第5話
彼の部屋を訪れるのに、マリアベルはかなり緊張していた。それも仕方ないことではある。シオンという名以外には正体がわかっていない王族の少年を訪れるのだから。内心の不安をなんとか押し隠して、扉をノックする。
「シオンさま、よろしいでしょうか」
「―――マリアベル!」
シオンは自ら扉を開け、マリアベルを出迎えた。それから彼女の側にいる友人にも目を留め、言う。
「リリエラ、きみも。いらっしゃい」
くったくのない笑みに、リリエラが頬を赤く染めた。天使のような笑みとはよく言ったものだ。まるで天使そのものだと、彼を見るたびマリアベルは思う。けれどその表情は何回も見たものなのに、まったく慣れることができない。あきれるほど美しい存在だ。彼が神の末裔だというのも、信じられるくらいに。
「あの、シオンさま」
ためらいながら、マリアベルは呼びかける。どのような反応が返ってくるかわからないのは承知のうえだ。けれど、いつかは言わなければならないことだった。
「実は、わたしは、城に戻らないといけないのです」
「え?」
まばたきをするシオンの表情はあどけない。だからこそ、彼が何を考えているのかもわからない。
「この城は明日の朝に出発します。話すのが遅くて、申し訳ありません」
「じゃあ、マリアベルは自分の屋敷に戻るの?」
「はい」
すると。シオンはほとんど迷う間もなく、言った。
「僕も行く」
「え」
「僕も、マリアベルと一緒に行きたい」
そんなことを言われる可能性を、マリアベルはまったく考えていなかった。てっきり、これでどうにかなると思っていた。だから、こうなることは、想定外だ。だって、シオンをリール城に連れていけるはずがない。彼に求婚された、なんて、話せない。そんなことを伝えたら、騒ぎになるのは目に見えている。
では、いったいどうすればいいだろう。