第3話その5
姉と江口をなんとか立ち直らせ、義姉が密かに隠し持っていた鍵で旧校舎内へ。警報装置も事前に義姉が解除させていたらしく、すんなりと入ることが出来た。
綺麗に管理されているとはいえ夜の旧校舎というのは、なにか背筋をゾクリとさせる雰囲気を持っている。
見取り図の赤い印に従って美術室にやって来た。
そこには数十年前に卒業した美術部員が制作したという“苦悶の表情を浮かべるボディービルダーと下卑た笑みの暗黒天使”の石膏像がある。
どういう意図を以って、この訳の分からない像が作られたのかは今は知ったことではないがが、それを決められた手順で動かす――動かすたびに変な声や音が鳴った――と、地下へと続く階段が姿を現した。
恐る恐る先へと進んでいく。
すると……、
「ぎゃぁぁぁぁぁぁ!」
床や壁から無数に伸びる鋭い槍に蜂の巣にされそうになったり。
「わぁぁぁぁぁ!」
突如として口を大きく開いた落とし穴に落ちかけたり。
「ぬもぁぁぁーーー!」
人一人分の幅の通路を勢い良く転がる大玉や得体の知れない生物群に追いかけられたりと、数々の罠が俺達を手厚く歓迎してくれたのだった。
どうやら日本のおもてなしの精神は、こんな辺鄙な地下世界にまで行き届いているらしい。これでは命がいくつあっても足らんぞ。
「はぁ……はぁ……なんだんだよ。ここ、ダンジョンかよ」
肩で息をする江口がボヤく。
「まるで考古学者かRPGの勇者の気分だね」
義姉が一言、感想を漏らす。
確かに、別の世界に迷い込んだような錯覚に襲われる。
疑問符が浮かぶ。この作品は命の危険が伴うようなお話であっただろうか。
否。ブラコンの姉を持つ主人公である俺の日常を描いたコメディのはずだ。だが今の状態は日常とは言い難い。作者は考え無しに何を書いているのだ、と。
「だけど、この異様さはすっごいお宝が眠ってる感じがするよな。ヌフフ、ワクワクしてきた! 先、進もうぜ」
一人テンションが高まる江口であった。
――いったい、この先に何が待ち構えているのだろう。
嫌な予感がする。不安に駆られながらも俺は皆と共に歩を進めた。
暫く歩いていると、怪物のレリーフが施された巨大な扉が見えてきた。
「なんだなんだ、トラップの次は悪魔召喚の神殿か?」
と江口はポツリと呟いた。
氷室がおもむろに扉に触れ、力を入れると、
「フンッ……ぬぐぅ……重いが全員でかかれば、なんとか開きそうだ。皆、手伝ってくれ」
彼の要求に応え、息を合わせて全員で扉に力を込める。
ゴリゴリと床の擦れる音が響き、扉がその中身を曝け出した。
「これは……」
江口の、悪魔召喚の神殿とかいう棘々しい予想に反して、その中は殺風景だった。
少々埃臭く、ねずみ色の壁に囲まれた空っぽの空間。
「え、ハズレ? ここまで来て?」
ポカンとした顔で江口が言った。
「いや、そうとも限らないんじゃないか。まずは怪しいものがないか調べ――」
義姉が言いかけた、直後。
――バタンッ!
