第1話その1
瞼の裏で光を感じる。
が、眠気という枷をはめられた俺は目を開けるのも億劫で、なかなか起きる気にはなれない。
あー今日は学校をサボってしまおうか、という気持ちさえ湧いてくる始末。
そんな自分のダメさを感じている時だ。
ふと違和感を覚えた。なんだか体が鉛のように重い……。
昨日の晩は徹夜でゲームをしていたからな。その無理が祟って風邪でも引いたか。
いや、違う。頭痛や熱、吐き気は感じない。風邪ではなさそうだ。
「……きてっ……おき…………」
体が重いというより動けない。まるで何かに押さえつけられているような感覚だ。
もしかして、その名を仏教用語に由来する金縛りか?
だとすれば、霊的な方なのか医学的な方なのか?
まぁ、朝だし幽霊の仕業とは考えにくいよな。まだ脳が完全に覚醒していないのだろう。
「ぉきて……おき…………ってば……」
っていうか、そもそも幽霊は存在するのだろうか?
個人的には怖いが存在していてほしい、なんて願望が少しある。
どこぞの変な学者が偉そうに幽霊をはじめとしたオカルトな存在を真っ向から否定しているのを偶にテレビで見かけるが、それではあまりにも夢がないと思う。
大体ああいう奴らは理屈ばかりで頭が固すぎる。何故、存在しないと言い切れる?
いたっていいじゃない。何でもかんでも人間の尺度で測れるほど世界は簡単にできてはいないんだよ!
……やめておこう、今のは忘れよう。脳内から一片残らず消してしまおう。
寝ぼけているから思考が変な方向へズレた。反省。
「起きて……ねぇ、起きてっ」
さっきから聞きなれた声が聞こえてくる。
なんとも心地良い、母親が我が子をあやすような、とても優しい声だ。
声に促され、そっと目を開けると……。
「!!」
その光景を目の当たりにした俺は声にならない声を上げた。
ついでに眠気も完全に吹き飛んだ。
「おはよう、りゅー君」
見覚えのある栗色の長い髪、黒い瞳、少し厚めの唇。肌は絹か雪のように白く、出るところは出て締まるところは締まっている。そして、微かに漂う甘い香り。
そこには、俺に馬乗りになっている姉の美月がいた。それはそれはとても、あられもない格好で。良い子及び悪い子、普通の子は見てはいけません。
この物語がテレビアニメだったら、大事な部分が謎の白い光の鉄壁ガードによって隠されていることだろう。見たけりゃブルーレイもしくはDVDを買え的なアレである。
男の悲しい性か、視線が胸に引き寄せられてしまう。あ、鼻から赤い汁が。
とにかく、体が動かなかったのは姉の馬乗りのせいだった。
セクシー・ダイナマイト・バディ(表現が古くてゴメン)に見とれてしまっていた俺は、ハッと我に返り、口を開く。
「姉さん、これは一体……?」
「朝ご飯ができたから起こしに来たんだけど、りゅー君の幸せそうな寝顔を見ていたら、なんだかこう~ムラムラ?っと、たまらなくなっちゃって。だから、りゅー君の中の野獣を目覚めさせて、既成事実のひとつでも作ろうかと思った次第で」
正直言って「とうとう来るとこまで来たなこの女!」と思った。
可愛い顔してとんでもない爆弾発言をかましてくれやがる。
以前から必要以上に体を密着させてきたり、俺の使用済みパンツをじーっと眺めていたりと、その気があるんじゃないかと疑ってはいたけど、たった今、確信した!
龍野美月は重度のブラコンである。いや、もうブラコンの度を越しているな。
「あ、最初から、こんな事しようとは考えてなかったのよ。ほっぺにチューくらいで済まそうとしたんだけど、でもね……ガマンできないっていうか自分の気持ちには素直にならなくちゃっていう結論に行き着いたの。というわけで……シよっか」
妖艶な笑みを浮かべ姉は言った。そして白く細い指で俺のパジャマのボタンを外し、露になった胸に這わせてくる。
イカンッ、これはイカンッ。非常にマズイ状況だ。
「りゅー君~心配しなくても大丈夫、痛くしないからね。めくるめく快楽の世界にご招待だよ~、お姉ちゃんにおまかせだよ~。フンガフンガ」
興奮で高まった体温、荒い鼻息、重量感のある豊かな胸。全ての距離が近い。
舌なめずりをする姿は獲物を目の前にした獰猛な蛇のようだ。
だが、いくら美人で魅力的な女性とはいえ、実の姉と事に及ぶのは大変よろしくない。
「アホか!そんなこと姉弟でやって良いわけないだろ。つーか、服を着ろ!服!」
「ンフフ、遠慮なんかせずに一度味わってみてくださいよダンナぁ。病みつきになりますヨォ。グヘヘヘッ」
ちくしょう、興奮していて聞く耳を持たないぞ、この女。拘束を解こうとしない。
あっ……手が鳩尾から臍、さらに下の方へ少しずつ移動している……。
ダメだ、これ以上はマズイ。このまま直接イジられたら、どれだけ我慢しても『間違い』を犯してしてしまうッ!
それだけはいけない、絶対に。こうなったら強制排除だ。
「あー、もぅッ。いい加減にしろ!」
俺は姉を突き飛ばしてベッドから起き上がった。貞操の危機、脱出。
ふぅー……、危うく禁断の領域に足を踏み入れるところだった。
床に落ちた姉は「キャッ」と言って尻餅をついていたが、かまったりしない。
心配したら「りゅー君、やっぱりお姉ちゃんのことを心配してくれてるんだね。ギュッ」と、ベッタリ抱きついてくるからだ。
身内を悪く言いたくはないが、鬱陶しいことこの上ない。
「まったく……」
呟きながら俺はカーテンを開いた。差し込む朝日が眩しくて、思わず手で光を遮った。
窓の開けて外を覗くと、スズメたちが元気にさえずっていた。ジョギングをする人の姿も見える。
澄んだ空気が窓から入り込んできて、肌を撫でる感触が心地良い。
すぅーっと深呼吸。そして背伸び。
外はこんなにも清々しいというのに、なんとも目覚めの悪い朝を迎えたもんだ。
「うぅ……りゅー君のケチ。一回くらい別にイイじゃない」
後ろを振り返ると、姉がリスのように頬をぷっくりと膨らませていた。
姉の言葉に俺は反論する。
「いやいや、色々と大問題だから」
「大丈夫。それくらい軽く乗り越えてみせるわ!」
そう言ってのけた姉の目は、かなり本気のものだった。背中にうすら寒いものを感じるくらいに……。
何コレ、ちょっと怖い。
「…………越えるな、頼むから」
「愛のパワーは不可能を可能にするのよッ。ラブ・イズ・ギャラクスィィィーーッ!!!」
立ち上がった姉は天高く拳を突き上げ、声高らかに叫んだ。
ダメだこの人…早くなんとかしないと……。愛は銀河って、何だよそれ、意味が分からん。
高校に入学して一ヶ月ほどが過ぎた日の朝。
驚異の溺愛っぷりを発揮する姉の将来を心配しながら、俺、龍野流斗は頭を抱えた。