女神に惚れた人間と、女神が愛した人間と・7
天から轟音が鳴り響いた。
今にも雨が降りそうな雲が周辺を覆い始め、がらごろと雷鳴が。
ザーフはなんだか嫌な予感がしてきた。
何せ、自分の嫁は女神の欠片。
そんでもって、父親が主神で、母親は雷の神。
もしかしてと思わなくても、この天気の急変は、彼女の両親では。
また来るのか、舅と姑。ひょっとしたら小舅も。
ザーフは隣室を見た。嫁と仲間はまだ話し中で、出てくる様子も見受けられない。
「……あー……とりあえず、お茶の用意しとくか……」
今自分にできることは、舅と小舅に殺されないか祈ることだけである。
お湯を沸かし始め、沸騰する頃、家屋の外で雷が落ちた。
ザーフは予感が的中したことをなんとなく悟る。ため息をつきたい心境で、外に通じるドアを開けた。
「……どうも。お久しぶりです、お義母さん」
いいながら、ザーフは首をひねった。人影は一人だけだったからである。絶対に来ると思っていた姿がない。
「お義母さんだけですか? てっきり、お義父さんもいらっしゃるかと思ったのですが……」
「息災のようですね、婿殿。ほほ、主神であるゼオが早々下界に降りられるわけもないでしょうに」
それをいうのなら、母神であるエニフィーユもそう簡単に下界に来られる存在ではないはずなのだが。
娘可愛さなのだろうか。母親と言うのは愛情が深いと思ったザーフである。
「はぁ、まぁそういうものでしょうか。俺はちっぽけな人間ですから、そういうのがサッパリ分からなくて。神官ならまだ分かるのでしょうが……あ、中へどうぞ。お茶入れます。レオナは今、俺の仲間の女性と話し中でして……呼んできましょう」
「いえいえ。いいのですよ。婿殿のお茶、いただきますわ」
やんわりと笑うエニフィーユは、確かに嫁、レオナに似て、綺麗だった。
が、かの神の頭上で、たまに雲間に光が走るのが、怖い。雷鳴ではない光が、天上を走り回っている。
「……お義母さん? あのう、もしかして、あの光は」
「知らぬ方がよろしいですわよ、婿殿」
……やはり、あの光は主神であり、レオナの父神・ゼオが発しているもののようだ。
この前、ゼオの欠片が顕現した一件を思い出すザーフだ。
娘婿をいびるためだけに顕現した父神。
母神に、こっぴどく叱られていた主神。
さっきの雷、夫婦喧嘩だったのか……?
もしそうだとしたら、原因は。
「そうそう、婿殿」
「はい」
「娘がおめでたとか下界から聞こえたような気がしたのですけれど?」
天がさらに強く光った。
予想的中。ザーフは曖昧に笑った。
「そうかもしれません。まだレオナから直接聞いたわけではないのですけれど。先ほど言った、レオナと話している仲間の女性が、ふと指摘したのですよ。もしかして、妊娠したのでは、と。それから二人で隣でずっと話してます」
「まぁまぁまぁ。そうですか」
エニフィーユはニコニコと嬉しそうにしている。
「わらわも、とうとうおばあちゃまかしら。ほほほ、楽しみだこと」
ニコニコ嬉しそうにザーフを見る。
「ほほほ、婿殿も喜んでいるようですし、おめでたがまことなら何よりじゃ。ああ、我慢ができませぬわ。お話の途中でしょうが、娘に会ってきましょう。婿殿、お茶は後でいただきますわ」
「あ。はい。用意しておきます」
頷いて、ザーフは姑を隣室に見送った。
茶の準備をしようと台所に向かい……窓の外が、メチャクチャ光に輝いていることを目視し、頭痛を感じた。
やばい。この現象、あちこちで目撃されているのでは。
どう見ても異常現象。
しかしその実は、娘が妊娠「したかもしれない」に動揺している父親ってだけである。
お義父さん、動揺しすぎです。
ザーフは心の中で突っ込んだ。無論、口に出したらそのまま何かで存在を消される気がしたからである。
お義父さん、めっちゃ動揺中(笑)