第四話 自殺の理由
『ここで大丈夫です。ありがとうございました。』
ペコリと頭を下げて男子高校生に背を向けた。
何か言われた気がしたけど、聞く気になれずに歩き出していた。
ガチャ…
バタバタと、心配性で過保護な母親が走ってきた。
『…大丈夫だよ』
と突き放して部屋に戻ると
目の前の写真立てで明菜と笑ってる、あたしが写ってる。
確か修学旅行、夜な夜な、宿舎で隠れて煙草を吸っていた。ぼんやり赤く、白く細い煙が雲みたいに流れてた。
『今も‥明菜は傍にいるの?』
静まり返った部屋で、問いかける写真立ては、黙ったまま。
「うるせーな。」
そうやって笑う明菜が、あたしは眩しくて
目を閉じても、ハッキリ見えるよ。
生きてれば思い出は色褪せないのに、明菜‥
『‥死んだら色褪せちゃうよ‥』
忘れたくないよ。でも総ての思い出は
一つ一つ消えてくよ。逢えば、逢って話せば思い出が蘇るのに、明菜の口から聞きたいのに‥。
バラバラに砕け散った破片をかき集めても、悲しみにしかならなくて、穴が空いてしまった。
天井を見つめて
息を吸い込んでー…白い煙を混じり合わせていたじゃない。腐った世の中に刃向かいながら
腐った他人を払いながら
「うるせー!」
その裏に
「助けて」と
明菜は叫び続けたじゃない。
神様ー…
明菜は死ぬような弱い人間じゃないって言ったじゃない。
不公平だよ。何もかも、思い知らされても、総て見失いそうに生きていかなきゃならないの?
神様ー…
明菜との思い出を消さないで…
神様ー…
明菜は其処で笑っていますか?口は悪いけど、根は優しくて、いい子なんです。だからどうか
もう明菜を悲しませないで…。抱きしめてあげて…。痛みを抱えた明菜を…。
優しく…。
これは祈り?
それとも願い?
夕食もとらず、そのまま寝込むと
明らかに
体が細くなっていた。
何も食べたくなかったし、要らなかった。もう夢か現実かも分からずフラフラ迷っている。
だって信じられない。だって認めたくないよ。
こんな結末。
こんな憂鬱。
何も要らない。
うずくまった生温い体に、冷えきった心。
『大事な人を亡くすって
こんな気持ちにさせるんだ…』
『明菜…寂しかった?』
枕が涙で濡れていた。
『生きていて…欲しかったよ…』
目を閉じても、涙は流れ続けていた。届かない
願い。
届かない。
思い。
空想では
いつも明菜に逢えるのに
現実に戻れば
明菜と逢えない。そんな毎日が過ぎていく。
学校にいても、つまんなくて
家に帰って部屋で空想して明菜に逢っても、何も残らない。本当に空っぽになったと思い知らされて、途方に暮れては
いい子を演じている。
苦し紛れに煙草を吸っては煙を吐いて、泣いている。ボロボロと
崩れてくように
涙はとめどなく、服に点々と染みを残して
だけど
時間が経てば自然に染みは乾いて、跡形もなく、まるで泣き止んだかのように。まだ
受け入れるのは
遠い未来ではないのかと思った。
前を
向かなければ、前へ進まなければならないと分かっているのに、何で此処から動けないの…。
明菜がこの世から去って一週間。
毎日は変わらず過ぎて、止まることなく、残酷に通り過ぎる、みんな。
みんな過ぎてくよ。
あたしだけ
此処に独り…。
明菜は何処…。
毎日、毎日問い掛ける日々に終止符は打てずに
ねぇ、何処へ向かえばいいの?
もう
同情なんかしないでよ。そんなモノ要らないよ。
生きてるコトで精一杯だよ。いつ死んでも構わない。
誰か殺して、解放してよ…。
それで痛みが消えるなら、もう何も要らないよ。
「あたしが死んでも、お前は一生涯、あたしの親友だ。」
「だから生きろ。」
電撃が走ったように頭の中にフラッシュバックした
記憶ー…。
『明菜…?』
ハッとして
そのまま家を出て、がむしゃらに走り出した。
もしかしたら…
その一心で走り続けて、一件の家にたどり着いた。
明菜は親とは関係が薄かったが母方の祖母には、よく懐いてた。
絶対、理由を知ってる気がして、チャイムを鳴らすと
目を細めたお婆さんが
「あら、お久しぶりですね…優ちゃん」自然に家に通してくれた、明菜の…
明菜の自殺の理由を知っている
唯一の存在ー…。
「何か…あったの?」
心配そうに聞いたお婆さんの姿は、更に体が細くなってる気がした。
『明菜の…自殺の理由って…病気か何か……理由があったんじゃ‥ないですか?』
「…気になるかい?」
『はい…。』
お婆さんは
ふっと少し、息を吐いて
「明菜は妊娠していたんですよ」
と打ち明けた。
言葉が出てこなかった。
「明菜は両親に打ち明けることもなく、中絶を薦めた私の手助けにも応じなかった…。」
「よっぽど、お腹の子が大切だったんでしょうね…悩みに悩んだ結果が、こうですよ。あまりにも…
残忍すぎませんか?」
…妊娠?
「明菜にとっては、現実が厳しすぎたのでしょう。一人で背負うには重すぎて、自殺を決めてしまったんです…」
胸が
引き裂かれそう。
もし
自分だったら
あたしー…。
テーブルに点々と涙が零れ落ちた。
『友達にも…言えない…っ』
ギュッと唇を噛みしめて、震えていた。痛みに
耐えるようにガクガクと震えていた。
「子供の父親も、最後まで言わなかったのよ…。」
許せない気持ちで
いっぱいになったー。
急な発熱と体調不良で投稿が遅れてしまいました。
待っていただいた皆様
お待たせしましたm(_ _)m