第三話 死
今月、卒業式を迎える3月の始め。
『なんだか、胸騒ぎがする‥』
夜0時をまわり、もうすぐ1時になる時
あたしは、ふと部屋の窓に視線を送った。
『‥気のせいか』
くわえていた煙草は灰を落とすのを忘れてたコトに気付いて、そっと灰皿に落とすと
あっけなくボロッと崩れた灰を、ただぼんやり見ていた。
『今日は吸いすぎたかな‥』
バレると面倒くさいしなぁ…と色々考えながら、煙草をしまった。
『明菜は何してんのかな〜』
明菜は夜中にノーヘルで、しかも無免許でバイクを乗り回している。
『またバイク?危ないからヘルメットぐらいしなよね〜』
「うるせーなぁ、つーか別に、いつ死んだって構わねーもん」
『死にたい?』
「死にたいよ、本音はな。」
「でも、バイク飛ばしてると生きてて良かった〜最高だと思ってるよ。」
「……うん」
と明菜は少しうつむいて話した。
『明菜…』
「嫌いなんだよな、他人と関わるのが。」
つい先日、明菜と2ケツでバイクに乗っていた。
明菜にしがみつきながら
『そうなの?』
「信用とかできねーんだよ、親も親だしな」
…グォンッとうねるようにバイクを走らせて
「父親は仕事人間だし、母親は浮気して蒸発して、色々あってさ」
『うん…』
「学校も面倒くせーしな」
「いっそ消えても構わねーよ」
ギュッと明菜にしがみつきながら、涙を流していた。何だか切なくて、悲しくて、表現出来なかった。
「お前って涙もろい?」
信号待ちで、ふっと笑って
振り返りクシャクシャとあたしの頭を撫でた明菜の指は細く、長かった。
夜中のバイクは最高に楽しかった。
浅い眠りだったのか、すんなりと布団から出ると母親が慌ただしくしていたので
「どうしたの?」
と聞いてみると
あたしの頭は真っ白になってしまった。
『明菜が死んだ?』明菜は中学校より少し遠くに住んでいて、電車通学をしている。
今日1人、ホームへ落ちた。
…自分の足で。
自分のー…。
次に目が覚めたのは、再び布団の中。
母親は気を失ったあたしのために学校に休ませる連絡を入れてくれた。
額に冷たいタオルがあった。
『お母さん…』
母親が駆け寄ってきた。
『本当に明菜が死んだの?』
黙って母親は
首を縦に振った。
『…明菜は…死んじゃうような弱い子じゃないよ…?』
『明菜はそんな真似しない…そんな…』
「死にたいよ、本音はな」
確かに聞いたー…明菜の本音
知ってて
あたしはー…見殺しにしたようなモンだと思ったら急に涙が込み上げて、母親に
『明菜…死にたいって言ってたのに…あたし…あたし何も出来なかった…』
目の前にいた母親のセーターの袖を
シワがつくぐらい爪を立てて握り締めていた。
…本当に、明菜は死んだ?
『こんな、あっけなく人は死ねるの…?』
静まり返った部屋に外の騒音だけが
うるさかった。
あたしも死んだら…明菜に会える?
明菜…
帰ってきてよ…
明菜…
置いてかないで…
『置いてー…かないでよぉ…』
悲痛そうに
あたしを見つめる母親が
同情にしか見えなくて
無性にムカついた。親の前でいい子ぶってた自分に、とうとう疲れて、狂いそうになった。
グチャグチャになる心の中を
そっと拭ってくれていたのは、紛れもなく明菜だった。
あたしの分身のように口も悪く問題児の明菜は
あたしの心を軽くして
冷たくなった感情の裏にあった友情を確かめ合うように過ごしてきた。
唯一、あたしを理解し明菜を理解していたのに
あたしは1人
深い悲しみの檻に連れてかれたみたいだ。
明菜は死んだ。暗い階段を下り
もう上には帰れない気がしてた。
暗がりの中で、明菜があたしを呼ぶ声、明菜との無数の思い出。
それをいつか忘れてしまうのが怖くて、いつか明菜を忘れてしまう気がして、色褪せてく思い出が悔しかった。
再び気がついた時は、布団の中で
また気絶していたみたいだ。
急に外に出たくなって母親に一言告げて玄関へ向かうと引き止められたが、すぐ戻ると言って出て行った。
明菜はいない。
もう会えない。
もうー…
ねぇ明菜…
あたしは明菜の支えになっていたのかなぁ…教えてくれる?こんなあたしを友達と思ってるなら…
『…聞こえないよ明菜応えてよ…あたしは
此処にいるよ?』
空想の中をさまよって
気付くと
電車のホームに立っていた。
『ねぇ明菜…寂しかった?』
また
あたしは空想の中へ引きずり戻されて、フラフラと
『会いに行くよ…だから待ってて』
飛び込んだら
飛び込んだら…
妙に可笑しくなった。
『一緒に闇に堕ちるよ…』
まもなく電車が来るとアナウンスが流れた
もう
どうでもいい。
いい子は疲れた。
グイッと腕を引かれ、背中に人の温もり…。
助かったー…?
振り返ると茶髪で背が180ぐらいある。高校の制服を着て綺麗な顔立ち。
けど怖い顔をしている。
「お前、何やってんだ!」
ビクッと体が強張った。
「死ぬとこだったんだぞ!」
『ごめ…な…さい…っ』
ガタガタ体が震えだし、みるみるうちに涙が込み上げて
ポロポロこぼれて頬を伝い、スカートに点々と染みがついた。
『親友が…今日…。』
うずくまったあたしの肩を男子高校生は抱き上げ
「どっから来た?近所まで送る」
夕方の18時。
「…嫌なら駅員にでも預けるけど」
親に迎えに来させるのは絶対に嫌だった。いい子を演じているのに…。
『1人で帰れますから』
と歩き出したが、フラフラしてまともに歩けない。
何せ友達が死んだばかり、まともでいられない。
「何もしねーよ、中坊相手に」
と肩を掴む男子高校生を信用出来なかったが、どこかで襲われるよりマシだと思った。
親切なんだろうけど、今は死んだ明菜のコトでいっぱいで
男子高校生のコトなんて考えてなかった。