第3話その4
更に翌日。
外はすっかり夜闇に包まれていた。
街灯の光だけが微かに校舎の存在を浮かび上がらせている。
周囲に人の気配は無く、時折、何かの虫の音と車の走行音がする以外は不気味な程に静かだ。
そんな夜の学校に俺達は約束通り集合したわけだが……。
「なんで姉さん達がいるわけ?」
何故か、呼んでいない筈の姉と義姉の姿があった。
俺が問い質すと義姉は、
「我々の情報網を舐めないほうがいいよ。我が生徒会の諜報員が今回の君達の計画を掴んでいたのさ」
学校に諜報員がいるなんて初耳である。いや、諜報員の存在が一般に知られている方がおかしいか。
義姉の話は続く。
「はぁ……まったく、夜の学校に忍び込もうなんて。これが先生達に知れたら大目玉を食らって、少なくとも一週間は校舎の全てのトイレを掃除させられる羽目になるのは確実だろうね」
――いくらなんでも少し厳しすぎやしないだろうか、その罰は。
そう心の中で思いながら彼女に問う。
「じゃぁ、俺達を止めに来たと?」
「立場上、普通ならそうするところだが、私もお宝には少し興味があるのでね、今回は会長権限で不問としよう」
そう言った彼女の瞳は好奇心の輝きで満ちていた。
「そ、そうですか」
それでいいのか生徒会長というのと、生徒会長の権限がそんなに強いものなのかという疑問が湧き上がるが、今は考えない事にしよう。
続いて姉が言う。
「私は麟子から話を聞いて、なんか楽しそうだと思ったから」
彼女はニッコリと無邪気な笑顔を見せた。
ん~、と唸って俺は、
「参加するのはいいけど、急に物音とかがして『きゃー怖い』って抱きつくの禁止な」
「それは『押すなよ、絶対に押すなよ!』っていうリアクション芸人的なフリだよね? ダチョウさんだよね?」
「いいや、マジで言ってるの」
「まったまたぁ、りゅー君ったら冗談言って」
「だから本当だってば。偶然当たったふりして当ててくるの止めろよ」
「……」
一瞬の沈黙の後、姉は顔を青くして落ち込んでしまった。
その場に膝からガックリと崩れ落ち、意味不明な歌を口ずさみながら地面に謎の渦巻き模様を描き始めた。
「……いっかげーつあらってなーいみどりのそっくす みんなりばーすわっしょしょーい うわさーのあのこーがーはいてったー おろおろおろろ」
抱きつく気満々だったらしい。まぁ、それは予想通りだったけれど、まさかここまでの落ち込みようとは。どれだけ期待していたのか。
「美月先輩」
江口が慰めようと姉に声をかける。
「よっ君」
「俺ならいつでも抱きつき放題ですよ。もしもの時は是非!」
明るく爽やかに己の願望を言い放った。
だがしかし、
「よっ君はちょっと、ね……」
逆に彼が落ち込む結果となってしまい、三角座りになって「う~」と呻き声のようなものを出した。ご愁傷さまである。
「流斗、もしもの時は私が全力で守るよ」
と義姉は俺の肩に手を乗せて言った。
「気持ちはありがたいんですが、男としてはそういう台詞を女性に言われるのはちょっと複雑なんですけど……」
「ふむ、守られるより守りたい派か。いいだろう、頼りにさせてもらうよナイト様」
耳元で囁く“ナイト様”が甚く艶かしい。
俺は首を振って、掻き立てられた邪念を頭の中から打ち消した。
「あぁ、そうだ。何か分かったことはあるか?」
氷室に訊く。すると彼は、
「すまない。色々と資料をあたってはみたんだが、旧校舎の歴史に関する記述ばかりで噂に聞く情報以上のものは何も……やはり、ただの伝説にすぎないのかもしれないな」
「そうか」
「しかし、このまま何もせずに帰るのも癪だし一応、中を調べてみようじゃないか」
俺の後ろで義姉が言う。
確かに、せっかく来たのだから即帰宅というのは納得いかない。なら駄目元で調べてみよう。そう決意した俺達は早速、旧校舎に忍び込んだ。