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第3話その1

 瞼の裏で光を感じる。

 が、眠気という枷をはめられた俺は目を開けるのも億劫で、なかなか起きる気にはなれない。

 あー今日は学校をサボってしまおうか、という気持ちさえ湧いてくる始末。……って今日は休日だったな。

 そんな自分のダメさを感じている時だ。

 むにむに。擬音語で表すとこうだろうか。手に何かが触れた。

 弾力良し。手触り良し。形良し。大きさ良し。

 大方の予想はついている。きっと姉がこっそりとベッドに潜り込んで添い寝をしていて、俺はその胸部にどっしりと鎮座しているモノを鷲掴みにしているのだろう。

 触れているモノの正体を確かめるべく、そっと目を開けた。

 予想は当たった。添い寝をしている人物が龍野美月ではないことを除けば。

「な……ッ」

 驚きで飛び起きた。

 俺の隣で、その人はスヤスヤと寝息を立てていた。裸にワイシャツ姿でだ。

 まるで野生を忘れた猫のように無防備な寝姿だ。

 だが幸いというべきか、残念というべきか、ワイシャツのサイズが少し大きめなおかげで大事な部分はうまく隠れている。

 程なくして彼女は艶めかしく「う、うぅん」と声を発してから、その美しいローズアメジスト色の瞳を開いた。

「ふふっ、おはよう」

 起き上がると彼女は銀色の髪をかき上げて、微笑んだ。

 俺は思わず視線を逸らした。

「じ、自分の部屋で寝てくださいよ! いや、それより早く着替えてください。目のやり場に困ります」

「君の寝顔を覗きに来たら思っていた以上に幸せそうだったのでつい、ね」

「それって添い寝する理由にな……」

 彼女はまた微笑むと俺の頭を撫でた。なんだか恥ずかしい気持ちになる。

「先輩、子供じゃないんですから」

「こら、先輩じゃなくて……」

 すると先輩は俺の耳元でこう囁いた。蕩けるような甘い声で、

「……『お姉ちゃん』だろ?」


 半月ほど前。

 父が再婚相手を紹介しようと我が家に連れてきた。

 相手はエミリアという北欧出身の人で、肌がよく手入れされているのか、四十代半ばとは思えない若々しく美しい女性だった。

 父が言うには居酒屋で泥酔し、人間ポンプの要領でビールや焼き鳥を口から出していたところを介抱してもらったというのが出会いらしい。

 それから一年間の交際を経て結婚する運びとなったわけである。俺は女神祭終了後に電話で聞くまで全く知らされていなかったが。

 実の母への思いもあって、新しい母が来るという出来事に些か複雑な気持ちだが、父と義母の仲睦まじい様子を見ていると徐々にではあるが受け入れられる気がする。素直に二人を祝福しよう。

