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第1話その3

 あらゆる風景が夕焼けのオレンジ色に染まり、外では運動部員達の気合の入った声が響いている。

 時は放課後。

 何事も無く午後の授業を終え、俺は家路につくために一階の昇降口に来た。

 眼前には統率された兵士の如く綺麗な列を成している下駄箱群。

 その、廊下から向かって三番目。それが俺達のクラスが使用しているものだ。

 自分の下駄箱に向かい、蓋の取っ手に左手をかけた。

 少し錆びついた年代物がギィと鳴くような音を立てて、その口を開く。

 その直後、俺はすでに靴を取り出すために伸ばしていた右手を止めた。

「ん?」

 靴だけが入っていると思っていた中には、靴の他に見知らぬ封筒がそっと置かれていた。

 白地に猫のイラストがプリントされたその封筒を手に取り、まじまじと見つめてみる。

 宛名や差出人と思しき名前は一切書かれていない。

 ……一体、何なのだろう。

 まさかのラブレターなのか。そんな考えが一瞬脳裏をよぎったが、姉と違って生まれてこの方モテたことのない自分に、例え天地がひっくり返ろうともそれはないと脳内ですぐに否定された。

 では不幸の手紙や脅迫状の類はどうだろう。知らず知らずのうちに恨みを買っているならラブレターよりは可能性はあるか。

 まぁ、考えているだけでは何も始まらないので、さっさと中身を確認しよう。

 封を丁寧に開けた。中に入っていたのは一枚の紙だ。

 四つ折りになっているそれを広げてみると、武士が田んぼで合戦しているさまを双子の雲が眺めているかのような達筆な字で次のように書かれていた。

『放課後、生徒会室に来るべし!』

 書体の所為か、やけに強気な印象を受ける荒々しいメッセージだった。

 

 昇降口から歩いて数分。

 怪しいとは思ったが好奇心に負けて手紙の指示通りに生徒会室へとやって来てしまった。

 俺は出入口の引き戸を開けた。だが、

「失礼しま……あれ?」

 人のいる気配はないようだ。

 呼び出しておいて不在とは失礼だなと思いつつ、生徒会室の中へと足を踏み入れる。

 資料を保管している本棚、ホワイトボード、コの字型に配置された長机に椅子。

 部屋の中を見回してから少しして、

「やぁ、悪いね。ちょっと所用があって席を外していたんだ」

 背後からの凛とした声。振り返り、声の主を見た。

 プラチナブロンド……いや、色合い的には銀髪だろうか、艶やかな長髪を腰のあたりまで垂らした美女が目の前にいる。

 誰だったか、見覚えはあるが……。

「あなたは……?」

 問いかけると、何故か美女の顔に微かな悲しみの色が浮び、すぐに消えた。そして、ややあってから、

「そういえば直接顔を合わせるのは初めてかな。はじめまして、私は生徒会長の麒嶋麟子。君が龍野流斗君だね?」

 自分の名を確認する声に俺は、はいと頷いた。

 そうだ思い出した。入学式の在校生代表挨拶で彼女が壇上に立っていたっけ。

 本人が名乗った通り、彼女は三年生で生徒会長の麒嶋麟子先輩だ。

 確か日本人とどこか異国の人とのハーフだと聞いたことがある。あの銀髪はそういう血筋の影響なのだろう。

 日本人離れしたシャープな顔立ちが柔らかな微笑を浮かべている。

 こちらに向けられたローズアメジストのような淡い紫色の視線に、男として思わず心臓がドキリと高鳴った。ただ純粋に、綺麗な人だな、と。

 けど、なんだろう。入学式の時もそうだったのだが、彼女を見ると妙に懐かしさを感じる。

「あの、俺の下駄箱にあった手紙って……」

「私が出した物だよ。立ち話もなんだから座って話そうか。お茶くらいなら出すよ」

 右手に握られた二本の300mlサイズのペットボトル飲料をチラつかせながら、席に着くよう促す先輩。俺はペットボトルの一本を受け取ると適当に近くの席に腰を下ろし、先輩はその隣りに座った。

「君のことは美月からよく聞いているよ」

「姉を知っているんですか?」

「クラスメイトだからね。もっとも、今年度からだけど」

 先輩はお茶を一口流しこんで、

「彼女と話をする度に大抵『りゅー君がね、りゅー君がね』って、惚気……ではないか、君に関する事柄を熱く語ってくるもんだから、いやぁ参ったよ」

 少しの間だけ目を閉じて恐らくその時の場面を回想した後、フフッと笑った。

 俺は頭を掻きながら、

「すいません、なんか姉が迷惑をかけているみたいで」

「別に迷惑だなんて思っていないさ。ただ、羨ましいかなって」

「羨ましい?」

「私は一人っ子なんだ。兄弟姉妹と遊んだり喧嘩したりっていう経験が無い私にとって、それは一種の憧れのようなもので。まぁ、無い物ねだりってやつさ」

 隣の芝生は青い、ということか……?

 でも、実際はそんなにイイもんじゃないと思う。俺の場合は姉がブラコン過ぎるという特殊な事情故だが。

「さて、他愛のない世間話はこのくらいにして、そろそろ本題に入るとしようか」

 ふと、先輩が脚を組み直す。

 スカートから伸びる白く細長い脚。オーバーニーソックスに包まれたそれに、当然であるかの如く自分の視線が吸い寄せられるように動く。ハッとなり、俺の馬鹿と心の中で己を罵倒しながら慌てて目を逸らした。

「どうしたんだい? 顔が赤いよ」

 と、先輩は優しく声をかけてくれた。それに対して俺は、

「あ、いえ、何でもないです……どうぞ続けてください」

 貴女の脚、特に太腿を少しばかりいやらしい目で見てました、などと言える筈もない。

 生徒会室に美女と二人っきりというこの状況、今更ながら緊張してきた。気を紛らわせようとお茶を一気に半分くらいまで飲み干す。が、大した効果は無かった。

 なんだか思考が巡らない。汗も出てきている。

「そうか、では言わせてもらうよ」

 一呼吸置き、先輩の口から言葉が放たれる。

「私はき―――」

「…………」

 その瞬間に見た景色は何だかスローモーション映像のようにゆっくりで、ぼやけていた。ふらりと、浮遊感に包まれた身体が椅子から転がり落ちる。

 頭が重く、悪寒が走る。確信。不調は緊張によるものじゃない。

 今頃になって徹夜のツケを払うことになろうとは。朝の時点では何の症状もなかったから問題無いと思っていたのに、不覚だ。

 あー……世界がグルグル回る。

 俺は床に叩きつけられるように倒れた。

「おい、大丈夫か! しっかりするんだ!」

 先輩が何かを言っているようだが、意識が朦朧とした俺には内容までは認識できない。

 そして、テレビの電源が切れるかの如く、俺の意識はここで途切れた。

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