第2話その1
『ムッチリパラダイス』―――
程よい肉付きのセクシーなお姉さんがいっぱいのグラビアや、下ネタな話等が載っている、まぁ有り体に言えばエロ本である。
俺も一応、思春期真っ盛りであるので、この手の雑誌には大変お世話に……もとい、愛読しているのだが……。
ない、どこにもない。
秘蔵の「ムッチリパラダイス 20XX年八月号」がない!
その掲載内容があまりにも過激すぎる故、発売後数日で販売停止および回収騒ぎとなってしまったという伝説の号。現在ではネットオークションで相当なプレミア価格が付いているらしい。
とあるルートを通じて運よく手に入れることに成功したその雑誌を自室に隠しておいたというのに、いったい何処へいった。
隠しておいた物が隠した場所に存在しないというのは多少なりとも不安な気持ちになってしまう。それが如何わしい物で、誰かに見つかったらどうしようと考えるとなおさらだ。
少し焦り気味に部屋中を探る。
本棚にある百科事典に偽装したケース、ベッドの下、机の引き出しの二重底、その他いろいろ。思い当たる場所を調べてみたが見当たらない。
どうしたものかと唸っていると、ガチャリと扉の開く音が聞こえた。
振り向くと扉の隙間からこちらを覗く姿。姉だ。
姉は隙間から手を伸ばし、ちょっとこっちへ来てと手招きをした。言われるがまま彼女に着いて行く。
二階の自室から階段を降り、廊下を少し右に行く。やって来たのは一階のリビング。
テーブルに向かい合わせに腰掛けて数秒の沈黙の後、姉が先に口を開いた。
「あのね、りゅー君……」
が、言いかけて途中でやめてしまった。
なんだろう、姉の様子がおかしい。
いつもなら俺に向けてくるはずなのに今は所在なさげに空中やテーブルを彷徨う視線。
少し体を捩らせたり、顔をほのかに紅潮させている。
何かを言いたいが恥ずかしくて言えない、そんな感じだ。
「なんだよ? ちゃんと言ってくれないと分からないぞ」
「あ、えっとね……」
意を決してゴソゴソと何かを取り出す姉。そして取り出されたものを目の当たりにした瞬間、俺の背筋はビクリと震えた。
「女の子に興味を持つのはいいんだけど、これはさすがにアブノーマルすぎるわよ……マヨネーズとサボテンでアレしちゃうとか」
アブノーマルな貴女には言われたくない、と俺は胸中で呟いた。っていうか俺にはマヨネーズとサボテンでアレする趣味はないぞ。
彼女の言葉から、どうやら中身を確認したということは分かった。
あの見覚えのある表紙、間違いない。姉が手にしているのはムッチリパラダイスだ。
だが、あれが俺の所有物であることが知られるのは、とても恥ずかしい。
「何それ? 俺そんなの知らないよ。江口が遊びに来た時に置いてったんじゃないかな?」
誤魔化そうとして出した声は、かなり上擦ってしまった。これでは怪しまれてしまうか。
「あ、そうなんだ。ごめんね、疑っちゃって」
「いや、気にしなくていいよ」
ハハハ、と乾いた笑いが出た。
姉から視線を外し、天井を見ながら思う。なんとか誤魔化せそうだ。そして江口すまん。
しかし安堵の時は、そう長くは続かなかった。
「じゃ、これは処分しとくね」
はい? 処分ですと……?
直後、鼓膜を刺激したのはバリバリというリズミカルな、だけど不穏な音。
まさかとは思ったが、しかし、それしか考えられず再び姉の方に視線を向ける。
決して認めたくはない現実がそこにあった。
なんてこった、ムッチリパラダイスがシュレッダーに掛けられているじゃないか。
A4用紙数十枚を一気に細断可能な、この紙の処刑台は慈悲なんぞ微塵も見せず、ただ俺の大切な青春の一部を喰らうことに終始している。
驚きで低く呻いたのも一瞬、俺は慌てて駆け寄り、姉を押しのけ、電源を切って機械を停止させた。
が、時すでに遅し。ダストボックスから取り出されたのはキャベツの千切りよりも細かく刻まれた紙片、さっきまでムッチリパラダイスだったものの成れの果てだ。野郎、いい仕事してやがる。
「あ、あ、あ」
どっと押し寄せてきた喪失感により、まともに声が出ない。
体が、いつの間にか小刻みに震えていた。
目に湛えられた体液は河川が決壊したかのように勢い良く流れ、頬を伝って床に落ちていく。
あぁ……人はエロ本一冊失うだけでこんなにも悲しくなるものなのか。
俺は振り向いて、
「な、なんてことをしてくれたんや~」
やっと絞り出した声は何故か関西弁になっていた。
「やっぱり、りゅー君のだったのね」
姉はふぅ……と、ため息を漏らした。どうやらお見通しだったらしい。
「お、俺のお宝本が……」
「でも大丈夫だよ! りゅー君のために、とっておきのものを用意したから!」
謎の自信に満ちた顔を見せる姉はビシッと親指を立てると、またもやゴソゴソと何かを取り出し始める。
はい、と言って渡してくれたのは一冊の本。
心を落ち着かせて涙を拭い、その表紙を見る。
瞬間、俺は驚きを隠せなかった。
それは……
「姉さん」
「なぁに?」
「どういうことですか? これは……」
「りゅー君の夜のお供にと思って一生懸命撮ったのよ」
それは姉のセクシーな姿が収められた写真集だった。
「はぁ!? なにそれ、実の姉をオカズにしろと?」
「え、しないの? 普通するよね? 私は毎晩りゅー君で……ウフフ……」
恍惚の表情を浮かべる姉。
「うわぁぁぁっ、なんか聞きたくない情報が耳に入った!」
両の手で耳を塞ぎ、頭を振りながら俺は叫んだ。
「りゅー君、大事に使ってね」
「使いません! 断じて! 使うわけがないッ!」
「もぅ素直じゃないな~」
「正直な気持ちだよ!」
ああだこうだと言い合いをしていると、来客を伝えるピンポーンという間の抜けた音が鳴った。
姉は、はぁいと答えて玄関に向かって行った。
数秒後、俺は、ため息をひとつ吐き、
「さて、どうしたものか」
手元にあるエロ本の処遇について考えを巡らせた。