第1話
マリアベル=リールの実家は、ウェーン地方の北部にある。
リール家はいちおう地方城主であるが、貴族といってもほとんど名ばかりのものだ。その居城である古びた小さな城は、城主一族の姓をとってリール城と呼ばれていた。城と言っても小さくあちこち壊れはじめていて、片端から修理をしても追いつかないような城だ。季節によっては雨漏りすることすらあったが、それでも、マリアベルの愛する“家”であることには代わりなかった。
マリアベル=リール、今年で十六歳。十六といえば、この地方ではすでに結婚していてもおかしくない年頃だ。が、マリアベルはまだ婚約もしていなかった。とはいえ、自分と親しい少女たちが次第に縁談を整え嫁いでゆくのを見ていると、そろそろ焦ってくる時期である。
「わたし、結婚が決まったの」
幼なじみのミーナがそう告げたのは、マリアベルと同じく幼なじみのリリエラと、三人で開いたちょっとした茶会の最中だった。
「ええっ」
「やだ、本当!?」
「うん」
急な知らせに驚いたマリアベルだが、そこはこの年頃の少女である。驚きはすぐに好奇心にとって代わられた。
「相手はどんなひと?」
興味津々にたずねたマリアベル。するとミーナはわずかに頬を染めて、答えた。
「フレッドよ。いとこの」
「フレッド! あの、ちょっとかっこいい人でしょう?」
マリアベルも、そのフレッドには会ったことがあった。背が高く、精悍な顔立ちの青年だ。
「すごいじゃないミーナ、おめでとう!」
マリアベルが言うと、リリエラもうなずいた。こちらもマリアベルに劣らず、きらきらと目を輝かせている。
「そうよ、おめでとうミーナ。結婚式には呼んでね、かならず行くから」
「もちろん! 絶対に呼ぶから」
それからマリアベルとリリエラは、フレッドのことについてミーナに怒濤のように質問をした。まだ婚約していないふたりは好奇心と祝福の気持ちに溢れていたし、ミーナも嬉しそうにそれに答えた。
なかなかマリアベルが戻らないことに心配した両親が使いを出すまで、三人の会話は続いたのだった。