第2話
ミーナがフレッドの実家に挨拶に行っている間、マリアベルはリリエラの実家であるアイリス城を訪れていた。リリエラの家は、マリアベルの家よりも身分・格式では上だ。そのため、その居城も、リールのそれより大きい。それに、三日だけとはいえ、泊まりである。ちょっとした旅行のようなものだった。
普段はリール城の近くの屋敷で生活しているリリエラだが、その実家は、リールから山をひとつ越えたところにある。機会がなければな、なかなか帰ることができないのだ。
「ねぇリリエラ、ミーナ、とても幸せそうだったね」
アイリス城の中庭を歩きながら、マリアベルは言った。ここにはリリエラの母、アイリス夫人が丹精を込めて育てた見事な薔薇が咲き乱れている。
「ええ。うらやましいわ。幼なじみの、それもあんなに素敵な人のお嫁さんになれるなんて」
リリエラはしみじみとつぶやいた。端くれとはいえ、そこは貴族の婚姻だ。そのほとんどが政略なのは当然である。親子ほども歳の違う相手と結婚する、式の当日に相手の顔を知ったということも珍しくない。ミーナの場合は、とても珍しく、運のよいケースと言えた。こんな幸運、滅多にあることではない。
「ね、マリアベルは結婚しないの?」
「え。な、なんで?」
「なんでって、マリアベルも来年で十七歳でしょう。そろそろいい時期だわ」
聞いたところによると、自身もそのうち縁談が整いそうだというリリエラは、そう言った。マリアベルはちょっと顔を赤らめた。
「あ……相手がいないから」
「でも、縁談話はちらほら入ってきてるでしょう?」
「わからないわ。お父さまは、そういう話はしてくださらないから」
結婚相手を決めるのは親であって、マリアベルではない。それはどこの家でも事情は同じだ。
「じゃあ、いいことを思い付いたわ。マリアベル、リチャードと結婚しない?」
「えっ」
リチャードというのは、リリエラの弟だ。会ったことはないが、話は何度か聞いたことがある。
「歳はマリアベルより下だけど、お似合いだと思うの」
リリエラは、なかなか本気で言っているようだ。マリアベルは苦笑した。が、考えてみると、それもいいかもしれない。
「そうしたら、わたし、このお城で暮らすことになるのね」
「でも、それだとマリアベルが、わたしの義妹になっちゃう」
ふたりは顔を見合わせて、くすくす笑った。
「だったら、リリエラお義姉さまって呼んであげる」
「いいわね、それ」
「同い年なのにお義姉さんなんて、すこし変な感じ」
言って、マリアベルはその場でくるりと一回転した。
と、ふと足を止める。
「マリアベル?」
「リリエラ。あれは、もしかしてリチャード?」
振り返ったところに、人が立っていた。遠くて顔まではわからないが、ドレスを着ていないからおそらく男性だ。
しかしマリアベルの予想に反し、リリエラは言った。
「ううん、そんなことないわ。リチャードは今、この城にいないのよ」
「じゃあ、誰かしら」
「わからないわ。お父さまじゃないけど、うちの使用人でもないし……」
ふたりが話していると、ふいに人影は、こちらに気付いた。
歩いてくる。
「わ、こっちに来る」
「どうしようリリエラ」
「どうしようって、わからないわ」
困ったように辺りを見渡したリリエラは、表情を変えた。
「お客様だわ!」