第17話
それは―――意志のはっきりとしていそうな蒼の瞳が印象づける、ほとんど文句なしの美少女だった。きれいにかたちづくった銀の巻き毛に、花をあらわした繊細な貴石の髪飾りをつけている。西の方の血をひいているのか肌は白く、愛らしい、というよりはすこし大人びた印象。歳はマリアベルと同じくらいか。向こうの方が背が高い―――が、マリアベルが驚いたのはそこではない。
ばら色の、赤いドレス。少女が纏っていたのは、薄い生地を幾重にも重ねて濃淡色をだし、泡立つように繊細なレース、全体に薔薇の金糸刺繍がほどこされたもの。鮮やかで―――とても豪奢なドレスだった。間違いなく着る者を選ぶ。けれど、目の前の少女にはこの上もなく似合っていた。
マリアベルの目の前で、少女のかたちのいいくちびるが、ゆっくり動く。声はマリアベルが想像したものよりもすこし高く、かわいらしい。
けれどそこから発せられたのは、容赦のない追求の言葉だった。
「ここは四公爵家の離宮よ。誰の許可を得て入ったの?」
「え、と」
とっさのことにマリアベルはすぐには答えられない。
「それに」
彼女はマリアベルを見ると、ふいに眉をひそめた。不快感を隠そうともしなかった。まるで、信じられない、とでも言いたそうに。
「―――あなた、どうして赤を着ているの」
少女は言った。甘い、すこし鼻にかかったような声なのに、その口調はあまりに鋭い。
「え…」
赤? はっとした。このドレス。シオンが用意してくれたものだが。
少女は、まるでものを知らない子供に教えるかのような口調で、ゆっくりと、笑みすら浮かべて告げた。
「赤は、アーヴィン家の色よ。一族でも直系の人間しか着られない赤色の服を、どうしてあなたが着ているの?」
「――――!」
頭が真っ白になる。知らなかった。そんな決まりごとが王宮にはあったなんて。アーヴィン―――その名は、聞いたことがある。この国の名門貴族の姓だ。彼女はその人間なのだろうか。何か言おうとしたが、いい言葉は何も思い浮かばなかった。何を言っても言い訳にしかならない。言葉の断片ばかりがぐるぐる回る。
少女は言葉を続ける。
「服飾規定も知らないなんて、どこの田舎者かしら。ここには王族しか立ち入れないはずだけど。それともあなた、まさかとは思うけれど、王族なの?」
さすがのマリアベルも、ここになって気付く。この少女の言葉には棘がある。明らかに、マリアベルに害意を抱いている。
「そんなわけないわよね。だってその髪、王族ならば、まず銀色のはずだもの。でもそれほどのドレスを着ているなら、侍女というわけでもない」
「…………」
いったい、何を言えばいいのだろう。自分が必要以上に非難されているのは、分かる。けれど。――――彼女の言ったことは、すべて事実だ。マリアベルは小城主の娘で、王族ではないし、この王宮の住人でもない。
マリアベルは何も言い返せない。
「何か言ったらどう? 勝手に王宮へ入ったのなら、処罰は免れないけれど」
「……わたし、は」
そんなつもりじゃ。言いたいことは声にならない。だが、黙っていても事態は好転しない。この場には―――そもそもこの王都には―――マリアベルの頼れる存在などいないのだから。
「わたしは、なに?」
追い詰めるような少女の言葉。めまいがした。どうしよう、どうしよう、どうしよう。それだけを考えていて。
ふいに。
誰かの嘆息が、聞こえた。