とあるメイドの話
きゃっ!…あぁぁ、申し訳ございません!私ってば…あ、ありがとうございます。わざわざ拾っていただいて…。助かります。あ、ありがとうございます。え?えぇ、そうです。私、あそこのお城で働いてるメイドなんです。この通り、メイド服ですしね。私、姫様に頼まれてお使いの最中でして。姫様、ここで売られている果物がお好きで。コック長がこれで姫様の好きなタルトを焼いてくださるんです。
姫様は最近、とても気持ちが落ち込んでおられるんです。今日少し食欲が戻られたみたいで、「果物のタルトが食べたい」と仰ったものですから、私もほっとしてしまって…つい浮かれてぼーっとしていたのか、あなた様にぶつかってしまいました。本当に申し訳ございません!私ったら本当にどんくさくって。あぁ、でもこの果物を使ったタルトを食べれば、姫様も少しは気分が良くなりますわ!姫様、私たちから見ても可哀想なくらい落ち込んでおられましたから。
どうしてか、ですって?それは…言ってしまっていいものでしょうか…でもあなた様は良い人のようですし、他の人に言わないと約束していただけるのであれば…。そうでございますか、では…
あなた様はご存知ないかもしれませんが、「姫」という存在はほんの幼いころから既に結婚相手が決まっている物なのです。姫様も、まだ3歳のときには婚約者候補がいて、5歳の頃にはもう決まった許嫁がおりました。もちろん姫様がお選び遊ばしたわけではありません。姫様自身が結婚相手を選ぶことはありません。一般庶民とは違い、王族というのは「国を背負うもの」でございます。ですから、あくまで国のために行動をしなければいけません。姫であれば、国と国を結びつけるために結婚相手を選ぶことがその一つであり、王族としての責任でもあるのです。王族であるからこそ、自由気ままに恋愛をすることはできないのです。結婚をするなら、それは国にとって利益となる、政略結婚であるべきなのです。
ですが姫と言っても、1人の女の子であることに変わりはありません。姫様本人は聡明な方ですから、はっきりと口に出して言ったことはありませんが、「自分は恋愛をする自由もないのだ」ということで悩まれた時期も確かにございました。私どもメイドは姫様を毎日、近いところで見ておりますからわかります。幼いころから決められた許嫁がいて、その人と結婚しなければならない。その意味を理解した時、姫様がどれほど悩まれ、傷つかれたか…。普通の女の子であれば自由に誰かを好きになり、その相手と結婚することができます。姫様にそれは許されません。王族だからです。
けれどやはり流れるは王族の血、時とともに王族としての自覚を持たれたようで、姫様も覚悟を決められたのです。12歳の誕生日の日、「国のために結婚するのが私の姫としての役目だから」とはっきり仰った時のことを、私は今でもはっきりと覚えております。それまでも姫様はお美しく、可憐で物語に出てくるようなお姫様という感じでした。けれどその日を境に、より姫らしく…より王族らしくなられましたから。
そして姫様は結婚に前向きになられました。許嫁の方ははるか南、砂漠を越えたずっと向こうの国の、第二王子。その王子のこと、その国のことを知りたいと仰ったのです。様々な資料を取り寄せて自分が嫁ぐ国のことを学び、夫となる王子を学ばれました。嫁ぎ先の国の料理を作ってみたいと仰られた時は料理長が驚きのあまり目を回していましたが…もちろん、姫様自身が料理をお作りするわけにいきませんからね。けれど料理長が作った異国の料理を食べて、姫様は楽しそうにしておられました。
本当は嫁ぐことに対してまだ不安もあったでしょうに…。すぐ近い国ならまだしも、嫁ぐ先はそれはそれは遠い、遠い国でございますから。それでも、姫様は覚悟を決められたのです。
姫様がそうやって相手の方との結婚に前向きになられたからでしょうか、許嫁である第二王子ともずいぶんと仲良くなられて…以前も年に数回姫様を訪ねてこられたのですが、距離があったと申しますか…やはりお互い納得のいかない気持ちもあったのでしょう。けれど今ではそういった距離もなくなって。お互いに恋愛感情と言えるものはなかったと思いますが、それでも「この様子であれば、姫様が遠い国へ嫁いでも幸せでいられるだろう」と私どもは本当にほっとしたものでございます。
それが全て変わってしまったのが、半年前のことでございます。この国からも一人、魔王討伐のために勇者を選出することになりまして…それで若者が一人選ばれたのですが、国王陛下が「もし魔王を倒せたら、褒美としてこの国の姫を娶らせよう」なんて仰ったものですから…流石の姫様も、「そんな話は聞いていない」と国王陛下に迫られたのですが…姫様の一存でどうにかなる話ではありませんから。
あぁ、姫様、おいたわしゅうございます…!あんなに悩まれて、それでも遠い国の王子へ嫁ぐ覚悟をなされて、その国のことを、王子のことを学ばれて…なのにぱっと選ばれた勇者と結婚だなんて!
その勇者というのも、辺鄙な田舎の若者なのだそうですよ!もちろん貴族でも何でもない、平民です。泥にまみれ、汗にまみれて生きてきた男です。そりゃあちょっとは剣に覚えがあるようですが、姫様がそんな…そんな相手に嫁ぐなんて、私は考えられません!こんなことメイドの分際で言えることではありませんが…
国王陛下の考えは私どもメイド、恐れ多くも理解しております。姫様もそうです。魔王を倒せるほど強い者が、魔王を倒した後、他の国の兵士にでもなったら大変なこと。そして他の国も、魔王を倒せるほど強い勇者を有力な戦争の駒として欲するでしょう。それに魔王を倒した勇者は絶対的な人望を得ることになります。それがいつ国王陛下に牙を向けるかわかったものではありません。平民の中には「魔王を倒した勇者様をこの際王にすべきだ」なんて言いだす輩もいるでしょう。下手したら勇者がクーデターの中心になるかもしれません。ですから姫様と結婚させて、国に歯向かわぬよう、歯向かえぬよう無力化させてしまった方が良い。それは確かにそうだと私も思います。
あぁ、けれど姫様の気持ちは一体どうなってしまうのでしょう…?これも王族だから仕方がないことなのでしょうか…
…それにしても、話しこんでしまいましたね。お時間をとらせてしまって申し訳ございません。勝手ではありますが、私もそろそろ行かなければ…姫様をお慰めするのに、早く帰ってこの果物でタルトを作ってもらわないといけませんから。