 そう決意した時、新たな事実が発覚する。

 またもや聞かされていなかったのは俺だけらしく、ただ一人驚いてしまった。

 なんと義母には連れ子がいたのだ。

「同じ学校だから知ってると思うけど紹介するわ。仲良くしてあげてね」

「よろしく」

 義母とそっくりな笑みを浮かべて挨拶する彼女を俺は知っている。

 その人の名は麒嶋麟子。そう、銀髪の生徒会長は我が義姉となったのだ。

 この瞬間、世の中は意外と狭いもんだなと感じた。


 そして現在に至る。

「ほら呼んでごらん、お姉ちゃん、って。駄目なら姉さんでも姉様でも姉たんでも姉上でも姉君でも可だよ」

「じゃぁ……ね、義姉さん……」

 ついこの間まで単なる先輩後輩の関係だった人を「お姉ちゃん」などと呼ぶのはちょっと照れくさい。

 義姉は、むぅと唸って右手で顎を擦りながら、

「いまいち硬いが、まぁいいとしよう。これからはプライベートではそう呼ぶように」

「は、はい」

 どうやら及第点は貰えたようだ。

 さてと……、と言って義姉は横になり、

「今日は休日だし、ゆっくりと二度寝をすることにしよう」

「いや、だから自分の部屋で寝てくださいよ」

 起こそうと体を揺するが反応はなく、もう既に寝息が聞こえてきている。まるで国民的アニメの眼鏡少年を思わせる寝つきの良さだ。

 俺は諦めの息を吐いた。仕方がないので彼女はこのまま寝かせておくことにして、俺は着替えるためにベッドから降りようとした。

 その時だ。出入口の扉がトントンとノックされ、間髪を入れずに開かれた。

「流斗君、朝ご飯が出来たから早く起きなさぁ……い」

 現れた義母は部屋の中を見て一瞬動きが止まった。

 年頃の娘と義理の息子が同じベッドの上。しかも娘の方は裸にワイシャツ一枚だけ。

「ん~抱き枕~」

 義姉が寝ぼけて俺に抱きついてきた。巨大な二つのマシュマロが密着するが、その柔らかい感触を味わっていられる心の余裕は今は無い。

 この状況から義母は一つの答えを導き出す。

「あら、今夜はお赤飯かしら」

 義母はニヤニヤと口元を緩めた。

「違いますから!」

 俺が否定しても義母は、

「あ~でも四十代でお婆ちゃんっていうのは、ちょっとね……」

 と言って思案顔で頬に手を当てた。

「人の話聞いてます? 違いますからね! そういう関係じゃないですから!」

「フフッ、冗談よ、冗談。早く着替えて下りてらっしゃい。今日の朝食は会心の出来だから」

 そして扉は閉められた。

 休日の晴れ晴れとした朝だというのに、夜中まで遊び倒したかのように、どっと疲れが出た気分だ。

「ったく……」

 ポリポリと頬を掻き、俺は今度こそベッドから降りて普段着に着替えた。


「はいアナタ、あ~ん」

「あ~ん」

 義母が父の口におかずを運んでいる。

 いくら結婚してから間もないとはいえ、四十代後半のオッサンとオバサンが若い夫婦のようなラブラブっぷりを見せつけるのは正直どうなのだろう。

「はい、りゅー君、あ~ん」

 影響されたのか、姉が義母と同じことを俺にしてきた。

「姉さん真似しなくていいから」

「将来に備えての予行練習だと思って、ほら」

「何の予行練習だよ?」

「りゅー君がヨボヨボのお爺ちゃんになった時のための」

「俺、姉さんに介護されるの確定かよ!? その年齢になったらさすがに結婚しているだろうから奥さんか子供にお願いするわ」

「でも、人生ってわからないものよ。もしかしたら齢九十になっても未だ独身で、大人向け着せ替え人形が恋人っていう寂しい毎日を送っているかもよ?」

「それは嫌すぎる……」

 ……空気で膨らむ嫁と一つ屋根の下。住まいは恐らく1Kのボロアパート。

 その、とてつもなく可哀想な未来の可能性だけは選択したくはない。

「だから、ね? あ~ん」

 一口大にほぐし取られた鮭の塩焼きが口にグイグイと押し付けられてくる。

「いや、だからって食べさせてくれなくてもいいから。自分で食えるから」

 姉の手を払いのけ、鮭の塩焼きをご飯と一緒にいただく。噛むたびに絶妙な塩加減と仄かな甘味が混ざり合って口の中に広がっていく。

「おぉ、美味い」

 何杯でもいけるくらいご飯がよく進む。

「でしょ? これでも日本に移り住んで二十年以上になるからね。色々勉強して、今じゃ日本食の定番はだいたい作れるわ」

 と義母は誇らしげに言った。

「う~ん、エミリアは良い嫁さんになれるな」

「あらやだアナタったら。もうアナタのお嫁さんでしょ?」

「あぁ、そうだった。ガッハッハッハ」

「ウフフッ」

 父が豪快に笑い、義母が陽気に微笑む。二人のやりとりは、最早バカップルの域に達しようとしていた。実母との新婚時代もこんな感じだったのだろうか。

 俺は少し顔を引きつらせながら味噌汁を啜った。出汁がよく効いている。

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