第3話
その人物は、いかにも身分の高そうなことがわかる衣服を着ていた。青のチュニックに白の脚衣、膝上まであるブーツ。何と言うか、物語に出てくる吟遊詩人のような姿だ。その上、西国風のつばの大きな帽子をかぶっている。この辺りではまず見かけない服装である。
ふたりは、いまさらどこかへ逃げることもできず、立ち尽くしていた。客人はふたりの前で立ち止まると、帽子のふちを持ち上げた。顔があらわになる。その瞬間、リリエラが悲鳴をあげた。
マリアベルは硬直した。言葉が出なかった。
天使。その言葉が、頭に浮かぶ。
客人は、嘘みたいに整った―――綺麗すぎる容貌の持ち主だった。男の人に使うのも間違っているかもしれないが、まさに美しいという言葉がぴったりだ。
こんな人が、いるんだ。マリアベルは思った。まるで天使だ。それとも、物語に出てくる王子さまみたい。
「―――君は?」
前触れもなく、彼はしゃべった。変声期前の少年特有の、澄んでよく通る声だった。
「わっ…」
話しかけられた。わたしが?
マリアベルは、どうしていいかわからなくなった。客人が話しかけてきたのは自分なのだ。もしかしたら、これは夢なのではないか、そんなことさえ思った。だって、そうでなければあり得ない。
「わ、わたし、は、マリアベル……マリアベル=リールです」
「マリアベル?」
たずねられ、慌ててうなずく。
「そうです」
「僕は、シオンだよ」
そう、名乗って。客人、シオンはマリアベルの手を握った。マリアベルはあやうく悲鳴をあげそうになった。未婚の女性に触れていい男性は、身内だけと決まっているのに。
「マリアベル」
その名を呼んで、シオンはにっこり笑った。
純粋な、天真爛漫とさえ言える、笑み。天使のようだ。いや、本物の天使だって、彼ほど完璧な美しさは持っていないだろう。しかし、その天使は、次の瞬間誰も想像だにしなかった言葉を口にした。
「僕と結婚してください」と。
「―――!!」
声にならない悲鳴が聞こえた。マリアベルは、それが自分の声だと思った。だが、違った。
それはリリエラの声だった。
「マリアベル、その人!!」
「え?」
シオンと名乗った彼を見る。彼は驚いたように眼をまるくして、リリエラの方を見ていた。
「…………あ」
マリアベルは、気付いた。彼、シオンの髪の色。
それは、まるで月明かりのように繊細な、銀。
慌てて彼の瞳を見た。その澄んだ双眸は、どんな言葉を使っても言い表せない、儚いような蒼色。
「まさか」
王族、と。
そんなはずがないと思った。だって、王族などという存在が、こんなところにいるはずがない。
それともこれはやっぱり、これは夢のなかだったのか。そんなことまで考えた。しかし残念なことに、これは現実のできごとだった。
銀髪蒼眼は、王家に連なる者の証。
その疑いなき特徴を持つ者が、いま、マリアベルの目の前にいる。