流し込む。

 十分か二十分くらい経っただろうか。別に俺がこの場に居続けなくてもいいんじゃないかと思い始めた頃。

 一本の電話が鳴った。私が出るね、と姉は言った。

「もしもし……はい、休日出勤ご苦労様です……え、そう…………分かったわ、すぐに行くから」

 そう言って受話器を置いた。電話の内容を尋ねると、

「パパが仕事で使う書類を忘れたから持ってきてくれって」

「それなら俺が届けるよ」

「そう? それじゃ、お願いね。書類はパパの部屋の机の上にあるから」

「分かった。先輩、ゆっくりしていってください」

 先輩の「そうさせてもらうよ」の声を聞いてからリビングを出た。

 父の部屋に入り、机の上にあるB5サイズの封筒を手に取る。

 書類が入っていることを確かめ、それを手に父の勤務先へと向かった。


「さて……」

 流斗が出かけるのを確認してから麟子は呟いた。

 両の肘をテーブルに置き、顔前で手を組む彼女は美月に向かって冷静な声を発する。

「彼もいなくなったことだし丁度いい。例の件について話をしようじゃないか」

 ええ、そうね、と美月は応じた。

「では……」

 麟子は一枚の紙をテーブルの上に置いた。太めの書体で『計画書』と書かれたそれを、こつんと指し示して言う。

「日程はこの前話した通り、中間テスト終了後でいいね?」

「うん、異存はないわ」

 美月は頷きを返した。

 続いて麟子の白い指がスライドし、計画書の中段部分、箇条書きされた項目で止まる。

「内容はこれでいこうと思う」

「三本勝負ね」

「予算の方は心配しなくていい。生徒会……ウチの会計が上手くやってくれる」

「え、私的なイベントなのに学校から予算なんて下りるの?」

「彼女の手に掛かればミサイルや戦車だって予算計上できるよ」

 麟子はニヤリと笑みを浮かべて言った。

 すぐに冗談だと理解したが、美月は若干引き気味に、

 ……それはさすがにマズイんじゃないかしら……

 と心の中でツッコミを入れた。

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