「……ッ!?」
扉が勢い良く閉まった。
再び全員で力を合わせ扉を開けようと試みるがビクともしない。
「くっ、閉じ込められたか」
氷室が険しい表情で言った。
「キャーコワイ」
棒読み加減からして大して怖がっていない様子の言葉。
あれだけ注意したにもかかわらず、姉は俺に抱きついてきた。
「ぉわっ、姉さんくっつくなつっただろ!」
「コワイ、コワイわー………………ハァハァ、りゅー君の温もり……逞しいむ・な・い・たっ。ヌフフフフフ」
興奮の色を隠し切れない荒い息が耳に当たり、特大サイズのマシュマロの如き膨らみがグイグイと腕に押し付けられる。その小さな手は俺の胸を擦る。彼女の顔を見ると、だらしなく涎を垂らしていた。
蹴り飛ばすようにして姉を離すと、
「きゃっ、DV、DVだわ! でも何だろう……この高揚する感じ。はふぅ、りゅー君もう一発お願いします!」
彼女は涙目になったかと思うと、すぐに何かに目覚めた表情を浮かべ、尻を差し出した。
「やめろ気持ち悪いから」
そんな俺と姉のやり取りを気にすることなく氷室は思案顔で、
「突然、密室に閉じ込められる。となると次に来るのは……」
呟いていると、音が響いた。グゴゴ、と重苦しい音だ。
一同、その発生源を見上げる。
「やはりな、なんとベタな展開だ。だがここに来るまでに様々なトラップが仕掛けられていたから、ここにもその類の物があってもおかしくはないか。このままだと全員グシャリと……」
そこには徐々に下がってくる天井があった。
「言うとる場合かーッ! どど、どっかに脱出するための抜け穴とか無いのか? ベタなトラップならよぉー!」
狼狽した江口が声を張り上げた。皆で必死になって脱出のための手掛かりを探す。
天井が俺達の命を刈り取ろうと刻一刻と迫ってくる。
こんな閉鎖空間で、ただ黙って最期を迎えなければならないのか。
否、諦めてはいけない。
もう一度言う、この作品はコメディだ。だから、バッドエンドなんぞになってたまるか!
思いを強くし、俺も皆も床を丹念に調べる。
すると、
「あ、何かあったぞ!」
積もった埃を払いのけると、スイッチと思しき突起が見つかった。
「は、早く押せよ」
と江口が急かす。
「分かってるって。でも、これもトラップだったりして」
「だけど、このまま放っといてもペシャンコになるだけだぞ!」
「あ、ああ……」
生唾を飲み下し、俺はスイッチを押した。
沈黙する一同。
「………………」
「………………」
「………………」
「………………」ぷぅ
「………………」
轟音が、止んだ。天井はその動きを止めた。
安堵の溜息が漏れた。
そして、誰だ屁をこいた奴は。怒らないから名乗り出なさい。
「ふぅ……危機は回避された、かな?」
さすがに肝を冷やしたのか、義姉はその場にへたり込みながら言った。
そのようで、と俺は返し、ふと視線を壁に移す。
壁の一部が音を立てて開いた。
「行ってみよう」
先へと進むと、
「お、おお!? これは!」
江口が思わず歓喜の声を上げる。
ついに苦労が報われる時が来たようだ。
視線の先、祭壇に小さな箱が置かれていた。
「これって、もしかしてお宝?」
「伝説は本当だったのか」
ここまで来たかいがあったというものだ。
「これで億万長者だ、ヒャッハー!」
「いや、こういうものは然るべき所に届けなければならないんじゃないかな?」
義姉の指摘はもっともだ。勝手に持ち出せば罪に問われるかもしれない。
「そりゃぁ、そうっすけど……今、中身確かめるくらいならいいでしょ?」
「まぁ、そのくらいなら。私も気になるしね」
「ヘヘッ」
顔中を期待に染めた江口は早速、箱を開けた。
すると箱の中から光が漏れだして――
「……ん、あれ?」
一体どうしたというのだろう。記憶がぼやけてイマイチはっきりとしない。
気がつけば皆、旧校舎の前で倒れていた。
結局お宝は見つからなかった。完全な無駄足だった。
お宝なんて所詮は伝説なのだ。そんな物が存在するなら既に誰かが掘り当てて、新聞やテレビで取り上げられているはずだから。変な噂話に振り回されて時間を無駄にした事に後悔の念を禁じ得ない。
だが若干、楽しかったという思いも俺の胸の内にはあり、今回の出来事は記憶の片隅に残るだろう。
ふとケータイの待受けを見ると、深夜二時を過ぎていた。さすがに未成年がこんな時間に外を出歩いていてはマズイ。
俺達は、そそくさと帰路に就いた。
突然ですが、今回で一旦終了とさせて頂きます。
ご覧の通りの無茶苦茶なネタと文章を作り直して「ブラコン姉☆暴走中!改(仮)」として再開する予定(という名の未定)です。
ここまでご愛読頂き有難う御座いました。
そして、駄文過ぎてごめんなさい。